34 unlucky?
ランス様が不在の間、午前中はワイアット様に事務仕事を教わり、昼からは街に降りて散策したり、城塞の外で薬草を探したり、乗馬の練習をして過ごす。
馬はセルならば一人で乗れるようになった。完全室内培養のもやしっ子である私が馬を乗りこなすなんて……感無量。丁寧に教えてくれるワイアット様、クレア始め兵士の皆様に感謝だ。
本当は森で空気銃の威力の底上げを図りたいのだけど、ぴったり見張りが付いていて無理。
よってウサギを狩れるわけがなく、ニルスさんに料理を作る時は材料を買うようになった。
イカやタコがタダ同然で売ってあったのでお好み焼きにする。火を通せば大丈夫よね?
「エム……ホントにあのヌルヌルしたやつ食べられるのか?」
「あんた!エムの料理が不味いわけないだろ?嫌なら食べなきゃいい。エム、いただきまーす」
流石タルサさん!女は度胸だ!
「おい、タルサ……どうなんだってば!」
私も味見する。……うん!普通。マヨネーズも今度作ってみるか?玉子と酢と油をひたすらかき混ぜるだけだったよね?
まあチーズがあるから、乗せて焼いてもいい……うーん私の料理、チーズ頼みだわ。
「う、うまい!」
ようやく葛藤の結果、見た目の気味悪さよりも職人としての未知なる味への探究心が勝ったようだ。
「ニルス?大丈夫か?大丈夫なんだな?」
スタンさんがそう言うや否や、スタンさん、ワイアット様、そしてクレアはじめ日替わりの本日の護衛さん達が一斉に皿に手を伸ばす。
新メニューの時は、皆、ひたすら無言……。
「皆様、食べながらでいいので、この料理、二度目アリの方は挙手願います」
全員の手が上がった。
「よかった。ではニルスさん、またまかないで作りますね」
食べ終わったニルスさんが口を拭きながら、
「いや、美味かった。まかないのレベルじゃない」
「いえいえ、ニルスさんはいつも自分で作ってるから、人が作った料理に敬意を払って、何でも美味しくいただいちゃうんですよ」
「いや、違う。見た目は悪いが十分ディナーで出せる」
「またまた〜!こんなしょぼい料理、ランス様に出せるわけないじゃないですか。きちんとしたニルスさんの料理じゃないと!」
「そうだよ……旦那様、エムの料理、まだ食べてないんじゃないかい?」
「そういえば……。まずい、ランス様の先の先の先の先くらい越してしまった……」
「過ぎたことはしょうがないでしょう?はっはっはー!」
スタンさんは豪快に笑った。ワイアット様は冷や汗をかいているけど。
でもイカタコあれば、アヒージョも作れる。油とニンニクと鷹の爪……。
◇◇◇
今日が、王城でのメインの仕事の筈だ。無事にランス様、謁見に会議、終わったかしら。
「本来、何もかも終わった後の懇親会は、家族を同伴しても良いのです。ここキアラリー領はじめ、王都に遠い領地を持つ領主の奥方は、年に一度のこの機会を楽しみにしているんですよ?」
食後、ワイアット様と談笑していると、スタンさんがお茶を持ってきてくれた。夜だからかカフェインゼロのハーブティ。
「ありがとうございます、スタンさん」
「いえいえ、全く、ランスロット様は奥様を誰にも見せたくないから連れて行きたくないのです。ホントに心の狭い……ぶつぶつ……」
なんとなく、この屋敷でスタンさんが最強ってことがわかってきた。
「私は逆にずっと王都にいたから、もう行く必要ありません」
「でも、ご両親にお会いしたいでしょう?」
「それはそうですが……気候のいい時にこちらにきて欲しいです。ランス様許してくれるかしら?」
「……もちろん、大歓迎されますよ」
「キースはランス様を崇拝しているのよ。会わせてあげたいわ……え?」
何だろう。悪寒がした。
「奥様?……ん?」
スタンさんがテーブルを飛び越え窓を開けた!何!スタンさんこんな機敏なの?
その瞬間、大風が吹き、一羽の大きな鳥が現れた!
「カリブ!」
その声にワイアット様も駆け寄り……。
「赤!!!バカな!!!」
ワイアット様が音を立てて扉を開けはなち出ていった。
カリブと呼ばれた大きな鳥はスタンさんの肩に元からいたように佇んだ。スタンさんはカリブを撫で、ポケットから何かを取り出しクチバシに咥えさせた。そして真っ直ぐに私と視線を合わせる。
「奥様、この鳥は王都より緊急連絡を告げに飛んで参りました」
随分と大きな伝書鳩だ。
「何と?」
「足元に結ばれた赤い布。これはアラバスター公爵家、ランス様の兄君ケイン様のものです。赤の意味する警告度は強。直ちに退避」
何があったのだろう、とここで言ってもしょうがない。スタンさんにもわかりっこない。
「指示どおりに動きます」
「さすが……お妃教育を長いこと受けてこられただけはある。肝が据わっておられますね」
いや、単純にここでの緊急時の対処法がわからないだけだ。
「すぐに奥様には隠し部屋に入っていただきます。追って次の鳥が参ります。敵が何者かわかった上で、次の動きを指示します」
「わかりました。少しだけ、準備させてください。着替えます」
私は大股で部屋に急いだ。とりあえずマジックバッグ、そして携行食を持っていって、少年服に着替えてトイレに行って、髪を結んで……。
バタンと自室のドアを開けた。
「は?」
そこには、私がランス様に買っていただいた、一番豪華な真紅のドレスを着て、同色のハイヒールをはき、髪を高く結い上げたクレアが、深刻な顔で鏡台の前に座り、口紅を引いていた。鏡の中のクレアが私を見て目を見開き、慌てて振り返る!
「奥様!なりません!早く逃げて!!!」
ああ……ずっとどこかしっくりこなかったのだ。
なぜメイド長と共に私をいびり倒したクレアを過保護なランス様がこの地に残しているのか?
たとえ帰る家がなくとも、奉公先を紹介するとかいくらでも手があるのに。女性の騎士は女性の要人警護に引く手数多のはずだもの。
なのに敢えて、この地に、私の側に残した。
同じ年頃で、黒髪だから。
有事に私の身代わりにするために。
「……クレア、私の身代わりなど許しません」
静かに、睨みつけながら、言葉にする。
前回、我を忘れて激怒した時も、あまりに自分を大事にしない教え子に対してだった。
自分の立場も忘れ、怒りで目の前が真っ赤になる!
「奥様……エム様!ずっと謝りたかった。虐めてごめんなさい。やっとお役にたてる」
「年下の子供に役にたってなんて欲しくない!とっとといつもの服に戻って持ち場に帰れ!!!」
「私の本日の持ち場はここです。エム様、花かんむりありがとう。昔、もう死んじゃった大好きな幼馴染とああして作りあって……懐かしくて……嬉しかった……」
「クレアーー!出て行きなさい!!!」
「奥様!!!」
「ワイアット!こんなの許さない!許さないわ!クレアを安全な場所へ!早く!」
「安全な場所に移るのは奥様です」
「ダメよ!領主夫人命令です!クレアをはや……」
みぞおちに拳を入れられた。
身体が崩れ落ち、ワイアット様に支えられ……。
「奥様……閣下とお幸せに」
クレアの瞳から涙が落ちた。そんな……
「くれ……あ……」
私の意識はそれ以上もたなかった。




