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35 unlucky?

 目を開けても、そこは暗闇だった。

 頭を動かすと、

「エム様」

 とワイアット様が小声で話しかけてくれた。私も小声で続ける。

「ここどこ?」

「階段下の隠し部屋です」

 目が慣れてくると確かに頭上が傾斜になっている。狭い空間に大きなワイアット様と二人。


「どれくらいたったの?」

「二時間ほどです。奥様、先程は……」

 私は首を振った。ワイアット様が悪いわけではない。敢えていうなら、有事の動きを把握していなかった自分が悪い。

「詳細、掴めましたか?」

「はい。ケイン様より数度に分けて連絡が届きました。あの……」

 とても言いづらそうにしている。

「構わないから教えてください」


「……会議の後の懇親会で、コンラッド第二王子の婚約者候補であるセルビア・マルベリー侯爵令嬢が……ランス様とエム様の〈祝福〉を暴露したそうです」


「バカな……」

 何故知ってるの?私のはコンラッド王子が教えたとしても、ランス様のものは国家機密。令嬢の手に入る情報ではない。

 ああ、でも、考えられなくもない……彼女が転生者なのならば。きっと三巻以降に記載されていたのだ。


「それで、王太子殿下が、稀有な〈祝福〉を持つエメリーン様を欲しがり、ランス様が断るとエメリーン様を力づくで奪うと言って、この地に向かったと」

「へ……王太子殿下?……だって、お妃様も王子様も……」

「どういうおつもりなのか?ただ、別に王太子妃様と離婚しても構わないとまでおっしゃられ、ランス様に離婚を迫ったと」

「なんてこと……」


 私が火種とは……。思わず頭を抱える。

「私の〈運〉は前回のパーティーでコンラッド王子がおっしゃった通り、本当に大したことないのよ?でも私のそれが欲しいのであれば、私の身代わりのクレアは捕まっても当面丁重に扱われるでしょうね」

 はあ、とため息をつく。


「エム様、王太子殿下と面識は?」

「近くでお話ししたことはない。遠目に観察はされているでしょうけれど。目の色まで気がつくかしら」

 私は紫、クレアは温かい茶色。


「王太子殿下は抜け目のないお方で、蜜月状態である臣下であっても密偵を送り込ませる人柄。この領に入り込んだスパイがエム様の容姿の特徴を伝えていれば、知られているかと。でも、これまで王太子殿下はエム様のことをさほど注目しておられなかった。情報を集めるにしてもこれから。少しは時間稼ぎできるでしょう」


「目一杯急いで、王太子殿下はいつ到着する?」

「明後日ですね」

「その間に遠くに逃げずにここに潜む意味は?」

「既に近隣に潜伏していた間者は到着しているかもしれません」

「つまりこの屋敷を出たほうが危険だと」


 なるほど。でも本陣が到着しなければ、ターゲット、私の影武者クレアを殺すことはないだろう。


「ワイアット様が私を守り、外は?」

「スタンが采配します。彼は公爵閣下の元、幾多の戦地を駆け抜けてきた強者です」

「やっぱりー!」


「では、とりあえず、私はここで静かにしていることがお仕事ね」

「はい」





 王都で、私たちの〈祝福〉を暴露か……。私はいい。いや、嫌だけれども、〈運〉は一見プラスの印象を持たれるもの。でもランス様は……。


「大騒ぎになってる……きっと……ランス様……」


 私が膝に顔を埋めると、

「……エム様は、ランス様のその〈祝福〉をご存知な上で結婚されたのですか?」

「もちろん。当たり前じゃない。公明正大なランス様が隠すわけないでしょう?」


「……ええ、そうですね」


 ああ、ワイアット様ひょっとして、ランス様の〈祝福〉に怯えてしまった?どうしよう。

「戸惑いは理解できるわ。でもランス様はカッコよくて、頼りになって不器用なランス様でしかない。ワイアット、これからもランス様を支えてくれますか?」


 私は敢えて、ワイアット様を呼び捨てにする。ワイアット様が目を見開く。


「エム様!違います。どのような〈祝福〉であろうと私のランスロット様への忠誠は揺らがない!なぜならば、戦場で死ぬ寸前だった私を救ってくださったのはランス様!〈死〉の対極のお方です!私だけではない!ランス様が救った命、奪った命の数百倍はあるのです!」


「そう……」

 よかった。


「ただ、ただやるせないのです」

 ワイアット様がギュッと下唇を噛み締める。


 それは……私も同じ。

「ありがとう。ワイアット様」


「ふふふっ、エム様、どうぞ先程のように呼び捨てで。先程は痺れました」

 私はぷうっと頰を膨らませる。

「からかうなんて酷いわ」

「からかうなんて……エム様。私の〈祝福〉は〈友〉です」

 ワイアット様はそう言うと控えめに笑った。


 ありえない。私はワイアットの瞳を見つめた。

「何故私に晒すの?」

 〈祝福〉は誰にとっても一番の秘密。


「私だけ、エム様の〈祝福〉を知っているのは卑怯な気がしました」


 何て……真面目なの?でも……心も身体も大きくて優しい人。


「ねえ、なんかずるいわ、その〈祝福〉。〈友〉?かっこよすぎ!ムカつく!」

「エム様、急に口調が砕けましたね」

「だって〈友〉だもの。そうでしょう?ワイアット?」

「……ええ、いつまでも、友として、お二人のそばに」

「約束よ?私ずっとこの〈祝福〉のせいで実家の屋敷に閉じ込められてて学校も行けず、友達ワイアットだけなのよ?無茶して、死ぬことは許さない。一緒にランス様をお迎えするんだからね!」

「わかり……わかったよ。エムちゃん」




私は今世初めての友達を手に入れた。それも超カッコイイ男友達!こんな状況だけど浮かれていいかしら?




 ◇◇◇




 おそらく明後日やってくる嵐を前に、私はワイアットに寝ておくように頼む。ワイアットはすんなり従った。窓のない隠し部屋。ワイアットの懐中時計だけが時を教える。


 私は少年姿だった。気を失った後、クレアとタルサさんが着替えさせてくれたに違いない。肩からマジックバッグもかかってる。きっとランス様の申し送りだ。



『エム、あんたとことん運がないね』

 ラックが私の右肩で囁く。

「……それ、ラックが言う?」

『私のせいじゃない。欲深いヒトが悪いんでしょ』

「その通りです」


『で、こいつもエムと友達になりたいんだって』

 ラックがそう言った途端、ラックの横が暗闇の中キラキラと輝き、コロンとした、長い茶色の髪の優しげな精霊が現れた。


「あなた……まさかワイアットの羨ましい精霊⁉︎」

『うん……』

『おい!人の精霊羨むな!』

 ラックが口を尖らせる。


「私の友達になってくれるの」

『うん。だってワイアットと友達なんでしょう?』

「もちろん友達になりたい。よろしくお願いします!」

『じゃあ、名前付けて?ラックはカッコいい名前でいいなあ』

『ふふふ、私が羨ましいの!いい子ね!』


 友?英語のフレンドは長い……友がいる生活……嬉しい!楽しい!笑いあえる?ワイアットはいつも優しく微笑んでくれる。


「ラフ、はどう?」

 今こそ、笑いあえる友が必要だ!


『ラフ!うん!名前ありがとう』

『お気楽な名前ねえ』


私はマジックバッグからレモンのキャンディを取り出して、ラックとラフに渡す。二人とも口をいっぱいに開けて頬張った。私も一緒に舐める。友達だもの。


「ラフ、あなたのワイアットを危険に晒しそう。ごめんね」

『エムのせいではないでしょう?』


 そう言い切れないところが、辛い。結局のところ私を守る戦いだもの。


『エム、辛気臭い!とりあえず諦めるな!私まだ死にたくない!』

『エム、ランスもリングもみんなも多分鬼みたいになって走って来てるよー!』

 ラフが人懐っこく私に頰を擦り付けてくれた。〈友〉が側にいる。頼もしい。


「そうだね……絶対助けに来てくれる」


 ランス様……。





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