36 unlucky?
運命の日、私とワイアットが息を潜めていると外で大きな物音がする。
「いよいよ到着したようですね」
叫び声や、ドタドタと走る音、馬のいななき、そしてバタンとドアが開く。
『これはこれは王太子殿下ではありませんか?いかような用事でこのような田舎へ?』
スタンさんの声がはっきり聞こえる。きっと私たちに状況がわかるように話してくれているのだ。
それに対して相手の声はもぞもぞとしか聞こえない。
『おやまあ、臣下の妻に横恋慕ですか?なんと情け無い。王子二人ともこの体たらくでは、この国の精霊の加護もなくなりそうですなあ。まさか中隊を引き連れて?余裕のないことで』
中隊?300人規模ってこと?ワイアットがガリッと歯ぎしりをする。
『お前ら……そこのバカ王太子が三食睡眠キッチリ取ってる間、何年間もたった一人でこの国を背負って戦ってきたランスロット様に……刃を向けると言うのだな』
そのスタンさんの腹の底から出した声を皮切りに、刀が交わる音、悲鳴がすぐそばで上がりはじめた。室内でも戦闘が始まったのだ。
お願い、みんな、無事でいて。
「エムちゃん大丈夫。俺たちは本当の実戦部隊。架空の敵と素振りしている王都の兵士と違うから」
しばらく、争う音を目を閉じて聞いていると、ドヤドヤと人の声が増える。増員した?された?
『クソ!どこにも夫人はおりません!』
『もっとよく探せ!』
「クレアも隠れてるの?」
「もちろんです。何もせず部屋にいるなんて信憑性がない」
『殿下!この屋敷には隠し通路がございます!そこにご案内しますわ』
聞き覚えのある女の声!
「サラ……」
「あのメイド長か……我々に恨み骨髄なのを陛下のスパイは見逃さなかったってとこですね。エムちゃん、下がって!」
この狭い隠し部屋で、難なく長剣を抜き、入り口を見据えるワイアット。私はただ邪魔にならないように息を潜める。
「一日、いや半日持てば、きっとランス様が参ります」
「うん」
私の記憶の通りなら、階段下のこの部屋の前は、何も置いてはいないけど、ブーツで歩けば体育館の床のようにいい音が鳴る。来るか?来るか?と身構える!
しかし一向に足音は聞こえない。緊張が最高潮に達したとき……
『いた!いましたー!』
クレアが見つかった。
『違う!この女は兵士、囮だわ。クレア、あなたどうして!』
『ふん、私はあんたと違ってコソコソ逃げたりしない。キチンと過ちを認め、尊敬するランス様の兵士としてここにいる!奥様ならこの先を通ってとっくに逃げたわ!何日猶予があったと思ってるの?今頃はランス様に忠誠を誓っているジュール様のナザ領で保護され、うっ……クソっ……』
クレア!!!
ワイアットに口を塞がれる。叫ばないと首を横に振るとそっと外される。
『殿下ー!この通路、屋敷の裏に続いております!』
『ギャー!』
女の断末魔!!!
クレア?サラ?どっち?
家の内側を数人ドヤドヤと動いている。
『街を探せーー!』
数人の足音が二階から降りてくる。ドヤドヤと走り、馬の嘶きと駆け足が聞こえる。
人の気配が消えた。敵も味方も。
ジリジリとした時間が過ぎ、30分ほど経過したところで、
「エム、様子を見てくる。ここにいろ」
ワイアットがそう言って、剣を抜いたまま出て行った。私は扉に耳をつける。
『クレア!!!』
ワイアットの声!
私は夢中で隠し部屋から飛び出した!
◇◇◇
思っていた通りの場所だった。私が普段使わない、私の部屋の反対の幅の狭い階段の下に出た。
数日、座りっぱなしだった足は思うように動いてくれず、ふらふらと手すりに捕まりながら階段を急ぐ。
私たちの部屋は……品の良い明るいベージュの絨毯は泥の足跡でぐちゃぐちゃになり、動かせない重さのデスクやソファー以外はひっくり返され、落ち着いた紅いベッドカバーも剥がされ下に落ち、その横に女が背中を袈裟斬りにされ倒れていた。サラ。用済みでお荷物だから殺された?容赦ない。
そして、窓際でワイアットが腹に手を当てて止血しているのが……クレア。どこまでがドレスの赤なのか、血の赤なのか、ワイアットの手は血で染まっている!
「クレア!」
「エム!何故出てきた!!!」
クレアに駆け寄る。顔に耳を近づけると小さく呼吸している。
「エム!君はバカなのか!」
ワイアットが激しく怒っている。でも!
「ワイアット!どうなの⁉︎」
「…………もう、どうすることも」
私の身代わりに、私よりも幼い、前世の教え子のような子が、死ぬ?
「クレア!クレア!命令です!しっかりして!誉あるランスロット将軍閣下の兵士なんでしょ?起きて!起きて!」
私はクレアの血に濡れた手を握りしめる。反射かもしれないけれど、ピクリと人差し指が動く。兵士の形でない、いつものキリリとした表情でないクレアは、随分と幼い。
許されないわ、そんなこと。私の主義に反する。
「ラック!私のオマケの運、クレアにあげて!!!」
私は声を張り上げる!
「いるんでしょ!ラック!」
『……そんな大声出さなくても、聞こえてるって』
「私の……私のオマケの運、クレアに使って!生きられる状態にして!」
『エムちゃん、ああ、お友達が!どうしよう!』
「ラフ、落ち着いて!この子はきっとワイアットの大事な人になるの!お願い!ラフも助けて!」
『この子……ああホントだ。僕のワイアットを大好きなんだね……ひたむきに……。
そう……ワイアットとクレアという〈友〉を助けるために、エムちゃんはたった一度のラックの〈運〉を使おうと……そうか……』
『ここでおまけを使ったら、ランスに使えないけれどいいの?』
姿を見せないラックが、静かな声で私に確認する。
「ここでクレア見捨てて生き延びて、幸せになれるわけないじゃない!良い〈死〉を迎えられるはずがない!ランス様は……ランス様一人ぐらい!私が幸せにして見せるわよーーっ!!!!」
『よく言ったーあ!!!』
私の心臓の部分が白く光る!その光は左手を通り、繋いでいた手からクレアに注がれた。同時にワイアットの傷に押し付けた手も温かなオレンジに光る!クレアの全身が一瞬眩く光り、元に落ち着くと……クレアの傷は塞がり、顔は真っ青だけれども、一応瀕死状態は抜けたようだ。
「エム……これはいったい……あなたは……」
なんとか……なったみたい。
「ラック、ラフ、ありがとう……ありがとう……」
「先程から誰と話しているのですか?」
ワイアット……ワイアットに何を話せば……深呼吸する。
「ちょっとだけ、医療の心得があるの。手のツボを押した!そしたら少し良くなった。さあ、ワイアット、クレアをベッドに上げて。薬師を呼んでこよう」
パチパチパチパチ
扉の方角から聞こえた拍手に、ワイアットが剣を構える。
ひな壇の上に立っているところしか見たことのない、金髪の整った容貌の男が扉に寄りかかり、私を見て笑った。
「なんて素晴らしいんだ!君の〈運〉は死者すらも生き返らせるのか?全く!こんな〈完璧〉な女を外に出すなんて、王は何を考えているんだ!」
王太子殿下……。いつもニコニコと微笑んでた印象だったけれど、青い目をギラつかせ、大きく口を広げて笑っている。こっちが本性か。私の〈祝福〉をしゃぶり尽くそうとしてる。気持ち悪い。
「放火犯は現場に戻るって言うだろう?君も一度ここに戻るんじゃないかと思って、待ってたんだ。良いものが見れた。やはり天は私に味方している!」
私は放火犯じゃないし、人の家襲ってるのはあなただけど?王太子殿下の後ろに護衛二人か。
「エム、行け!」
秘密部屋を飛び出し、クレアを助けたこと、後悔などしていない。でもワイアットを危険に晒す。己の非力が辛い。
「隠し通路の向こうは塞いでるけど?逃げられっこない。大人しく私とおいで?ふふ、まさか男の子のカッコしてるとは。可愛い!」
やっぱり気持ち悪い!
ピイィーっとワイアットが指笛を吹いた。
恐い!でも行くしかない!私がここにいてはクレアも治療できない。ワイアットも私をかばいながら戦わなければいけなくなる。
女は度胸!
「ラック!よろしく!」
私は バルコニーに走り、飛び降りた!
ボスンっと顎が鞍に激突して痛い!でも無様でも着地!私頑張ってる!私は這いつくばって真っ白な首に掴まる。
「セル!ありがとう!!行くよ!ゴー!」
ヒヒーン!
セルが優雅に街に向け走り出した!




