13 unlucky?
まだ明るいうちに、上り坂の家路につく。
坂道ゆえに行きの倍時間がかかった。この地に根を下ろすのであれば、体力をつけないと。
荷物も地味に重かった。ちなみに私のマジックバッグは金目のものしか入れない、というのが我がバルト家の掟。買い物するたびホイホイ使っていたら、いつか見破られて、盗まれて、殺される恐れがあるから。
ぜえぜえと城の門につき、ロニー様の封筒を見せると、
「おかえり、買い出しお疲れ様」
と門番さんに言われた。
……あなたは私の正体を知っても、今のように労ってくれますか?
夕暮れ時、外に人影はなくなったとはいえ、注意を払い、隠し通路を使ってランス様の部屋に戻る。
暖炉から這い出て、崩れた薪を組み直し、
「無事に帰ってきました……」
独り言をつぶやいて、力を抜いた。
ドレスに着替えて髪を軽く結い、明るいうちに洗濯に向かう。
途中メイド長サラに出会うが、ツンとそっぽを向かれ、あまりの職業倫理の低さに心の中で笑ってしまう。
今日の外出の成功が、私の心に余裕を作る。
洗濯場に着くと、若いメイドの先客がいた。
「こんにちは」
と声をかけると、目を見開いて、慌てて荷物をまとめて戻っていった。少し悲しくなった。
洗濯を終えて部屋に戻ると、何か、違和感がある。洗ったものをバスルームに干して、取り込んだ洗濯物を散らかしたまま、食事に行く。
また空気が読めないとなじられたくはなかったので、食堂を通らずにダイレクトに厨房に行った。
夫婦は温かく迎えてくれた。食事をしながら今日買い物に行ったことを話し、品物と値段を説明したら、適正価格だったと言われてホッとした。ハーブや薬草を摘みに行きたいと言い、群生地の特徴を教えてもらう。おやすみなさいと挨拶して、部屋に戻った。
違和感の正体がわかった。誰かが部屋に入ってる。敢えて無造作に見えるように放置した洗濯物が動いている。メイドとしてお給料をもらっているのであれば、コソコソせずにいっそ畳んでくれればいいのに。
メイドが家人の室内に入るのは普通だ。バルト家では当然お世話になっていた。でもそれは信頼関係があって、かつ仕事である場合。
私に対する嫌悪をあらわにしている人間が、何をするでもなく自由に部屋に出入りする。ゾッとした。前世の記憶が蘇ったことも手伝って、恐怖しかない。
どうしよう。この部屋では寝られない。そう思いつつ、昨夜寒かったので毛布をもらいにとりあえずリネン室に出向いた。
リネン室は案外広くてタオルにシーツに布団がドッサリ積んであった。入り口近くには石鹸がギッシリ入った重い木箱が積んである。
ふと閃いた。
この屋敷でメイドがリネンを毎日替える相手はランス様だけ。そのランス様は不在。お客様の予定もない。ということは、このリネン室、当分誰も寄り付かないのでは?
私は毛布を掴み、一旦ランス様の部屋に戻る。散らかしたものを片付けて、買ってきたお茶や食べ物には開けられたら一目でわかるように、紙袋に入れて、糊で口をべったり貼って、封、と漢字で書いた。この字がずれていたら、開けられたということ。
私は再び少年服に着替えた。そして、そっと様子を窺いながら廊下に出て、リネン室に行き、ドアを閉めた。そのドアの前に石鹸の木箱をズルズルと引きずって置く。
「……いっちょあがり」
私は布団の積んである棚によじ登り、中をこじ開けて体をねじ入れた。ちょっと重いけどこのお陰で転げ落ちることはないはず。それに温かい。前世、押入れで遊んだときのことを思い出す。
「自由にしていいって言ったもの。怒らないで下さいね」
今頃、野営しているのだろうか?カーテンのない窓の向こうの冴え冴えとした月をみる。
「おやすみなさい。ランス様」
◇◇◇
昨夜は安眠できたけれど、少し熱っぽい。
私はリネン室を元通りに戻し、静かにランス様の部屋に戻る。部屋は特に荒らされた痕跡はない。誰かは知らないが夜に忍び込むつもりはないようで、胸を撫で下ろす。
朝食の包みとお湯を昨日買ったティーポットで部屋に持ち帰り、今日のスケジュールを組みながら食べる。
そして昨日同様ロニー様の元に顔を出す。今日も私が入り用な用事はないようだ。
「では、狼は他の場所に動いてはいないのですね?」
「はい。足止めできています。……エム様、少し顔が赤いようですが?」
今日の予定は薬屋を一番にしよう。私はロニー様の質問には答えず、
「ロニー様の封筒のお陰で城下でのお散歩もスムーズです。昨日もキャンディーを買ってしまいました」
おひとつどうぞ、と部屋にいた四人に配る。
「これはランス様に嫉妬されそうだなあ」
ロニー様はパクッと口に入れた。
「いかがですか?」
「ん?ミント味ですね」
「正解です!ふふ、リクエスト受け付けますよ?」
「今日も城下へ降りられますか?」
「はい、早くこの街の道を覚えてしまいたいのです」
「まだまだ引き継ぎ業務などが立て込んでおりまして、奥様にお付き合いできず、申し訳ありません。クレアはきちんと勤めを果たしていますでしょうか?」
苦笑するほかなかった。
私が部屋を出ようとすると、中年の兵士が一人、
「お、奥様、ご馳走さまです!」
と、声をかけてくれた。かなり年上に、父と同年輩に見えたので、立ち止まってお辞儀をした。
「エムちゃん、可愛いだろう?」
「は、はい!」
「ランス様の嫁じゃなかったら、私の嫁にしたいくらいだよ。私はすっかりエムちゃんの大ファンなんだ」
「ロニー様……そんな……」
◇◇◇
昨日と同様に街に降りる。少年の服に昨日買った帽子に髪の毛をきちんと入れたら、まあ男だと言って押し切ることは出来そうな見栄えになった。
薬屋に行き、風邪薬を作ってもらい、すぐに飲む。
「昨日の薬じゃ効かなかったんだね?おかしいねえ……」
と、おばあさん薬師は調合を変えてくれた。おばあさんに武器屋がどこか聞いた。
武器屋に着くと、まっすぐ店員の元に向かう。
「すいません、この通り非力なんですが、僕でも使える弓を買いたいのですが」
全く知識がないのだから潔く聞くしかない。
「弓じゃなきゃダメなの?」
若い細身の男性店員が不思議そうに聞いてくれる。
「えーっと、宿題なのです」
と、適当なことを言ってみた。
店員……ロイさんは真に受けたのか、カウンターから出てきてくれて、商品を数種類見繕ってくれる。
「一番小ぶりなのはこれ。だけど弦を引く重さは12キロ。こっちはちょっと大きいけども重さは8キロ。最後のこれはボウガンタイプ。小ぶりだしバネを使ってるから引く力はさほどいらない。でも高い」
握らせてもらえば、12キロの弓は全く引くことができなかった。ロイさんに残念そうな視線を送られた。8キロの弓はギリギリ口元まで引けた。ボウガンは便利そうだが普通の弓の4倍の値段で、少年が買うには不相応だろう。そもそも本当に使うわけじゃない。
「8キロにします」
「うん、一択だったね」
リーチの長さに切ってもらった矢を五本一緒に買う。
「獲物を捌くナイフは持ってるか?それと肉を入れる袋!これは薬を染み込ませてあって臭くならないぞ」
獲物があるかわからないけれど、護身用にナイフは一本あった方がいいかもしれない。
ランス様は今いないのだ。ロニー様も領主の妻業ですこぶるお忙しい。誰も私を守る人はいない。言われるままにそれらも購入した。
「幸運を祈る!相談やメンテが必要だったらいつでもおいで」
カウンターで頬杖をつき手を振るロイさんに笑いながらそう言われて、私も振り返って手を振り店を出た。
「うさぎを狩りたい?エム一人でか?」
「宿題なんです」
「エムんとこの雇い主、スパルタだなあ」
定食屋ブラウンズで今日も早めのランチにお気に入りとなった魚料理を食べながら、マスターブラウンさんに相談する。
「悪いこと言わねえ、やめとけ。エムじゃうさぎどころかネズミ一匹狩れねえよ」
「だから宿題なんです!こんな僕でも狩れそうな、歩いて行ける出没ポイント教えてくださいっ!」
ブラウンさんはやれやれと地図を書いてくれた。
「俺が仕入れが足りないときに行く場所だ。エム、お前は荒らさない……荒らせないだろうから教えてやるが秘密だぞ?絶対奥まで入るんじゃねえぞ!こっちに行くと川がある。ここで汚れたら濯げる。二時間粘って狩れなかったらツキがなかったと帰るんだ!いいな!」
「はい!ありがとうございます!」
教えていただいた森はランス様が討伐に向かった方向と逆。まだ日は高い。私は覚悟を決めて店を出た。