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15 unlucky?

 お妃教育の賜物で、本日も早起きする。リネン室を元の状態に戻して、バスタオルや石鹸をもらってランス様の部屋に戻る。


 今ひとつの体調なのは、風邪が治っていないのか?昨日生まれて初めて魔法を使ったからなのか?

 どっちだろうと思いつつ、昨日できなかった洗濯に向かう。洗濯場はまだ薄暗く、人気がなくてホッとした。前回は惨めな気持ちになったから。


 朝食を摂り、ロニー様のもとに伺い、何の用事もないことを確認すると、弓やら荷物を持って、今日も街に降り、城塞を出て、昨日の森に向かう。城塞の門番は昨日と同じ男性で、また昨日と同じ約束をさせられた。面倒見のいい人だ。


 しばらく歩いて森に着き、周囲を見渡し早速空気銃を大樹に向かって放つ。しかし発動しない。今日は魔力体力共に基準値に満たないようだ。ガッカリした。


 諦めて、先日買った本を片手に植物採集に取り掛かる。ブラウンさんに教えてもらった魚料理にぴったりのハーブと、ニルスさんが使っていた、シチューに入れた臭み消しハーブ。そして薬屋のおばあさんの使っていた薬草を、昨夜ニルスさんに聞いたことを思い出しながらありそうな場所を見当つけて探す。

 見つけたら、本をもう一度確認し、使える部分だけ摘む。極力根元は残す。


 親指ほどのキノコもたくさん生えている。確認すると食べられるようなので、数本取ってみる。前世、キノコはヘルシーで好きだった。


 植物採集は得意だ。前世標本作りは仕事の一部だったから。


 ほどほど収穫すると日が高く昇り、気温も上がった。私は戦利品を袋に入れて、川を探す。ブラウンさんの地図通りの場所に小川が流れていた。

 キョロキョロと改めて周りを見渡す。人気はない。私はバスタオルを取り出し、身震いしながら服を脱いだ。もう限界だ。

 ゴシゴシと身体を洗いたかった。最後に宿に泊まって以来、身体を拭くだけだった。ランス様のバスルームの使い方は今ひとつわからず、誰かが勝手に入ってくると思うと、使うことなんて無理だった。


 物音を立てず服を脱ぎ、裸になって、足先をそっと水につける。

「冷たいっ!!!」

 上流の雪解け水なのか、川の水は思った以上に冷たかった。一瞬躊躇するが、頭をブルブルと振る。


「もう耐えられないんだもの!寒稽古よ!サッと洗ってサッと出る!!!」


 勢いよく飛び込む!腰の高さまでの水。流れは緩やかだ。前世、学生だったときのプール開きの入れたての水よりも冷たい!

「お日様の光で温度が上がるってことありませんものね」

 川だから。

 歯をガチガチと鳴らしながら、リネン室から持ってきたタオルに石鹸をつけゴシゴシ身体を洗う。頭にも直接石鹸を塗りつけ長い髪をわしゃわしゃ洗う。そして、勢いをつけてしゃがみこみ頭の先まで水に浸かってから、ダッシュで飛び出した。広げていたバスタオルに急いで包まる。ブルブル震えながら身体と髪を拭く。


 ガサリと音がした。慌てて藪に身を潜める。しばらくじっとして、音のしたほうを注目していると、ガサガサと草むらからトカゲが這い出てきた。

「はあ……」


 肩の力が抜ける。クシュンとクシャミが出て、慌てて服を着る。

「こんなところ見られたら、貴族生命絶たれるわね」


 いや、既に絶たれていた。絶たれているからこそ、川で水浴びする羽目になっているのだ。


「さっぱりした……」


 でも、理由なく、憎しみのこもった視線を浴びせられるくらいならば、いっそ貴族でなどない方がマシかもしれない。

 この数日で、一人で店で買い物し、食堂に入れることがわかった。狩りで獲物を仕留め、捌いて肉屋に卸せることもわかった。川に飛び込んで水浴びできることもわかった。


 今まで浸かっていた川の水を手で掬い、飲む。川の水も私は飲める。

 前世の記憶が戻ったおかげで、貴族のプライドなど跡形もなく消えてしまった。


 一人で生きていけるかもしれない。


 フラフラと荷物を置いていた木の根元まで戻り、そっと寄りかかって座り、眼を閉じる。

「疲れたわ……」


 ランス様はとても部下に慕われている。こんなに部下や、厨房以外の城の人間に嫌われている私を手元に置いておくかしら?

 置くしかないのだ。ランス様は私の〈運〉にすがっていらっしゃるから。


「……お気の毒 ……ランス様」


 せめて、目に触れないように過ごそうか。婚姻は結んだのだし、実際こうして離れて過ごす時間が多いのだから、私は城下に部屋を借りて住もうかしら。必要な時だけ城に赴くことにして……

「今世にはアパートみたいなもの、あるかしら」

 貴族の箱入りの、何もできない令嬢だけれど、あの冷たい屋敷にぽつんといるくらいならば、不便であっても、部屋にバストイレなくとも、アパート住まいの方がマシだ。

「保証人はロニー様が適任かな……」


 前世の千春は地味だったけれど、『良く』生きた。

 今世のエメリーンも地味であっても『良く』生きたい。理不尽なことを我慢する必要などない。どうせ評判など地に落ちている。


「ランス様のお役には立ちたいけれど……」


 現状ランス様は私の夫に間違いない。よく相談しなければ……不愉快にならない距離感を。

 いつか、ランス様が〈祝福〉から解き放たれたとき、どうやってカリーノ伯爵令嬢?をお迎えするか……




 前世の記憶が戻った自分は、結構逞しいと思っていた。前世ではもっと陰湿なイジメにも耐えてきた。

 でも、風邪で体調がイマイチだからか、今は立ち向かう気持ちになれない。いくら記憶があろうが過去は過去であって、現世の私の神経は、貴族の甘っちょろい娘そのものの脆弱なものであるようだ。


 我慢はできる。でも傷つかないわけじゃない。


 ああ……弱気になってる。ロニー様やタルサさんやニルスさん……優しい人々もいるっていうのに、こんなんじゃダメだ。


 これからどう対処していけばいいだろう?


 ツラツラととりとめのないことが頭に浮かんでは消えていく……





 ◇◇◇




 気がつけば、日が西に傾いていた。ウトウトと寝てしまったようだ。昼には街に戻り食堂で昼食を取るつもりだったけれど、お腹もあまり空いていない。髪を結い帽子の中に全て入れ込んでトボトボと家路につく。


 午前中収穫したあれこれを薬屋やブラウンズに持って行こうと思っていたのだが、足が重い。頭も重い。明日でいい。


 隠し通路から屋敷に戻ると、掃除の形跡もないのに唯一の荷物であるトランクの位置がズレていた。中を開けると、食料を入れた紙袋の封がズレている。気持ちが悪い。頭が痛い。弓やマジックバッグなどの荷物を何一つ下ろすことなく部屋を出る。


 廊下では夕食時だったのか、美味しそうな匂いと賑やかな話し声が響いている。それから意識を引き剥がし、リネン室に飛び込む。木箱を引きずりドアを潰す。


 布団に潜り込む。寒い。ニルスさん達に、夕食いらないと言わなくては……と思ったのを最後に、私の意識は途絶えた。







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