31 Douglas ⑥
王城の大会議室は既に人でいっぱいだった。
総勢20名の領主がデカイ丸テーブルを囲み、その後ろには俺たちのような側近が座る。そして一番の上座は王のもので、その後ろは各大臣がズラリと並び座っている。アラバスター公爵閣下は王の従兄弟。限りなく上座に近い席で、後ろに控えるケイン様と何か話している。格違いのオーラでそこが玉座かと勘違いしそうだ。
ほぼ全ての領主が席に着いたところで、ランスとともに部屋に入る。室内のざわめきが止む。今日のランスは軍服を脱ぎ捨て、黒のスーツに紫のタイ。燃えるような赤い髪は公爵家の使用人によってきっちりオールバックにセットされ……頰や額、首筋の凶悪な傷が丸見え。おそらくケイン様の差し金だ。眼を細め、ゆっくりと歩き、キアラリーと彫られた席に着く。俺とロニーも黒のスーツ姿でその後ろに立つ。
誰も声をかけられない。ソワソワとした時間が数分流れ、やがて王が入場した。
ランスは腕を組み、ずっと瞳をとじていた。キアラリー領の報告になると、ロニーがさらりと代弁した。共通の議案の中で、前領主から引き継ぎのなかったものが多々あり、ロニーがぶち切れそうになったが、とりあえず会議はすんなり、時間内で終了した。
◇◇◇
前回の祝勝会の半分ほどのホールに懇親会ということで集められた。領主夫人や娘といった女性たちが加わって少し華やいだ雰囲気になったが、俺たちは親睦を図りたい相手などいない。ランスは乾杯が済むと、ケイン様の仰った通り真っ直ぐに陛下の元に向かう。周りを威圧するのも忘れない。面倒な相手に絡まれないためだ。
俺は視線を動かして、公爵閣下とケイン様の位置を確認し、今日のメインイベントに突撃する。
ランスが動くと道ができ、王の元に障害なく到着する。王の横にはオリバー王太子、そして前回、祝勝会をぶち壊したコンラッド第二王子がいた。
「陛下」
ランスが膝を突くと同時に俺たちも後ろで同様にした。
「おお、キアラリー伯、元気そうだな。東はどうだ?」
「慣れぬ仕事に四苦八苦しております」
気がつけばまた、ホールが静まりかえっている。王と噂の英雄の話を、一言も聞き漏らすまいというように。確かに嫌な感じだ。
「いやいや、早速大活躍してると聞いているよ?」
隣にいた王太子が口を挟む。この金髪碧眼の王太子はいつもニコニコしており、何を考えているのかわからない。大活躍ねえ、王家の見張りがうちの領にもいるぞって脅しか?このお方は、猜疑心が強すぎる。優秀であることはわかるが好きになれない。
「いえ……」
全く盛り上がらない会話だが通常運行。武骨な軍人という設定はそれで許される。
「キアラリー伯、我々だけが陛下方を独占しては……」
ロニーが上手いタイミングで声を掛ける。
「そうだな。それでは陛下、また次回。くれぐれも御健勝であられますように」
「うむ、その方もな」
終わったー!目の端にケイン様が頷くのが見えた。
しかし、その時!
「キアラリー伯爵!お待ちください!」
コンラッド第二王子が声をかけてきた。なんと面倒な。ランスは第二王子と視線を合わせることもなく膝をつく。背中で怒りがわかる。直接的にはこんな小僧、相手にもしていない。
しかし、この男はランスの最愛の妻エメリーンを傷つけた……恋敵。
「ああ!将軍、膝などつかないでください!ああ将軍閣下、あの」
「王子殿下、私は将軍ではございません」
「わかっています。でもあなたは私の憧れの将軍閣下で……ああ、それなのに私は!私がエメリーンと婚約破棄などしたばかりに、あなたにあの女を押し付ける形になってしまった!何故英雄のあなたに」
「コンラッド!!!」
王の、凍るような声がホールに走る!
爆弾が投下された。
衆人の注目が集まる。皆、怯えながらも好奇心を隠せない、下品な瞳でランスを上から憐れむ。
耐えろ!ランス!
「コンラッド王子殿下、よろしいですか?」
いつの間にか、観衆の最前列に、ケイン様がいらした。静かに佇むだけなのに、半端ないプレッシャーを周囲に放っている。
「経緯がどうあれ、我々アラバスター公爵家とバルト伯爵家はこれ以上ない良好な関係です。私も早くかわいい妹に会いたい……うちは可愛くない男兄弟しかいないのでね。ふふふ、エムちゃんはうちの最強の執事長が唸るほどの料理の腕前らしくて……貴族の令嬢というのに愛するランスに喜んで欲しいばかりに努力して。ランスが羨ましい。エメリーンはもはや私どもアラバスター家の一員」
そう言って視線を流した先には、公爵閣下がバルト伯爵夫妻に親しげに談笑している姿。俺から見たら、バルト夫妻は絶賛混乱中。エムちゃんによく似た、善良な、普通の、軽蔑されるなどあってはならない御両親。たった今公爵家筆頭……貴族最高位のアラバスター家が後ろ盾についたことを知らしめた。
これ以上エムちゃんとランスを晒すと、誰であれアラバスターを敵に回すぞ?というわかりやすい警告。しかしこのバカ王子に伝わるのかどうか。
「ほう、エムの手料理か……羨ましい。余はその権利をカールに明け渡してしまったのだな」
公爵閣下をカールと呼び捨てることができるのは従兄弟である王のみ。凍るような瞳で息子を睨みつける、王。
王は、本当にエメリーンが欲しかったのだ。エムちゃん、君は……。
ゆっくりとランスが立ち上がる。もう王への暇の挨拶は済んだ。
「ランス様」
小声で退出を促す。ランスは小さく頷きかえした。ランス、良く耐えた!ケイン様が前もっていらんこと言うな!と警告してくださったおかげだ。
今度こそ、俺たちは王族に立礼し、背を向けた。
そのランスの背中にまたもや声がかかる。
「お可哀想な将軍閣下!」
カナリヤのような女の声。俺たちはゆっくりと声のした方を振り向く。
第二王子の横で、両手を胸の前で握りしめ、瞳を潤ませこちらを見つめる派手な水色の髪に黄色のドレスを着た女。
「セルビア・マルベリー侯爵令嬢、コンラッド王子の婚約者候補です」
ロニーが冷ややかな声で教えてくれる。うちのエムちゃんをあんな場で地獄に突き落とした、もう一人の張本人。
ロニーがランスの前に出る。
「失礼だが、我らの誇り高き主人のどこが、『お可哀想』なのか?今の発言、我々に対する侮辱としか受け取れん」
ロニーはラドクリフ侯爵家の令息。マルベリー家と同列。意見することが許される立場。
「あなたなんかに、将軍様の苦悩がわかりっこないでしょう?」
「なっ!」
ロニーが絶句する。ロニーには戦場でいくつもの苦難をランスと共に超えてきた自負がある。ただの令嬢が、ありえない!
「おい……」
少し離れた場所にいた、ロニーを誇りに思い、ロニーを自慢の弟だ宝だと事あるごとに言って回るロニーの十歳年上の兄、ローランド・ラドクリフ次期侯爵が唸る。
「セルビア!なんてことを!お前!口を慎め!!!ああ、キアラリー伯、ロニー様、申し訳ありません。妹は閣下方が、どれだけ戦場で我々のために働いてくださったのかわかっていないのです!」
俺よりも年上の、身なりのいい男が飛び出してきて、俺たちの前に体を投げ出す。この男がマルベリー侯爵のようだ。
「わかっていないのは兄様よ!将軍様はねえ、将軍様はねえ、生まれてからずーっと〈死〉の〈祝福〉に怯えて生きているの!ずっとずっと〈死〉という〈祝福〉に抗って、苦しみながら生きているのよ!」
ホールから音が消えた。
ランスの〈祝福〉が〈死〉?〈死〉だと?俺とロニーはゆっくりとランスを見上げる。ランスは微動だにせず、目を伏せている。
「きゃーーーーあ!」
突然どこかの女が叫び、倒れた。それをキッカケに場が混乱に陥る。
「ほ、ほんとなのか!」
「〈死〉が〈祝福〉だと?」
「だ、だからあれほど強い……」
「ま、まさか、キアラリー伯に触れたら〈死〉ぬのか?」
「っ!おい!」
あまりの言いように、腑抜けていた俺は目を覚まし、全身で威嚇する。ランスの肩に手を乗せて。
俺は、ガキの頃からずっとそばにいた。風呂も寝床も仲良く一緒だった頃もある。その俺は死んでいないがな!
ランス、お前は、お前はたった一人、孤独に、そんな呪われたような〈祝福〉と戦っていたのか……。
胸が痛い、苦しい。ランス……
『あれの背負う運命は重すぎる』
遠い昔の公爵閣下の言葉が脳裏に浮かび上がる。
「どういうことでしょうか?」
ケイン様が、静かに、しかし怒りを隠さず、ひな壇に向かって問う。その姿は何故か軍人よりも大きく、恐ろしく見える。物語の魔王のようだ。
「〈祝福〉は秘匿。ランスロットは我がアラバスター公爵家出身の伯爵。何故このような小娘が?王家と言えどこれは……返答によっては我々にも考えがあります」




