25 lucky?
山火事は一晩で鎮火しなかったのか、ランス様はその晩お帰りにならなかった。
心配する必要はないと、スタンさんに説明を受けながら朝食を取る。
「エム、ニルスが元気になったら料理のアイデア教えてほしいって言ってたよ」
「タルサさん、お手伝いはできるけど教えるなんて無理です!」
「じゃあこの間の白いスープ、もう一回!美味しかったわあ」
ウサギのシチューだよね……。
昨日の続きとロニー様の元に向かうと、詰所……私的には事務室……にはいらっしゃらない。
一番最初に打ち解けてくれた年配のロニー様の部下の方が、私に駆け寄り教えてくれる。
「奥様、ロニー様はまだ外より戻られてません」
「昨夜はロニー様も出動されたの?」
珍しい。
「ああ、ロニー様は水魔法を操られるのです」
ロニー様の判断なしに、私に書類を見せられないとのことで……私は今日一日フリーだ!
部屋に戻り、イソイソと少年服に着替え、弓矢と保存袋を背負う。
リクエストにお答えしてウサギと、キノコを狩って、ワンパターンだけれどホワイトソースでグラタンにしよう!
「行ってきまーす」
小さな声でそう言うと、私は久しぶりに暖炉の下に潜った。
出口の薪置き場で綺麗に薪を組み直し、外に出ると、
「ひっ!」
ニコニコ笑ったスタンさんがいた。
「す、スタンさん、どうしてこちらに?」
「奥様を待ち構えておりました」
やっぱりバレてた。
「奥様、前回このようなマネをして、ご病気になったのをお忘れですか?」
スタンさん……笑ってるけれど怖い……。
「わ、忘れてません!でも、今回は体調いいし、大丈夫!ホントに!あの、美味しいキノコ、持って帰りますから!」
「ふう、ワイアットー!」
スタンさんは思いがけなく大声で叫んだ。ひょっとして……思ったほどおじいさんじゃない?
ワイアット様がキョロキョロと声の主を探しながら走ってきて、私を見て笑った。
「おや?久しぶりに奥様の子供服姿!これは……帽子まで被られると男の子で通ってしまいますね……」
「ワイアット、奥様のキノコ狩りに付き合って差し上げなさい」
「そんな!ワイアット様お忙しいはずです。一人で大丈夫です!」
私は慌てて手を横に振る。
「「一人で出かけるのは禁止です!」」
私の思いつきにワイアット様を付き合わせる?無理!はあ、ご迷惑はかけられない。外出は諦めよう。
「あの、もう戻ります。煩わせて申し訳ありませんでした」
私が頭を下げると、途端に今度は二人が慌てだした。
「いや、違います!奥様そんなにしょんぼりしないで!いかん!閣下にどやされる!」
「そうです!供さえ付ければ自由にして良いのです。ワイアット、さあ、一緒に行ってこい!」
「奥様、久しぶりに馬に会いましょう。ね?」
「え?え?え?」
急にやる気になったワイアット様に私は厩舎に引っ張られて行った。
厩舎にはリングやナンシーはいなくて、ワイアット様の白馬、セルだけお留守番していた。
「セル!久しぶり!討伐お疲れ様。怪我しなかった?」
ヒヒーン!
「セルは相変わらず美人だねえ。私のこと覚えてる?」
私が鼻先を撫でるとペロリと舐められた。
「もちろん覚えてますよ。セルは賢い女ですから」
ワイアット様がそういいながら優しく鞍をつけ、セルを引いた。
「セルで行くの?」
「はい。何かあったときすぐ戻れるように」
「そこまでしなくても……」
やはり申し訳なさが先にたつ。
「エム様、ここで生きていく以上、馬に乗れたほうがいい。セルは穏やかで細身で練習に持ってこいなのです。リングに一人で乗れると思いますか?」
「無理です!」
「では乗馬の訓練をしながら森に行きましょう。ね?」
穏やかなのはワイアット様。ワイアット様の馬だからセルは穏やかなのだ。ここまで言ってくださるのだ。私は部屋に戻るのを諦めた。
「ワイアット先生、よろしくお願いします」
ワイアット様がにっこり笑い、ひらりとセルに乗った。
「ではエム様、私が抱いて乗せるとランス様に殺されますので、一人で乗ってみましょう。左手を鞍のここ、そしてあぶみに足を入れて……そう。はい踏ん張って!はいよくできました!」
ワイアット様に引っ張り上げてもらい、なんとかワイアット様の前に座ることができた。セルならば足が胴をまわり、あぶみに届く。でもそれってリングに比べてセルが小さいってこと。ワイアット様が軽く左腕を私の腰に回す。ランス様よりも幾分細い腕。
「ワイアット様、セル、二人も乗せて潰れない?」
ついつい毎度同じ質問をしてしまう。だってワイアット様はランス様の次に体が大きいのだ。
「エム様は普段の私の荷物の半分以下の重さですよ。では街中は私が走らせます。城壁を出たらレッスンしましょう。ハイっ」
ワイアット様が軽く蹴ると、セルがサッと駆け出した!あっという間に門を抜け、坂道を下りる。
「セルは優雅ねえ」
真っ白なたてがみを煌めかせて走るセルを見て呟く。
「……旅のため、ランス様のため躊躇いなく男乗りできるエム様こそが、優雅だと思います」
「ん?聞こえなかった。何?」
「いえ、女の子同士、セルと仲良くなってくださいね」
城塞はワイアット様の顔パスで外に出られた。
「さあ、エム様。ランス様に教わった通り、手綱をさばいてみてください」
私は小さく頷いて、思い出しながらセルを歩ませる。セルは私が間違っても慌てて引っ張っても、騒ぎもせず付き合ってくれる。小一時間のレッスンで、思った方向に歩かせることができるようになった。
「エム様、上出来です!」
「いや……ワイアット様が後ろにいらっしゃるから安心できたってだけです」
「週一頑張れば、夏には駆けるようになりますよ」
ワイアット様は褒めて育てるタイプらしい。教師の鏡だ。
「さあ、では、エム様の森に入りましょう!」
ブラウンさんに教えてもらった、前回のポイントに行き、小川の場所を教える。ワイアット様がセルに水を飲ませに連れていった。
今がチャンスだ!
私は背中から弓を下ろし、矢をつがえ、気配を消す。
10分ほどそうしていると……来た!
私は弓を引き、放つ!と同時に右手を拳銃の形にして、空気銃を放つ!
(バンッ!)
ガサガサガサっと音がした。私は走って獲物に向かう。
今回も茶色の野うさぎだった。でもひとまず後ろの木に突き刺さったカムフラージュの矢を回収するのが先!足を幹に押し付け踏ん張ってなんとか引っこ抜く。
『エム、ノーコンだねえ』
ラックの呆れた声が耳に届く。事実だから何も言えない。正直な話、弓も実は狙いつけてたんだけど……。
野うさぎの元に戻ると、今回は威力が弱かったようで、傷口が潰れ、貫通していなかった。
矢傷に見えないかも。急いで捌いたほうがいい。耳を持って立ち上がると、すぐ後ろにワイアット様!
音もなく近づかれていた。忍びか?
「エム様……エム様が仕留められたのですか?」
どこから見られていたのかしら。不安な気持ちが透けて見えないように気をつけながら、
「はい。なんとか。今日タルサさんと約束したのです。ウサギのグラタンを作ると。急いでさばきますね」
私は早足で木の根元に戻り、弓と矢筒を置き、ナイフを取り出した。そしてセルから少し離れた川辺に行き、ウサギを解体する。二度目だから前回よりもスムーズに済んだ。
「私に糧をありがとう。大事に頂くわね」
「エム様……」
「そうだ、毛皮を卸せるところご存知ないですか?あ、乾かしてからの方がいいの?」
「……街の商業ギルドにご案内します」
商業ギルド!知らなかった。
その後はキノコを探して、今夜の材料分を収穫すると、本を取り出して、ハーブや薬草を見分ける訓練をする。
「摘まないのですか?」
「生薬だから。必要なときに必要なだけ摘んだほうがいいわ。生えている場所を把握していればいいの。あ、これ目の疲れにいいみたい。ロニー様に作って見ようかしら?」
大量の書類仕事でいっつもメガネをずらして目を揉んでいる。
「な、何であれ、ランス様が最初の方がよろしいかと」
「ランス様も眼精疲労なの?」
知らなかった。そのハーブを二人分摘む。
「エム様、私、お腹が空きました。そろそろ戻りませんか?」
「ごめんなさい。気がつかなかった。すぐ片付けます。セル呼んできて?」




