19 lucky?
寒くて寒くてたまらなかった。
でも、気がつくと、とても熱い、発熱しているものに全身覆われていて……寝る前に電気毛布、強にしてたかしら?
硬いけど、柔らかくて、ブルリと震えると、たちどころに緩みなく覆われて……圧迫感で、何故か安心して……
再び意識の底に沈む。
ふわふわとそれを繰り返していると、ようやく頭がスッキリしてきて覚醒した。重いまぶたをあげると、真っ白な何かが目に入る。石鹸の香りが鼻先をくすぐる。
「エム?」
頭上で低いささやき声がした。見あげようとすると、グアンと頭に響くような痛みが走る!
「うっ……」
「どうした?どこが痛い?」
ああ、そうだ。この声、この腕の中は……ゆっくり用心しながら頭を上げて、仰ぎ見る。
戻られたのだ。
「ランス様……」
あれ?思っていた声が出ない。ランス様が私のために耳を寄せる。私はとりあえず、すぐそばの耳にキスをして、かすれた声で囁く。
「おかえりなさいませ」
するとランス様は肘をベッドにつき、私に覆い被さるようにして、私の額にキスを返した。
「ただいま」
目の前にランス様の精悍な顔がある。無精髭が生えて、ワイルドだ。でも少し頰がこけて、目の下にクマが出来ている。
「とても、お疲れに見えます。食事が取れなかったのですか?」
小声で尋ね、そっとやつれた頰に手を伸ばし、ランス様に触れる。親指でクマをたどる。
「でも、ご無事で戻られてよかった。他の皆様もご無事ですか?」
ランス様が私の手の上にご自分の手を乗せた。大きい。ひんやりして気持ちいい。
「……エム、目が覚めたのなら、薬を飲もう」
薬?……ようやく現状を掌握した。私はきっと……あのまま風邪で倒れ、その間に皆様お戻りになったということだ。
ランス様がベッドを出て、部屋の中央のテーブルからコップを持ってきた。ベッドに腰掛け、片手を私の背中に回し、抱き上げ引き寄せる。体を起こした途端咳が飛び出し、止まらずきつい。ランス様のシャツを握りしめてやりすごす。ランス様が回した手でさすってくれて、呼吸が落ち着くとランス様がコップを口元に運んだ。
私は大人しく両手でそれを受け取り、ゴクリと飲む。相変わらず渋くて苦い。相変わらず?そうか、何度も飲ませてもらったのね。
全て飲み干すと、ランス様がコップを取り上げ脇の棚の上に置いた。そっと寝かされそうになったので、
「ランス様、あの、お手洗いに……こほこほっ」
私がベッドからもぞもぞと足を下ろそうとすると、スッと腕を差し込まれ抱き上げられた。いつものようにランス様の首に腕を回す。私は見たこともない白いナイトドレスを着ていて驚いた。
「あの、ランス様、歩けますわ」
「ならん」
ギロリと睨まれた。
「丸二日も寝込んでいたんだぞ!」
トイレを済ませ、うがいをして冷たい水で顔を洗う。喉がスッキリした。鏡で見た自分の顔は確かに白かった。
扉を開けるとランス様が腕を組み、仁王立ちしており、再び私を抱き上げる。
ベッドに行きそうになったランス様を止める。
「あ、あの、ランス様、久しぶりですもの、少しお話ししたいです」
少しマシな声が出るようになった。
ランス様はベッドからうず高く積まれている布団を一枚剥ぎ、私を脚の間に入れてソファーに座ると布団で全体を覆った。
後ろに向かって話しかける。時折咳が邪魔をする。
「いつ戻られたのですか?」
「三日前の深夜」
「ということは随分と行程を短縮されたのですね。お疲れは取れましたか?」
「……取れるわけないだろう。戻ってきてみればエムが病気では……」
背中からランス様の声が響く。回された腕がぎゅっと締まる。
随分と迷惑をおかけしてしまったようだ。
「ゴホゴホッ、ご面倒ばかり、おかけして、申し訳ありません」
私が立ち上がって頭を下げようと足を床に下ろそうとすれば、逆に深く横抱きにされた。馬上のときと同じ。
「……もういい、これからは目を離さない」
「でも、ランス様はお忙しく……」
「な、ならば側で手伝え!エムは妻だろう⁉︎」
「はい。頑張ります!」
私でお役に立てることがあるのなら、何でもしよう。例えば……洗濯?そういえば……
「よく私がリネン室にいること、わかりましたね」
「……もうあそこで寝るな。エムが寝る場所はここだけだ。命令だ。いいな」
改めてここ、領主の間を眺める。美しくはあるが、寒く、だだっ広い印象だったのに、ランス様がいるだけで熱く、そして狭くなった。
「でも、私がいてはお邪魔では?他人がいては気が休まらないでしょう」
「っ!この二日で慣れた。それ以前に旅でもずっと一緒だっただろう?」
「抱き枕のようなものでしょうか?でもいいのかしら……」
「エムの私物もトランクから出して、ここのクローゼットに片付けた。ここがエムの部屋だからな!……あ、荷を解いたのは俺だ。安心しろ」
領主で、公爵令息であるランス様がそんなことをしてくださるなんてビックリだ。
「そういえば、食べ物も入っていたな。あのお茶が好きなのか?今淹れるか?」
紙袋に入れた食料品を思い出す。何者かに、封を開けられたことも。悪寒が走る。
「どうした?」
「あの……紙袋ごと、捨ててください」
「……わかった」
不意にランス様の腕の中で、ひっくり返され、正面から抱きしめられた。
「……元気になったら、二人で買い物に行こう。……二人で好みのお茶を選ぼうか?」
そうだ。もうランス様がいらっしゃる。怯えなくてもいいのだ。私はランス様の胸から顔を上げた。
ランス様は不安げな表情で……何故だろう?
「こんこんっ、ランス様、私のおすすめのお店、一緒に行ってくださいますか?」
「……ああ」
「ふふふ、楽しみです。とても美味しいのです」
「……エムはやはり食い気だな」
ランス様は再び私の頭を自分の胸に倒し、そっと頭を撫でた。私は安心して……力が抜けて……まぶたが重くなる……。
「……エメリーン、これからは必ずあなたを守る。不自由させない!だから……出て行くな。〈死〉が二人を分かつまで……」
◇◇◇
『ねえねえ、エメリーン?』
鈴がなるような声で問いかけられ答えようとそちらを向くと、相手が前世絵本で見た、背中から生えた羽をパタパタさせてプカプカ浮かぶ、神秘的で可愛らしい手のひらサイズの妖精だったとき、人はどう振る舞うべきなんだろう?
『今回ほんとに死ぬとこだったんだよ?風邪こじらせて死ぬとか鈍臭すぎて笑えない。私まで存在消されるとこだったし』
「…………」
私は黒髪に金の目の女性っぽい妖精?にデコピンされた。
「痛っ!」
『ねえ、聞こえてるんでしょ?』
「……はい、バッチリと」
『私が何かわかる?』
これはまさかの……ひょっとして……
「……守護精霊?」
『正解。やっぱり転生者はちょっとズレてるね。私が見えるんじゃないかって思ったんだよなー』
「私の、〈運〉の精霊?」
『〈運〉ってのは勝手にそう表されただけで、そんな名前じゃない』
「〈運〉じゃないの?」
『私の気質にヒトの言葉で一番近いってとこよ。転生者なんだからわかってるんでしょ?本当は?』
「すいません、私もつい最近転生者だって気がついたばっかりで」
『あー、だから何回話しかけても無視されたんだ。そうかと思ったら突然こないだエメリーンから話しかけられてビックリしたよ』
私は不意にあたりを見渡す。真っ白で何もない。
「ここは?」
『ん?エメリーン……長い、私もエムでいいわね。ここはエムの夢の中』
うん、夢よね。間違いない。