24 lucky?
ランス様がお腹が空いたとおっしゃるので、ブラウンズに案内する。
「これはまた……渋い店を選んだな。エムの選定基準がまるでわからない」
ランス様が眉間にシワを寄せる。
今日もたくさんのお客様で賑わっている。昼を少し過ぎたところだ。
「混んでますね。座れるかしら?」
「男性客が多いな……」
私がそっと両手で引き戸を開ける瞬間に、ランス様に腰を掴まれ引き寄せられた。通りの邪魔になっていたようだ。気がつかず申し訳ない。
「ヘイ、いらっしゃい!ひっ!」
ざわざわざわざわ!
領主様のご来店だ。そりゃざわつくかな。
中は混雑していて、小さなテーブルとランス様が座ったらバッキリ壊れそうな椅子しか空いていない。
「ランス様、しばらく待ちましょ…………」
「いえいえいえいえ!!!」
冒険者風の大男のグループが慌てて席を空けてくれた。彼らの席はゆったりとしたソファーでランス様のお尻を乗せても大丈夫そうだ。でも……
「まだごゆっくりされたいのでは?」
「もう、オレら、食べ終わりましたので!マスター!お皿引いちゃって〜勘定〜!」
馴染みのウエイトレスがサッとテーブルをキレイにしてくれた。ここまでされて座らないのもアレなので、大人しく座る……ランス様の正面に座ろうとしたらグイっと腰を引かれ、ランス様の横にポスっと沈んだ。ソファーに横並び?
「この方がシェアしやすいだろ?」
そうなのかしら。私はこの世界で連れ立ってこのような店で食事をしたことがないからわからない。ちょっと悲しい。
「領主様、この度はご来店ありがとうございます!」
マスターがエプロンを取り挨拶に来た。私の顔は見てくれない。化粧はしていないのに服装が変われば気がつかないものなんだ。
「ブラウンさん。お久しぶりです。今日はランス様にこちらのお魚料理を食べていただきたくて参りました」
「……は?」
ブラウンさんが私に声をかけられて訳がわからないって顔をしている。話しても思い出してもらえないなんて……ショックだ。
「マスター、エムです。マスターの森のとっておきの場所、教えてくれてありがとう」
「「「「「はあああああ?」」」」」
常連の皆様まで後ろから大声が!!!
「待て待て、は?エム坊?え?この可愛いお嬢ちゃんが?」
「エムです。よかった。覚えててくれて。マスターから教えてもらった穴場のキノコ、とっても美味しかったです。ね、ランス様」
「エムだ……目を閉じれば確かにエム坊だ……」
「マスター、エム……エメリーンに親切にしてくれて感謝する。エムは……必要に応じて、身の安全のために、少年の格好をすることもある。これからもエムに色々と教えてやってくれ」
「はいっ!」
急にランス様が私の肩を抱き、自分の首元に私の顔を押し込めた。
「皆も、我が妻エメリーンを……よろしく……な」
私の頭上を何かがかすめた。
「「「「は、はいぃ〜!」」」」
ランス様の腕が緩み、プハッと顔を上げた。
「何ですか?今の?」
「いや、虫が来ないように牽制だ」
飲食店だから衛生面を気にされているの?領主自ら……私も見習わないと。
今日のおすすめ料理を注文し、ランス様にここで何を学んだか、皆さまとても親切だったことを活気ある店内を眺めながら小声で話す。ランス様も耳元で相槌をうつ。そうしていると料理が来た。
私は大好きな魚を半分切り、ランス様のお肉料理のお皿に移す。
「こっちも食べてみてください!とっても美味しいのです」
「なんと!食いしん坊のエムが半分領主様にあげるのか?愛だねえ」
「ま、マスター!食いしん坊って言うなー!」
「……ほら、エム」
ランス様に振り向くと、口にランス様のフォークに刺さったお肉を入れられた。
「フグン……モグモグ……うわあ、スパイスが効いててこっちも美味しいです!ランス様ありがとう!」
「こりゃ……かわいいわ……」
「だって荒くれ者御用達のブラウンズに突如舞い降りた天使のエム坊だぞ?」
「誰だよ。奥様は魅惑の悪女だとか言ってたやつ……」
「お前だよ。騙されたいって悶えてたのは!」
「頭のてっぺんにチュって……戦鬼がチュって……」
ランス様は大きな紙幣を出し、お釣りを受け取らず店を出た。私はまた来ますと頭を下げて慌てて追いかけた。
ああ、前世、この『釣りはとっときな!』ってやつ、一度やってみたかったわ……。
「ランス様、私も荷物持ちます!」
ランス様が両手にぶら下げている袋や箱、全て私の衣料品だ。
ランス様はアッサリと私に靴の入った箱を二つ渡した。無駄な言い合いをせずに済み、ホッとして両手で抱えると、ランス様がそんな私ごと抱き上げた。
「しっかり持ってろ」
「ランスさまー!意味がないですー!」
私はまた、衆人環視の中、家路に着いた。
◇◇◇
初めて部屋備え付けのお風呂に入った。実家ではお湯を何度も運び浴槽いっぱいにしていたけれど、ここでは蛇口をひねって水を入れ、ランス様が両手を突っ込んであっためて、出来上がり。信じられない。
『極楽だねえ』
ラックも気持ち良さそうに浸かっている。今後お風呂ではラックと内緒話出来そうだ。
「今日たくさんランス様に買わせてしまったと思わない?」
『いいんじゃない?ランスもバカじゃなし、出来ないことはしないでしょ?』
「無駄遣いしたって、レッド、怒ってない?」
『ちょっと!私よりレッドの機嫌が気になるわけ?』
「ごめん!だって……」
『はあ……エム、あれしきでレッド怒んないから……。あれ、なんかふわふわしてきた?』
「ラック?まさか逆上せたの?精霊なのに???」
念願の入浴を果たし、今日買っていただいた赤い小花模様のナイトドレスを着て、髪を乾かしていると、ランス様が打ち合わせから戻ってきた。
「ランス様、お湯、ありがとうございます。とっても気持ちよかったです」
「そうか……俺も入ってくる」
「はーい」
私が午前中、ロニー様に教えていただいたことを明日のために見直していると、ランス様がバスルームから出てきた。ランス様はカラスの行水のようだ。綿で水色のゆったりとした寝巻きのシャツはボタンをはめず羽織ったまま、タオルでわしゃわしゃと髪を拭いている。シャツの向こうのお腹にたくさんの傷痕が見える。もう痛くないのだろうか?
「エム……体調はどうだ?」
「ランス様が全然歩かせてくれないから、全く疲れておりません」
私は思わず苦笑いする。
「いや、病のほうだ」
「え?スタンさんが順調に回復してるって、朝おっしゃってそのままですが?」
「そうか……ではベッドに行こう……か?」
「え、早くないですか?」
まだ宵の口だ。
「全く早くない!!!」
ランス様、思ったよりも疲れが溜まっているらしい。ランス様が私の足元に跪く。
「エメリーン……いいか?」
「ええ、いつでも」
私はスタンさんお手製のお薬の影響で、いつでもすぐに寝れる。
ランス様が何故か顔を赤らめ、私を抱き上げた。今日は横抱き?珍しい。
ほんの数歩でベッドにたどり着き、横たえられ、ランス様もベッドに入り、私に覆い被さった。
「エム……」
ランス様の美しい紅い髪はまだ乾いていなくて、キラキラと光る。その髪にそっと触れ、耳にかけると、ランス様は目を細め、私の瞳のすぐ側に顔を寄せ……
ドンドンドン!
突然ドアが叩かれた。私はビクっと震えると、ランス様が私を守るように抱きしめて、
「なんだ!」
「ランス!!!山火事が発生した!」
ダグラス様の声。
「なんてこと」
私がそう呟くと、ランス様は私の胸に顔を突っ伏していた。こんなに早く寝たいくらいお疲れなのにお気の毒だ。
ランス様の髪をそっと後ろにすくと、大きいため息とともに顔を上げられた。
私はいつものようにランス様の頰にキスをする。
「いってらっしゃいませ。お気をつけて」
「……行ってくる。はあ……今夜はもう……寝てていいから」
ランス様はそう言って、顔を傾け私の口に唇を合わせ、ガウンを羽織り、出ていった。
両手でそうっと口元を覆う。
ファーストキスだった。
私は、スタンさんの薬を飲んだのに、眠れなかった。