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32 Douglas ⑦

 王を庇うように、王太子が前に出た。珍しく当惑した表情で。

「いや、ケイン、悪いが私も初耳だ。おそらくコンラッドも知らぬ。このような重大な問題、王と、大神官だけだろう。私は王位を継いだときに知ることになったのかもしれないが。何故その女が知ってるのか……。マルベリー侯、そなた、城の機密文書を探ったのか?」


「まさか!まさか!そのようなこと、考えたこともありません!セルビア何故!」


 王太子が手を上げる。あっという間にマルベリー侯爵は近衛兵に捕縛され、コンラッド王子の横に張り付いていた女も侯爵の横に連れて行かれ、後ろ手に縄を結ばれた。


「止めて!ど、どうして?コンラッド様!助けて!」


「セルビア……君はどうして……いや、人の〈祝福〉をこのような場で大声で晒すなど、何を考えているんだ……」


「何でいけないの?〈祝福〉なんて、そこまで気にしなくていいじゃない!そう、将軍様!あんまり気に病む必要ないわ。将軍様の〈死〉、自分のことを()()()なんて悩まなくていいの!私がキチンと説明してあげます」


 ランスを人殺し呼ばわりだと?怒りを通り越してコイツ頭オカシイのか?


「随分と〈祝福〉に造詣が深いようだ。君の〈祝福〉教えてくれる?」

 王太子がニコニコとセルビアに聞く。

「はい!〈天真爛漫〉です!」

 はああ……と納得するようなため息と、自分の〈祝福〉をここで晒すことが信じられないという驚きが辺りを包む。


「ひょっとして、私の〈祝福〉も知っているの?」

「セルビア!止めろ!!!」


 すがるマルベリー侯爵の口を衛兵が塞ぐ。


「あー王太子様のは知りません。でもコンラッド王子は〈牧畜〉です!」


「ひっ!」

 誰かが息を呑んだ音を最後に、無音になる。


 王族の〈祝福〉が晒された。


「どうして……」

 コンラッド王子が崩れ落ちる。

「コンラッド、お前、この子に教えたの?」

 コンラッド王子が力なく首を振る。



「〈祝福〉が〈牧畜〉、それでコンラッド王子は悩んでいるけど、地味だけどいいと思うんです!!!王太子様を支えてこの国を盛り立てるために、素晴らしい〈祝福〉だと思いませんか?」

「そうだね」

 王太子がニコっと笑った。


 バタっと音をたて、マルベリー侯爵が正面に倒れた。


「あと知ってるのは……悪役令嬢のエメリーン!あの人の〈祝福〉は〈運〉!エメリーンの〈運〉が欲しくてコンラッド王子は無理矢理婚約させられていたの。可哀想に。さっきも言ったけどあの人の〈運〉なんて大したことないのよ?あ、そうか、それでも国はエメリーンを持ってればいいことあるかもしれないから、将軍様に押し付けたんだ。で、将軍様も自分の〈祝福〉の弱みがあるから受け入れとけって感じ?」


「止めてーーーー!」

 胸が締め付けられるような悲痛な叫びが後方から響きわたる。


「何故、何故私のエメリーンをこの場で陥れようとするの?エメリーンがあなた様に一体何をした?あの子はずっとずっと静かに屋敷で窮屈な暮らしをしてきただけ!何故あなた様は私の娘を糾弾するのーー!わああああ……あ」


 バルト伯爵夫人はそのままクタリと伯爵の胸に倒れた。バルト伯はそっと妻を抱き上げ、ひな壇をちらりと見て、肩を落とし、何もかも諦めた顔をして部屋を後にした。

 その隣にいた公爵閣下は伯爵夫妻の背中を見送り……厳しい表情で目を閉じた。その耐える仕草は血は繋がらなくともランスと同じ。


「え、あれ、倒れちゃった……大丈夫かな……」


「ふふ、〈天真爛漫〉ってすごいね。君の価値観は置いておくとして、この大人数の中で、自分の秘密を突然ブチ上げられて、嬉しい人っていると思う?」

「その結果、みんな肩の荷が降りて、幸せになるならいいでしょう?将軍様も、エメリーンなんかとは離婚すればいいわ」

「ランスロットと離婚ねえ、君、エメリーンに恨みでもあるの?さっきバルト伯爵夫人が言ってたように、彼女は厳重に国に管理されてきた。君に会ったのはあの日が初めてのはず。自分より爵位が低いのにコンラッドと婚約してるから腹が立ったとか?それともランスロットと自分が結婚したかった?」

「え、恋愛は自由だもの、爵位とか考えたこともない。将軍様は凶悪顔過ぎてぜーったい無理。でも彼女は悪役だから!」

「だから、エメリーン嬢はどんな悪いことしたの?」

「コンラッド様が……楽しくないって。ご自分の婚約を嘆くから、一肌脱ごうって……」


「……このくらいかな。衛兵、牢に連れて行け!」


 マルベリー侯爵は肩に担がれ、女は両脇を掴まれる。

「何で⁉︎」

「君の罪は王族不敬罪、スパイ罪、国家転覆罪……数え上げたらキリがない。まあ君の言うようにこれらの罪もみんな幸せになっていたら不問にしたところだけど……」


 王太子は極上の笑みを浮かべた。

「誰一人幸せになっていない」


「待って!待って!私が癒さなければ!将軍閣下はこれから生きていけないのよ!」





 ランスがゆっくりと瞳を開けた。なぜか自分の黒の上着の襟元に親指を入れ、何かをなぞる。

 ここまで沈黙を通したランス。人々が息を飲む。


「確かに私は〈死〉の〈祝福〉持ちだ」

 甲高い女性の悲鳴が上がる。


「そんな私を我が妻は平凡だと言ってのけた。〈死〉だけが、富める者にも貧しき者にも、老いも若きも平等に訪れる、誰もが持つ〈祝福〉だと」


「エメリーン様……」

 ロニーが苦しげに、俺たちの優しい人の名をこぼす。


 ああ……エムちゃん……エムちゃんは……君って人は……あまりに聡く、慈悲深い。

 ランスはエメリーンに出会って、救われ、生まれ変わったんだ。


「私の目下の悩みは自分の〈祝福〉があまりに平凡なことと、愛する妻が全く物欲が無くて、何を贈れば喜んでくれるのかさっぱりわからないことだ」


 言えてる言えてる。俺とロニーは涙目で頷く。


「私の腕には最愛の妻がいる。今後は最愛の妻と平凡な人生をノンビリ過ごす予定だ。故にお前の癒しなど、不要だ」


「そんな……嘘……」


 気絶したマルベリー侯爵と女はズルズルと引っ立てられた。




 王が前に出た。


「前回の祝勝会に続き、今回までも、救国の英雄たるその方を蔑ろにしてしまった。ランスロット、許せ」

 王がランスロットに謝った。ランスは王が謝る価値のある男というハクがついた。王家は〈祝福〉云々関係なく、ランスロットを今後も大事に扱い……利用するということ。これで表立ってランスロットを非難することは出来なくなった。


「そして、二度もこの大事な集まりを台無しにしたのはお前だ。コンラッド、お前は北の離宮に当面蟄居を申し付ける。連れて行け!」


 王付きの護衛が、コンラッドの脇を抱え連れていく。本人は放心しており、歯向かう気力もなさそうだ。


「皆、関係者以外は速やかに解散だ。遠方より来てくれたものら……申し訳なかった」


 王にそう言われて、図々しくこの場に残れるものなどいない。速やかに皆ホールを後にする。





 ◇◇◇




「ランスロット、すまない。何故露見したのか……」

 王が頭を抱える。

「これで、ランスに領主はふさわしくないとか言い出す馬鹿が出るだろうな」

 公爵様がようやく発言した。昔、現役だった頃そのままの覇気を宿して。


「私は別に領主になどこだわっておりません。妻とどこぞの森できこりでもします」

「きこりか?ああ、エムちゃん弱っちい弓でウサギ捕まえちゃうんだっけ?」

 ケイン様がクスクスと笑う。

 ランスはそうだろう。しかし、稀代の英雄には領主でもさせなければ国としての格好がつかないのだ。


「よっぽどエメリーン嬢は魅力的なようだね。とても賢い……」


 王太子がニコリと笑った。そして王に向き直り、

「王よ、何故〈運〉の乙女をコンラッドに渡したのです?私ではなく」

「……お前はすでにマーガレットと婚約していた」

「はっ!〈運命の乙女〉に比べれば、隣国の王妹など器が小さすぎる。今すぐ躊躇なく捨てますが?」


 既に、男子を産み、慈善活動も王太子妃として精力的にこなす王太子妃様を捨てる?ちょっと待て⁉︎


 不穏なことをサラリと言ってのけ、王太子はにっこり微笑んだ。


「ねえ、ランスロット、私にエメリーン嬢、ちょうだい?」





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― 新着の感想 ―
[一言] >「ねえ、ランスロット、私にエメリーン嬢、ちょうだい?」 いや、弟とその女だけじゃなくこいつもどあほうかよ?! さっきまでのランスの惚気をなんと心得る?!
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