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14 unlucky?

 弓と矢筒を背負い、城塞の門まで来る。ギロリと門番に睨まれたが、強面のおじさんに精一杯平気なふりをして、ロニー様の手紙を見せる。


 途端に門番は態度を軟化させ、心配そうに眉を顰めた。

「坊主、一人で出るのか?お使いか?」

 私は黙って頷いた。

「うーん、俺は今日、日没まで当番だ。それまで絶対戻ってくること。約束できるか?」

 もとよりそのつもりだ。

「はい!」

「うーんー……気をつけろよ」

 彼は渋々道を開けてくれた。


 私は北西に向かって早歩きし森に分け入り、30分ほどでマスターに教えてもらったポイントにたどり着いた。


「よっこらせ」

 私は弓矢や、こざこざとした荷物を木の根元に下ろし、私自身も物音を立てないように気配を断つ。気配を断つのもお妃教育で習った。暗殺者に1分でも長く気づかれないように。

 ……こう考えると、少しはお妃教育、役に立っているものもある。


 15分ほど、息を潜めていると、茶色い何かが視界をよぎった。目を凝らす。草むらに長い耳発見。


 ごめんね。私は右手を突き出し、拳銃の形にした。


「バン!」

 小さく唱える。ガサリ、と草むらに獲物が倒れた。


「やっぱり、使えた……」


 私の、おそらく私だけの魔法は〈空気銃〉。人差し指で狙いを定め、「バン!」と唱えれば、発動する。百発百中だ。私の魔力が尽きるまで。


 しかし、当たることは当たるのだが……威力が〈運〉任せなのだ。岩をも砕くパワーで撃ち抜いたかと思えば、風がそよりと吹いただけのような、情け無い威力のこともある。


 私は立ち上がって、ウサギを見にいった。絶命し、倒れている。胸に穴が貫通している。体が潰れていないので……10のうち、8の威力だった、というところだろうか。

 当然弾は残らず、傷痕は弓で射抜かれたように見える。つまり弓を持つのはカムフラージュ。この魔法、コミックでは私しか使えなかったから、人は弓で狩ったと疑わないはず。二巻までの知識だけれど。


 この魔法は私の〈運〉の守護精霊のおかげだろうか?この〈祝福〉のせいで振り回されっぱなしだけれど、身を守る大きな技であることは変わりない。

「私の守護精霊、ありがとう」

 とりあえず太陽に向かってそう言った。



「ごめんね、キチンと綺麗にいただくわね」


 私は腰元からナイフを引き抜き……ウサギを捌く。新品だけに恐いほど良く切れる。


 前世、うちの大学の理学部生物学科の最難関授業は、豚の屠殺場の見学と、ニワトリの解剖だった。教授の方針だった。生物の教師になるためには、解剖の知識と、殺す感触、その時の感情を心に刻み込み、生き物の命への感謝と自分達のために日々辛い仕事を引き受けてくれている人への感謝を忘れず、それを生徒に必ず伝えよと。


 今世では当然初めてだけど、まあ、上手く出来たのではないだろうか。私は先程買った袋に肉を入れ、毛皮はもうしばらく木に吊るした。もう少し時間はある。


 私は100メートルほど先の大樹の幹を狙い、試し打ちする。

(バン!)

 声を出さなくても、プッと空気砲は飛んだ。よかった。毎度毎度バンバン言うのは恥ずかしい。三発撃つと、幹に穴が開いた。威力は数値にすれば2、1、8くらいだったと思う。やはり定まらない。

 計四発で、身体がだるくなった。想定外に早い。スタミナをつけたら魔力も上がるだろうか。


 私は重くなった身体を引きずって、帰り仕度を始めた。明日は薬草を探してみよう。




 ◇◇◇




 無事城塞を抜け、城までの上り坂は想像以上にきつかった。

 城に着くと、すぐ厨房に行った。タルサとニルス夫妻は夕食に向けて忙しく働いている。


「おや?エム、今日は早いね。お腹空いたのかい?」

「あの、これ、いつもの御礼です。お二人で召し上がって下さい」

 私は作業台に、保存袋からウサギの肉を取り出して置いた。

「エム……どうしたの?これ?」

「狩ってきました」

 ニルスさんが目を丸くした。

「……やるなあ」


「こんな状態のいい肉……下の肉屋で売ったらいい値段ついただろうに」

 タルサが苦笑した。そうなのか?いいことを聞いた。

「いつも私のために美味しいご飯、ありがとうございます!の気持ちなんです」

「そうかい……」

 タルサさんの目尻が下がる。


「おい、エム」

 ニルスさんが顔を上げた。

「はい」

「本当に俺たちにお礼をしたいって言うならば……これでお前の国の料理を作って俺たちに振る舞ってくれよ。まかないって事で」

「えーー……」


 前世の記憶をたどる。ウサギは鶏肉みたいな味のはず。私が作れる簡単な鶏肉料理……。

「小麦粉とバターと牛乳と玉ねぎ、ありますか?」

 ニルスさんが片眉を上げて持ってきてくれた。

「作ってみます。美味しくなくても、がっかりしないでくださいね!」


 私は小麦粉、牛乳、バターでホワイトソースを作る。焦がさないように弱火でじっくり混ぜながら。固形ブイヨンという便利なものがないのが辛いけれど、玉ねぎと、ウサギ肉の素材の美味しさでカバーするしかない。

 もったりしたので味見をすると、バターが上質だったのか、コクのあるなかなか濃厚な味になっていた。私はいそいそとウサギ肉を包丁で一口大に切り、玉ねぎをくし切りにしていく。冷やしてないので涙が出てきた。

 私が涙を拭っていると、

「ひっ!」


 食堂と繋がるドアが開き、メイド長ともう一人のメイドが立っていた。悲鳴は彼女のものらしい。


 メイド長はチッと舌打ちし、

「厨房に入り浸るなど……嘆かわしい!」


 そう言い捨てて、バタンと音をたててドアを閉めた。


「はあ……もう嫌になるね」


 タルサさんがぼそりとこぼした。全くだ。私は再び玉ねぎを切る作業に戻り、小さな鍋でそれらを炒め、ホワイトソースと牛乳、水で自分好みのトロミにしたあと塩と胡椒で味を調えた。


 ニルスさんの食堂の給仕も終わったようだ。私が三つのボウルにつぎ分けていたら、タルサさんがパンをこんがり焼いて、ボウルの端に置いた。


 ニルスさんがその皿を眺め、グリーンのハーブを上から散らした。

「素敵です。お料理に彩りって大事なのですね!」

「そのハーブはウサギの臭みをごまかすんだよ。で、出来上がりでいいのか?」

「はい!ウサギのシチューの完成です!召し上がれ!」


 正直なところ、プロに食べさせる料理じゃないんだけれど……どうだろう。私も一口食べてみる。味見は何度もしたから、まあ自分好み。いよいよ勇気を出してウサギを口に入れる。思ったよりも脂がある。鳥のモモみたい。美味しいけど、量は食べられないかも……。


 そう思って顔をあげると、二人とも、無言で食べている。

「あの……いかがでしょうか?」

「バカだねえ、おいしいに決まってるじゃないか!まさか牛乳で煮るとはねえ……」

 タルサさんが、ふざけて私を小突く。

「ほっこりする味だ。ああ、私ら人の作ってくれた家庭料理なんて……なん年ぶりだろうねえ?」

「……初めてだ」


 なるほど。プロだからこそ、人に料理してもらったことなどなくて、有難がってくれているってわけだ。正当な評価とはいかないけれど、喜んでくれたのだから、よかった。


「エムの国は汁ごと食べる料理が多いんだねえ」

 いや、前世ものぐさだったから、一品料理が楽だっただけです、はい。


「これ……ここのメニューにしてもいいか?」

「無理です!所詮は家庭料理、まかないレベルだもの。それにこれは三人だけのレシピです!」

「そうか」

「それに、ニルスさんが食べたい時は、私がすぐに作りますから!」

 お二人もたまには休まなければ。

「そうか……エム……ありがとな」

 ニルスさんが、ちょっぴり笑ってくれた。




 ◇◇◇




 予定になく今世初めての料理などしてしまい、疲れた私は、洗濯やあれこれを明日に回し、リネン室に向かった。バスタオルを畳んで枕にしてみる。これで昨日よりも快適に眠れるだろう。

 今日も何とかなった。明日もまだ、頑張れる。


「ランス様、おやすみなさいませ」


 目を閉じると、すぐに睡魔が襲った。










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