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23 lucky?

 ようやく私の肺炎一歩手前の風邪は完治し、スタンさんから日常の生活に戻ってよしと許可が下りた。


 大人数使用の食堂はいつのまにか改装され、こじんまりしたダイニングになり、せいぜい六人掛けの小さなテーブルが置かれていた。そこでランス様と私は食事を取る。時間が合えば、他の皆様もご一緒に。今朝はロニー様と三人だ。


 ニルスさんの優しいお粥をいただきながら尋ねる。

「ランス様、今日私、何かお手伝いすることありますか?」


 ランス様は朝からガッツリ肉を山盛り召し上がっている。

「いや、特にない」

「ロニー様は?」


 ロニー様は朝は軽めらしく、トーストとりんご。四人の中で一番スリムだもんね。

「そーだね、そろそろこの領地の帳簿の確認と収支の計算を覚えてもらおうかな。午前中、詰所に来てもらっていい?」

「はい、よろしくお願いします。ではそのあとは私、街に下りてまいりますね」

 久々に外の空気を吸って、何か、この地方のお菓子なんか探してみたい。


「……何をしに?」

 ランス様が不意に聞いてきた。


「お買い物です。ふふふ。まだ入っていないお店がたくさんありますもの」

「俺も、付き合おう」

「え?女の買い物など退屈だと思いますよ?」

「エムは持ち物が少なすぎる。俺が監督する」

「えええ?」

「ククッ、エムちゃん、いいから付き合ってもらいなよ。靴買ってもらっといで?可愛いやつ。ランス様力持ちだからいっぱい荷物持ってもらえるよ」



 ◇◇◇




 詰所はこの城と領地の事務室のようなもの。ロニー様の席の横に丸椅子を運びちょこんと座る。他のデスクワークが得意な兵士……事務員の皆様は居心地悪そうだけれども、資料をいちいち私室に運ぶとか面倒なので、まあ私のいる光景に慣れてください。


 前世ぶりのデスクワークは新鮮で、あれこれ間違ってしまったけれど面白かった。

「エムちゃんってこういう地味な作業に抵抗ないんだねえ」

 好きではないけど抵抗もない。だって絶対に必要な仕事だと納得してるもの。まず領地の現状を把握しなければ改善もできない。

 いずれ全体像が掴めたら、保存年月を決めて重要度ごとにファイリングしよう。前領主から引き継いだばかりだからしょうがないけれど、この部屋秩序がなさすぎる……


 キリのいいところで終わらせて明日もよろしくと皆様に挨拶し、詰所……事務室を出ると、ランス様が二階から降りて来られた。私とのお買い物の装いは白シャツにカーキ色のパンツに黒の上着。軍服を見慣れているので新鮮だ。


「行くか?」

「はい、あ、お財布を持ってきます。あ!」

 ……私の家宝のマジックバッグ、どこにあるの?確か、あの時肩に掛けたままリネン室で……。


「エム……俺と動くときは財布は必要ない」

「あの、でもお財布どこにやってしまったかと思って!あれは」

「焦るな!エムの財布は俺が預かってる。絶対に盗まれない場所に……あれは無限収納付きだろう?」

 私は目を見開いた。バレた。ああでも、ランス様に隠し事など必要ない。私たちは運命共同体だもの。


「父が持たせてくれました。あれは、バルトの家宝で、やがてキースに返すものなのです。あの」

「エム、俺はエムのアレを取り上げようなどと思っていない!見ろ!」

 ランス様は上着の内ポケットに手を入れた。するとポケットより大きな私のバッグが飛び出した。


「旧家には似たようなものが伝わっている」

 上着に細工がしてあるのか、ポケットの中に袋があるのか……さすが公爵家。私のマジックバッグの比ではない性能に間違いない。


「ありがとうございます」

 私はランス様からバッグを受け取り、斜めがけするとホッとした。今のところこのバッグこそが私の生命線なのだ。


 その様子を見てランス様が何やら思案していたことなど気がつかなかった。





 ◇◇◇





 リングに乗るのかと思ったら、エムがいつもしていたように行こうと言われ、並んで歩く。

 二人で歩くと、外で訓練している兵士達にギョッとした顔で見られる。


 ああそうだ。前回は少年の格好をしていたから目立たなかったけれど、簡素ではあってもベージュの女物のドレスを着てランス様と歩く女。私が悪名高き、憎っくき押し付けられ妻とバレてしまう。

 ここ数日、屋敷の中で優しい人々に守られていたから忘れていた。ブルっと震える。


「ランス様、やはり買い物は今度にいたします。今日は先程ロニー様に教えていただいたことをおさらいして過ごします」


 まだ、私は弱っているようだ。買い物はまた今度、そっと、一人で抜け出して行こう。

 ランス様がチラリと視線を下ろし、私を見る。

「体力的に無理か?」

「そうですそうです」

 私はランス様の言葉に乗っかった。


 ランス様が消えた?と思ったら後ろに回られ、縦に抱き上げられた。いつものクセでサッと手を首に回す。

「ら、らんすさま?」

「病み上がりだからな。これでいいだろ」

「ダメです!外です!下ろして?」


 ランス様が私の耳に口を寄せる。何故か小声で、

「最近エムの看病で身体が鈍ってる。エムを抱いて歩けば腕が鍛えられる。色々ちょうどいい」

「そ、そんな理由!」

 私もとりあえず小声で返す。

「……夫の体力向上も妻の務めだ」

「そうなのですか?」

 っていうか、ランス様これ以上体力向上を図るの⁉︎


 ランス様は私を抱えたままズンズンと坂道を下っていく。





「あの……強面のランスロット様と身を寄せ合って……」

「しがみついて……近い近い!政略の距離じゃないだろ?」

「奥様顔真っ赤……涙目……あ、ヤバイ、庇護欲が……」

「なんだ……めっちゃ仲良しじゃねえか……」






 遠巻きに多くの人に注目されているのがわかる。反目した相手にも領主の妻として毅然とした態度を取るつもりだった。でも、こんな子供抱っこ状態では!私は思わずランス様の首元に顔を埋める。

「どうした?」

「恥ずかしい……もうほっといてください……」


「着いたら起こしてやる。寝てていいぞ」

「寝ませんってば!」

「ああ、そういえばロニーがエムから飴をもらえと言っていた。今日の俺の声おかしいか?」

「いえ、特には。でもロニー様がそうおっしゃるのなら風邪の引き始めかも。私のがうつったのならいけないですね。とりあえず……はい」

 私はマジックバッグからミントキャンディを取り出して、両手の塞がったランス様の口に入れた。

「これは爽やかだな」





「戦鬼閣下が笑った……」

「あの体格差……」

「腰掴んでるな……ガッチリ!」

「どうみてもデロ甘じゃん……」





 あれこれ噂話されてるのがわかったけれど、もう恥ずかしくて、耳に入ってこなかった。




 ◇◇◇




 街に降りると身体をよじってようやく地面に下ろしてもらった。

「まずエムの服を買おう」

「え?いりません」

「……今着てる服とクローゼットにあと一枚ドレスがあるだけだろう。当然あの子供服は論外だ」

「二枚あれば回ります」

「……雨が続いたらどうする?」

 確かに。


「それに今履いている靴も旅でぼろぼろだ」

 ロニー様も靴と言ってた。随分傷んで見えるみたい。

「そういえば作業靴は買いました。ヒールのある靴はここではもう必要ないかと。あ!でも今後藪に入る時のためにブーツは一足……ひっ!」

「……いいから黙って買われておけ!」


 私は衆人注目の中、前回靴やアレコレを買った雑貨屋ではなく、ちょっとオシャレな婦人用品店に連れていかれた。女性の店主、マダムアリアさんは何故か怒っているランス様に言われるがまま私に合うサイズのものを見繕ってくる。顔が青い。


「ランス様、こんなに必要ありません!」

「言っておくがエムに拒否権はない。夫の管轄だ」

「貧相な私ではなく、英雄であるランス様こそ、もっと持ち物にお金をかければ……」

「おれの妻は貧相ではない!ケンカ売ってるのか⁉︎」

「えええ?」


「何このバカップル……」

「マダム、何か?」

「い、いえ、こほん。奥様があまり物を必要とされない方だとはわかりましたが……話を伺っていると奥様赤いドレスを持っていらっしゃらないのでは?」

「赤!原色なんてキャラじゃないわ!」

「キャラ?」

「こほん、失礼。赤は華やか過ぎて私には似合わないと思うの」

「この地方では、結婚したら、夫の色のものを纏う風習がございます。領主様の赤を一着も持っていないのは奥方として問題です」

 そうなの?私はマダムを見上げると、なぜかマダムはランス様と頷きあっていた。


「赤も色々ですわ。奥様に合う赤もございます」

 そういうとマダムは赤系に絞ってあれこれとドレスを小物も含め持ってきて、私に試着をさせる。サイズ直しのいらない既製品を二枚、ランス様が選び、それに合った靴、そしてナイトドレスや下着を数枚、ランス様はアッサリ購入した。着ていた服は片付けられ、くすんだピンクがかった赤のシンプルなドレスを着たまま、外に出るよう促される。

「ランス様……良いのですか?」

 私なんかが、あなたの赤を纏っても。


「……あまりグダグダ言ってると、エムのもの全て真っ赤に染めるぞ!」


 私が……周囲からバカにされぬよう気を配ってくれるランス様。本当に英雄だ。

 ……私がお役に立つ間は、赤を身につけて、お側でお仕えしよう。




「領主様、磨けば光りますわよ。領主様が心配になるほどに。採寸しましたので、今後は季節ごとに順々に仕立てればよろしいかと。ご要望があればどのような生地でも仕入れます。いつでも相談に乗りますわ」

「……頼む」



 私が忘れていたブーツを足に合わせている間、マダムとランス様はヒソヒソと情報交換?されていた。市井にも目を配られるランス様、きっと良い領主になる。


 良く生きれば良い〈死〉が迎えてくれる。

 ランス様の肩にいるだろうレッドを探して、そう思った。









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