17 Douglas ③
城の母屋、そして使用人と兵士用の離れで寝起きする全ての人間を叩き起こし、玄関ホールに集めた。話をすり合わせられないように、一人ずつ距離を置き見張り付きで。
見張りは全員討伐帰りの兵士で……ようやくゆっくり眠れると思ったらこんなことに担ぎ出されて、ピリピリしている。俺たちが外で討伐してた間に、おのれら何しでかしてくれてんだ!と。
それよりも激怒しているのが、留守を預かっていたロニー。
そして、一見落ち着いて見えるランスは……暴発しそうな魔力をギリギリで押さえつけているだけだ。
俺がランスの代わりに尋問する。
「サラメイド長。エメリーン様がこの数日どうお過ごしだったか教えてくれ」
「お静かに、お部屋でお過ごしだったのでは?」
「どの部屋で?」
「……領主様のお部屋で」
「おかしいね、あそこでは誰も寛いだ形跡ないよ?どういうこと?」
「さあ、あのお方のお考えなどわかりません」
「ねえ、朝はちゃんと起こしに行ってたんだよね。紅茶持って。そして食事はきちんとダイニングに準備してたんだよね?奥様は、何がお好きだったのか教えてよ?」
「あの方は、私どもに何一つお願いされませんでしたので、わかりかねますわ」
随分と前の領主はこのメイド長を甘やかしたようだ。俺達みたいな若造、口先だけで手玉に取れるとでも思ってんのか?大して考えず、そのまま雇い入れたが……大失敗だった。
ロニーが堪らず声を荒げる。
「女主人にいちいち命令されないと動けないの?一流であれば命令される前に、ドンドン察して動くもんだろう?なんなんだお前は!クレア!!!」
「は、はい」
「俺はお前を見込んで我々の敬愛する奥様のお世話を頼んだ。お前は奥様に何をして差し上げた?」
「…………」
「何も……して差し上げて、ないんだな」
「だって!あんな女!私たちの英雄にふさわしくないもの!何でランスロット様があんなみすぼらしい王家のお下がりと結婚しないといけないのですか?どんな権力を使ったのか知らないけれど、図々しい!とっとと尻尾巻いて王都に戻ればいいのよ!!!」
あまりの歯に衣着せぬいいように、絶句する。しかし、大きい小さいはあれどクレアの発言は皆の思いなのだろう。
「何てことだ……」
ロニーが頭を抱えた。
俺たちが、いや俺がきちんとエメリーンを認め、敬っていることを示さなかったばかりに、ランスの可愛いお姫様はぞんざいな扱いを受け、使用人どもはエムちゃんを足蹴にしても罰せられないとタカをくくった。俺のミスだ。英雄の妻だ、当然丁重に扱ってくれるだろうという思い込み。俺が甘かった。
いや、だとしても、大人として、主人を決めた人間として許されない。俺は出来るだけ冷静に淡々と言い聞かせる。
「お前らは大いに誤解しているようだから、言っておく。エメリーン様はこの屋敷の女主人だ。その女主人に対する態度、自分の立場を何と思っている?エメリーン様は雇い主、お前らは使用人。何を勘違いしている?命令が聞けないならばなぜとっとと辞めない?我々は軍ではない。別に気に入らないのにここにいてもらう必要などないんだが?」
「あんな女をダグラス様は女主人と認められているのですか!」
「……もちろん。エメリーン様のためなら命をかけるが?」
「ダグラス様までたぶらかしたの⁉︎」
何言ってんだこいつは。こんな小娘に俺も舐められたもんだ。冷静なんてクソくらえ。俺も殺気を全開に上げる!
「そーか。んじゃ俺たちのいない間、おれの敬愛する……可愛い可愛い妹と思っているエムちゃんがどう過ごしていたのか、お前らがどんな態度を取っていたのか、一人一人教えてもらおうか?自分の身が可愛かったら嘘はつかないこと。ウソなんてすぐバレるからね」
俺たちとランスの無言の威圧で、兵士たちから初日、食堂に来たエメリーンを追い払ったと申告があった。
そして、門番だった兵士は、
「まさか……あれは奥様だったのでしょうか?毎日ロニー様の通行証を見せて、小さな紫の瞳の少年が街におりていきました。お使いかい?と聞くとニコニコ笑って……」
少年の格好して街に下りていたのか。
「今日は戻ったのか?」
「はい、日が暮れる直前に帰ってきました。あまり元気がなくて、足取りもおぼつかず顔色が悪い気がしました。でも、もう暗かったので見間違いかもしれません」
「城に帰ってはいるのか……」
メイドたちにエメリーンに一度でも食事の配膳したのか?洗濯したのか?朝のお茶と寝る前の酒を持って行ったのか聞く。メイド長にエメリーンに構ってはならないと命令されたと皆泣きじゃくる。
「お前らの雇用主は誰だよ……」
呆れてものも言えない。
「奥様、裏手の洗濯場で、ご自分で洗濯されて、でも私、怒られるのが怖くて、見て見ぬふりをして……ううう」
「奥様、厨房で泣きながら料理されてて、それを見て、メイド長イヤミを言って……私、どうしていいか……」
もう、倒れそうだ。
「次、厨房担当!」
「あ、あの、奥様とは、ひょっとして、黒髪に紫の瞳の、ちっこい……じゃない!かわいい女の子、でしょうか?」
太めの中年の女がオロオロと問いかける。
「間違いない」
女がぶっ倒れた。それを隣にいた同じ年頃の痩せた男が抱きとめた。
「私は厨房担当のニルスです。三日前、厨房に可愛い少女がやってきて自分のことを今日ここに来たエムだと紹介し、何か食べ物を分けてくれと。私も……こいつは妻なんですが、妻も新しい使用人が食事を食いっぱぐれたのだと思い、まかないを用意してやって。で、話の流れで朝食も準備してやりました。エム……奥様は昨日はお礼だと俺たちにとても斬新で美味しいシチューを作ってくれて……」
「エムの手料理……」
ランスが顔をあげる。
「とても、優しい人柄そのものの味でした。そのちっちゃなエムが、今夜は現れなかったので、私たちはとても嫌な予感がして、心配で……昨日、目に力がなく疲れて見えましたし……仕事きついのかなって……」
エムちゃん、自分でメシを調達してたのか……
「サラって言ったか?お前、何の権限あってうちの大事な大事なお姫様いじめちゃってるわけ?エムちゃんお前になんかした?してねえよな。来たばっかだもん」
「奥様が自立心旺盛だっただけでございましょう?初めて会ったばかりですもの。奥様のお気持ち全て先回りして動くことなどできませんわ」
「食事の用意をするくらい、最低限だろうが?」
「言ってくださればもちろんしましたとも」
クソが。全員クビだ。
「……で、俺のエムはどこにいる?」
今まで黙って聞いていたランスが、底冷えのする声で、真っ直ぐサラに聞く。
女主人の安眠と健康の保全、それは間違いなくメイド長の管轄。
「俺のエメリーンはどこにいるんだと聞いているんだ!!!」
「ひっ!!!」
メイド長は尻餅をつき……目を見開いて震えだした。バカだな遅いんだよ。この世界で最恐の男を敵に回したとようやく気がついたか。
「厨房が好きだったのか?では厨房にいるのか?」
ランスはニルスに視線を移す。
「いえ、いえ、おりません。厨房には隠れるところなどありません」
「屋敷中探せ!見当たらなければ街に下りろ!」
◇◇◇
「ランスロット様、その前に一つ、お聞きしたいことが」
唐突に物腰の柔らかな、しかし人に否と言わせない、恐怖心を刷り込まれた声がした。
「スタンじい……あんた何でここに……」
「旦那様の命令で、皆様よりも一足お先に執事長として送り込まれました。今回の婚姻、旦那様も思うところがおありのようで。ああ、前任者には円満に次の職場を斡旋して退いていただきましたのでご心配なく」
アラバスター公爵家の執事長スタン。公爵閣下の戦場での盾。俺の親父をガキのように扱い、ランスとオレを厳しく躾けた恐ろしい武の男。
「し、執事長?あなた、ボケ老人ではなかったの?」
サラが喚く。
「ほっほ、ボケ老人と思わせている方が、皆口が軽くなりますのでな。えっと何でしたかな?あなたは『この家の女主人はエレーナお嬢様が継ぐはずだったのに!閣下が婿に入って!それをあなたのようなずるい人が無理矢理横から!!!』とも、『貧乏貴族のお前にはカリーノ領の夫人は務まらない』ともおっしゃってましたねえ」
「まさか……」
直接そんな暴言浴びせてんのか?
「ああ、奥様が言いたいことも我慢して、『この家のルールを教えてください』と頭を下げたのに、あなたもクレア嬢も奥様を睨みつけ、『勝手にしろ』といい出ていった」
ランスからどす黒い殺気が吹き出す。
「……スタン、それを聞いておいてなぜ放置した」
「ですから、まだお聞きしておりませんでしたので」
「……何を?」
「ランスロット様は真実、この婚姻を望んでいらっしゃるのか?それ次第で私の対処も違いますので」
「……俺がエメリーンを望み、王に英雄としての褒賞はエメリーン以外いらないと言いはり、渋る王家から強引に奪いとった。エメリーンは……俺が生涯唯一手を伸ばしたもの、俺の命だ」
一同……息を飲む。
「カリーノ伯爵から婿に入れなど言われたこともない。この厳しい土地からようやく卒業だと晴れ晴れとされていた。娘は憧れの王都の子爵家に嫁ぐと聞いた」
……スタンの証言があれば、裁くのに十分だ。
「皆、続きは明日だ。一旦部屋に戻れ。舐めた真似してくれた女には見張りをつけろ。勝手なことができんように」
去り際にクレアが往生際悪く喚く。
「お待ちください!私は、私はランスロット様を思って!みんなが言えないでウジウジしてるから代弁しただけ。それに私がその人に構わなくても、誰かが世話をするって……」
「消えろ!」
ロニーが呻いた。
「結婚式もしていない!神に誓ってもいない女を!大事にしてるわけないじゃないですかーー!」
同僚がクレアの口を押さえ、引き摺って出ていった。
人が減り、ピリピリとした空気だけが残った。
「ランスロット様、ご結婚おめでとうございます」
「スタン……殺すぞ?」
ランスが地獄の使者のような声で言い放つがスタンは全く動じない。
「エメリーン様、私は大好きです。誰に対しても穏やかに丁寧に接し、年寄りにきちんと挨拶できる、芯の通った可愛らしい女性ですな。ランスロット様に見る目があるとわかってじいは安心しました。さあ、私にエメリーン様のアテがございます。参りましょう」