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16 Douglas ②

 深夜、松明を持った先頭の馬を皮切りに続々と城塞を抜け俺たち討伐隊は帰還した。ランスと俺ダグラスと数名はそのまま狭い坂道を駆け上がり、真っ直ぐに城に戻る。


 ランスは城の塀を抜けると馬を飛び降り、マントを翻しながら大股で玄関に向かう。

「待て待て待て待て!ランス!急くな!エムちゃん絶対寝てる!お前が早くエムちゃんに会いたくて討伐終わらせたってのはわかってるが、女の子は美容のために睡眠が不可欠だ!」

「……そうなのか?」

「それに俺たちかなり臭う!体清めてから会ったほうがいい」


 俺もナンシーを出迎えた兵士に預け、せかせかと歩く。


 玄関の扉が開き、ロニーが出てきた。

「領主様、お帰りなさいませ。討伐の方は?」

「無事終わった。子細は明日話す。とりあえず寝る」


「領主様はさー!早くエムちゃんと会いたい一心で仕事終わらせたわけだ。初夜も済ませず討伐だったからな!」

 俺が揶揄うとランスがギロリと睨む。だが俺は平気だ。ランスの鬼のような攻勢に付き合わされた俺の身にもなってほしい。俺にはここに戻っても癒してくれる女などいないのだ。羨ましい。

「……エメリーンは?」


「え?さすがに部屋でおやすみでは?」

 ロニーの答えを聞き、ランスは階段を一段飛び越えながら駆け上がる。

 ロニーと目を合わせて苦笑しあった。

「ダグラスお疲れ様でした」

「お前もな」


 ロニーに討伐のさわりの部分を話していると、ドタドタと階段を降りてくる音、何事かと振り返ると、ランスが表情を消し、歯をくいしばってロニーに詰め寄った。


「エムはどこだ」

 静かな声。だが怒りが爆発寸前なのがわかる。エムちゃんまさか領主の間で寝てないのか?なんてこった。ランスは討伐後で気が立っている。エムちゃんの顔見ることだけを励みに急いで始末してきたというのに。期待を裏切られた。


「す、すいません、どの部屋を使われているのか、聞いておりません」

「……探せ」

「ですが、奥様がお休みになってる部屋を我々が開けるのは……」

「おいランス、お前、そのイライラ抑えろ!エムちゃん怯えさせるぞ!」

「探せと言ってる」


 そう言うと、ランスは再び二階に駆け上がった。片っ端扉を開けていく音がする。俺とロニーも慌てて一階の客間を見てまわる。

 どの部屋も、冷え切って、ベッドには寝具はなく、ホコリを被り、人のいた気配はない。見つかった声がしない。二階に駆け上がると既にランスによって開け放たれている部屋も同様だった。


 討伐を終え、高揚していた気分が一気に氷点下に下がる。

「ロニー、どういうことだ」

 俺の問いにロニーは答えられない。

「そんな……一体どこに……」


 唯一寝られる状態なのは領主の間の、ランスのサイズに合わせた新品のキングサイズのベッドだけ。


 この部屋も冷え切っている。


 ランスがクローゼットをバタバタと開ける。何も生活感のあるもの……エメリーンのものは出てこない。女とはドレスや化粧品など荷物が多いものではないのか?いや、エムちゃんの荷物は小さなトランク一個だけだ……あった!


「ランス!ソファーの後ろ!トランクだ!」

 このトランクがあるということは、エメリーンは自らここを出ていったわけではない。

 ランスが急いでトランクを持ち上げ、無遠慮に開ける。

 中には、俺たちとの旅の間見たことのある、シンプルなベージュのドレスと茶色のドレス。そして、庶民の使う茶器が1組。糊付けのしてある紙袋にはあまりうまくない携行食とお茶の葉と……キャンディー。


「何、どうかした?」

 騒ぎを聞きつけて共に戻ったワイアットもやってきた。エメリーンがいない、気配もないことを伝えると眉をひそめる。

「最後にいつ会ったんだ?」

 当たり前の質問をロニーにする。


「今朝、詰所で。毎朝挨拶に来てくださるのだ。そして自分に出来ることはないか聞いて、ないと答えると……ああ、街の地理を早く覚えたいから城下に行くとおっしゃって」

「それっきり?同じ建物にいて朝会っただけなのか?」

「私は詰所でいくらでも仕事があった!ずっとあそこに篭りっきりだ!奥様のことは初日にクレアに世話するように頼んだ。女同士の方がいいだろうと!メイド長と執事長にも頼んだ!」


「ランス様、ちょっと洗面をお借りします」

 ランスがワイアットを眺め小さく頷く。手でも洗いたいのか部屋の隅のそれらしきドアに向かう。


「……下で……誘拐……されたのだろうか」

 ロニーが真っ青になって呟く。

「昼間誘拐されて、今まで気づかない?どれだけこの城は間抜けなんだ?領主の奥方の寝る支度も挨拶もしてないってことだろ?」


「ら、ランス様!」

 ワイアットが上ずった声を上げた。

「いたか!」

 ランスが怒鳴る。

「いえ……」

 皆で洗面?を覗き込む。


 そこは、バスルームだった。

 俺たちが旅の間見なれた、エムちゃんの子供服が干してあった。不器用に、見るからに自己流で。


「ご自分で、洗濯されたのでしょうね。奥様は我慢強く……規格外ですから」

 ワイアットがボソリと呟いた。


 領主の……ランスの、戦鬼の妻に、自ら洗濯させただと?旅先でもなく、一番快適なはずの自分の屋敷で?

 アウトだ。


「兵士、使用人、全員、叩き起こせ」


 ランスの声はこれまで聞いたどの声よりも冷たかった。








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― 新着の感想 ―
[一言] ダグラスさん視点が好きで、そこばっかりついつい何回も読み直しちゃいます。 一人称が三人称に変わって、エメリーンの魅力が他者目線で語られるのが嬉しいんだと思います。
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