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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
97/372

雛祭り

 冷たい風に温かさが交じり始めた頃、村の広場では女の子達が楽しそうにキャイキャイはしゃいでいました。

 村の広場はまだまだ雪が残っていますが、降雪も減って古い雪が固く均されて歩きやすくなりました。その広場に今大きな大きな雪の階段が作られています。女の子達はそれを見てはしゃいでいるのです。


 「ようし!後一段で完成だ!」

 

 ロウ村長の号令で雪の階段を作っていた水魔法の使い手達が「おー!」と雄叫びを上げました。余りに大きな雄叫びだったので、雪の階段上で作業をしていた何人かが振動で落ちそうになりました。


 「あっぶな!」

 「きゃああ!?」


 小さな悲鳴を上げて何とか踏ん張りましたが、踏ん張りによって転んで尻餅を付いてしまいます。


 「あっはははは!大丈夫かよ!固めた雪は滑りやすいんだ、気をつけろよなっ」

 「ふふふふふふ!気を付けたって転ぶ時は転ぶわよ。受け身さえしっかり取れば大丈夫!」

 「ぶははははっ!やっちまったよ!お前らも気をつけろよな!」


 あまりに見事なコント転びに、一堂に会した面々は大爆笑です。転んだ本人が一番笑っています。

 

 「ええええ?大丈夫なのかしら。お薬ならいくつか持ってきてるけど……」


 でも生粋の山の民ではないリリは怪我を心配しました。結構な高さの階段から滑って落ちたら一溜りもないからです。


 「大丈夫よ。一応あの人達は大人なんだし。落ちる前に態勢を整えるか魔法でなんとかするわ」


 心配してオロオロするリリに、ミナミはいつもの事と平然と言います。

 

 「それより今年はだれが一姫に選ばれるかしら!」

 「去年はミズキ姉だったよね」

 「その年に成人を迎える女子から選ばれるのよね」

 「私達はまだ先だね~」

 「でもあとちょっとだよ」


 広場の喧騒も、女の子達に掛ればBGM代わりです。先程のコントも忘れて話に夢中です。


 「雛祭りって、初めてだけどワクワクするのね!」


 女の子達の会話に、リリは目をキラキラ輝かせて聞き入ります。

 そう、もうすぐ村では雛祭りが行われるのです。

 広場の階段は雛壇なのです。


 「そっかー。外ではあんまりイベントってしないのね」

 「う~ん。豊穣祭とか建国祭なんかはあったけど」

 「私達は逆に建国祭がないけどね。そもそも国じゃないし」


 山の民達にイベントが浸透しているのは、三巳の偏ったイベント像のお陰です。そうでなければ山の民達も似た範疇になっていた事でしょう。


 「雛祭りは毎年この位の時期にやってね、あの雛壇に未成人の女の子達が並んでお祝いするのよ」

 「そうそう!で、一番上の段だけ女の子一人と男の子一人で座るの!」

 「女の子のお祭りなのに男の子も座るの?」

 「う~ん。何でもオダイリサマは欠かせないんだって」


 三巳の偏った知識で広まったイベントは、何処か曖昧さを醸し出してはしばしば山の民の首を捻らせています。

 それでも追求しても三巳自身が曖昧に覚えてしまったイベントは、曖昧にしか答えが返って来ない為、いつしか山の民達は「そういうもんだよね」で終わらせる様になったのでした。


 「ふ~ん?男の子は一人だけでしょ?誰が座るの?」

 「「「ふっふっふ~♪」」」


 リリも追及する無意味さを悟ってか、気にしない事にしました。それより気になるのはたった一人の男の子です。

 これに女の子達は声を揃えて怪しく笑いました。お口に手を当ててニヤニヤが止まりません。


 「それは一姫に選ばれた子が指名するのです!」

 「実質公開告白よ!」

 

 「きゃ~♪」と嬉し恥ずかし声を揃えて黄色い悲鳴を上げました。

 リリもこれには真っ赤っかです。顔から湯気が出ています。


 「そ、そんなのって……恥ずかしすぎる……」


 両手で顔を覆ってモジモジするリリに、ミナミはニヨリと口角を上げます。


 「へ~~~ぇ?恥ずかしくなるお相手がいるのね~?」

 「!!?」

 「えええ!どういう事!?」

 「リリっちってばいつの間に!」

 

 言葉を詰まらせて更に赤くするリリに、女の子達がドアップで迫ります。

 リリは狼狽えてアワアワ意味もなく辺りを見回します。


 「これでロダ以外……だったら盛大に慰め会、しようと思ったんだけど……」

 「うん。その必要はなさそうね」


 ロダの名前を出した瞬間にビクリと肩を震わせたリリに、女の子達は直ぐに察しました。


 「ちちちちっ、違うのよ!?そりゃロダは優しくてっ、頼りになって、(私を好きって言ってくれてる)けどそうじゃないのよ!?」


 気絶しそうな位湯気を吹き出し目を回すリリに、女の子達は(揶揄い甲斐がありそうなのに~)と思いました。でもやっと落ち着き始めたリリを慮って「うんうん。そうね~」と物分かりの良い返事で生暖かくニヨニヨさせるに留めるのでした。




 女の子達が恋バナに花を咲かせている頃、三巳はロウ村長宅でアラレ作りのお手伝いをしていました。

 ロウ村長宅には大きな大きな達磨型のお餅がドンと鎮座しています。年末年始に飾られていたお餅を保存していたのです。


 「雛祭りはアラレ食べ放題~♪」


 大きな大きなお餅を細かく砕いて揚げて、揚げたてをパクリと味見です。


 「んま~い!」


 熱々の美味しさに舌鼓を打つ三巳は、山神で実年齢は成人をとっくに越しているので裏方のお手伝いです。でもお祝いのお品は毎年美味しく頂いています。


 「ふふふ。今年もお手伝いありがとうね」

 「何の何の。三巳こそ一番美味しいとこ頂いてありがとうなんだよ」

 「それは私も頂いてるからお相子ね」


 三巳とロウ村長の奥さんは顔を合わせてクスクス笑いました。

 キッチンには既に作り終わった節句料理がズラリしています。

 チラシ寿司にお吸い物は勿論、お米で出来たカラフルな雛アラレもあります。そしてその全てが出来たてを味見の名のもとにパクリされていました。

 

 


 そんなこんなでお昼を過ぎた頃、広場の準備が終わりました。

 広場の雛壇には真っ赤な絨毯が敷かれていて、ボンボリやピンクのお花、それに花嫁道具が飾られています。そして下の段から順々に可愛らしく着飾った女の子達がチョコンと座っていました。

 下の段は赤ちゃんから三歳までの女の子がお母さんと一緒に座っています。上に行くにつれて年齢は上がり、リリやミナミは下から五段目で楽しそうにおしゃべりしています。


 「雪の階段で食べるの楽しいね」

 「でしょう?大人や男の子達と違って一人づつ可愛い重箱に入れられてるのがまた良いんだよね」

 「うん!このチラシ寿司もウサギさん型の人参乗ってて可愛い!食べるの勿体無いな~」

 

 雛壇に座る女の子達には、特別にあしらえた節句料理が重箱に可愛らしく盛り付けられています。下でドンチャン騒ぎしている他の山の民達はバイキング形式なので余計に女の子達の特別感が増すのです。


 「あれ?重箱の中身、下の段の子と違うのね」

 「ああ、そりゃ幼児は同じもの食べれないしね。どうせ分けるならっていうんで段毎に変えるようになったんですって」

 「へ~。それじゃ一段目のオダイリサマと二段目の重箱も違うの?」


 リリが最上段で二人並ぶ男の子と女の子、そして上から二段目の女の子達を見て尋ねます。


 「うんにゃ。そこは不公平が出ないように同じらしいよ」


 同じく見上げたミナミが答えます。最上段の二人並んだ女の子と男の子の初々しいカップル姿についニヨニヨが止まりません。

 リリもミナミのニヨニヨに気付いてオダイリサマ役の二人を見ると、丁度女の子が男の子に「あ~ん」と雛アラレを食べさせている所でした。リリは思わず成長した自分がオダイリサマになって「あ~ん」している姿を妄想して顔を赤く染めました。

 両手で赤いほっぺを抑えるリリを見て目を光らせたミナミは、下でリリに見惚れているロダに視線と口パクでエールを送りました。

 ミナミの視線と口パクに気付いたロダが何やら盛大にお皿に乗せた料理をぶちまけていましたが、妄想に夢中のリリは全く気付く様子がありませんでした。


 「うーにゅ。若いって素晴らしい」


 料理をぶちまけてアワアワと変な動きを始めたロダに、一部始終を見ていた三巳が微笑ましく目を細めて尻尾をフサリと振りました。ボンボリの光に照らされた雛壇の女の子達の成長を思うと、嬉しさから自然と雛祭りの歌を口遊んでいました。

 調子っぱずれに歌いだした三巳に、お酒の乗った大人達が大笑いで一緒に歌いだし、それを聞いた雛壇の女の子達も笑いながら歌いだし、雛祭りは村中に歌が響いて楽しく過ぎていくのでした。

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