秋刀魚は秋魚だから秋が美味しいんだよ。
秋も深まり、山が赤や黄色で色付く頃。
毎年山に三巳が居なくなる日があります。
今日はそんな三巳が居なくなる日です。
夜が明けて薄っすらと空が明るくなる時間帯に、麓側の村の入り口に人が集まっています。
とは言ってもまだ朝も早いのでちびっ子達は夢の中です。
「それじゃ行ってくるな」
三巳は元気に片手を上げて皆んなに挨拶しました。
「行ってらっしゃい」
「街や冒険者には気を付けてね」
大人達が修学旅行に出掛ける我が子を見送る様に皆で見送ります。
リリだけは心配そうに見ています。
「2、3日で帰る予定だからそんなに心配するなリリ」
困り眉毛でリリの頭を優しく撫でる三巳を、下がりきった眉で上目遣いでリリは見ます。
リリは外界でとてもとても辛い目に遭ってきました。
だから人間の怖さをここの誰よりも身に染みて判っています。
「本当に気を付けてね……?」
三巳の裾をぎゅーと掴み、弱り切った声で懇願します。
「大丈夫。人間の国には近づかないから」
三巳はリリを抱擁して、その背をポンポンと優しく叩いて落ち着かせます。
それにリリはたどたどしく頷きます。
「うん。んじゃ、ちと行って来る」
三巳はそっとリリを離して村の外へ歩きます。
森に入る前に一度振り返り、大きく手を振ってから森に入って行きました。
森に入った三巳は、なるべく早く帰れる様に麓まで駆けて行きます。
山を抜けて森を抜けて、閑散とした大地に出た頃。三巳は着ている衣類を全て脱ぎました。
脱いだ衣類は持って来ていた袋に入れます。
そして徐に四つん這いになりました。
三巳がブルルと身体を震わせた次の瞬間。
三巳は大きな獣の姿に戻っていました。
獣としての三巳は大きく、立ち上がれば大木の頂点に鼻がつく程です。
そんな大きな身体で腰に重心を落とし、前脚と後脚にググッと力を入れました。
耳は後ろに下げて真っ直ぐ前を向いています。
牙に袋の紐を引っ掛けて、
「ふっ」
と鼻息一つ上げて一気に駆け出しました。
ビュンビュン風を切って走ります。
景色がどんどん後ろに流れて見えなくなります。
その速さたるや新幹線に匹敵します。
もしかしたらそれよりも速いかもしれません。
新幹線も速度計も無いので確認出来ませんが。
途中にある街は勿論避けて、ひたすら速度を落とさず走り続けます。
気配を察知したモンスターは慌てて逃げて行きます。
逃げ遅れた動物や偶々居合わせた人間が居ると、ぴよーんと高く長く跳んで避けます。
余りの速さに人間達は気付きません。
急に来た台風の様な強風に、転んで怪我をしない様に必死です。
何人か、また何匹かは風に煽られてコロンと転けていましたが。
そうしてノンストップで駆けた三巳でしたが、日が沈む前にその脚を止めました。
目の前には大海が広がっています。
『海神邪魔するぞー』
三巳は獣の言葉で海に語りかけます。
人間が聞いても「ぎゃうぎゃう」としか聞こえません。
『おぉ~う。良く来たなぁ~』
海から間延びをした低く響く男性の声がしました。
声と共に海に大きな大きな影が浜辺に向かって来ます。
そして海面が盛り上がったと思ったら、ゾババーン!!と水飛沫を上げて大きな大きな亀が出て来ました。
『1年振りだなー。変わりないか?』
三巳は人懐こい笑みで亀に語りかけます。
『海はぁ~相変わらずだぁ~。
狼の娘も相変わらずだなぁ~』
『おう。三巳はいつでも相変わらずさ』
大きな大きな亀の顔を三巳に近づけた海神の鼻に三巳の獣鼻を擦り合わせて挨拶します。
その姿は人間で言うと、おじいちゃんが孫の頭を撫でている様な雰囲気です。
『何時ものぉ~獲りに来たんだろぉ~』
『うんそうだ。
また何匹か貰ってくぞ』
『そうかぁ~そうかぁ~。
何時もの様にぃ~、苦しませないでやってなぁ~』
『合点承知の助けだ』
海神のお願いに、三巳は神妙に頷きます。
三巳は牙に引っ掛けた袋を外して人化しました。
そして勢い良く海の中に飛び込んで行きます。
三巳は海の中で縦横無尽に泳ぎまくります。
大分泳いだ先に魚の群れを発見しました。
あの姿形は正しく秋刀魚です。
三巳は秋刀魚の群れに向かって真っ直ぐ速く泳ぎます。
秋刀魚の形があんなにはっきり判るのに、全然全く秋刀魚に近づいている気がしません。
三巳は意に介さず真っ直ぐ秋刀魚に向かって泳ぎます。
どんどん秋刀魚の大きさが大きく見えてきました。
三巳が秋刀魚の側まで来た時にはあらら大変。とってもとっても大きな秋刀魚が目の前を泳いでいます。
「いやー、いつ見てもこの世界の秋刀魚はでかいなー」
水の中だろうと関係なく、三巳はさも可笑しそうに笑って言います。
可笑しくなるのも頷けます。だって目の前の秋刀魚は三巳の背を優に超す大きさなのですから。
それだけではありません。よく見ると鱗も口もヒレも鋭く先が尖っています。
よく考えたらそうですよね。
モンスターがいる海の中で、身を守る様に進化した結果なのでしょう。そうでなければ今頃絶滅していたと想像に堅くありません。
「んじゃサクッと電気を通してー」
三巳は掌を秋刀魚に這わせると、その内側に電気を発生させました。スタンガンの要領です。
とは言ってもその威力は即死レベル。しかも外側に電気が漏れない様アフターケア付きです。
見事秋刀魚はお腹を上にして海面に向かって浮き始めました。
すかさず三巳は周囲を凍らせて、更にその場に固定させました。
この要領でもう四匹程捕まえてから陸に戻ると、辺りはすっかり真っ暗になっています。
月は既に真上を過ぎていました。
「んー、何時もならここで一泊するけど。リリが心配してるからなー」
尻尾をひゅんっと大きく振って水気を一瞬で飛ばしながら独りごちます。
『なんじゃ~。特別な~子~でも出来たか~』
聞いていた海神が、揶揄する様に言いました。
「特別って言えば皆特別だぞ。
リリは新しい山の民だ」
『ほ~?珍し~の~』
海神は片眉(立派な白い眉がある)を上げて珍しがりました。
「まーなー。ここ何十年?何百年?ぶりか」
『ほ~。人間も~まだまだ棄てた~もんじゃ~無いの~』
「はは。いつだって良い奴は良い奴さ。
街にいると悪いのばっか目立つけどな」
三巳は快活に笑って言いました。
「さてと。じゃあ行くな。
また今度ゆっくりするよ」
三巳は獣姿に戻ると袋を歯に引っ掛け、氷漬けの秋刀魚は頭上高く魔法で宙に浮かせました。
『お~ぅ。いつでも~来いよ~』
海神は好々爺然として三巳を見送ります。
三巳は海神の見送りを背に駆け出します。
暗闇の中、来た時と同じ速さで駆けます。
そこかしこで動物が気持ち良さそうに寝ていますので、地響きを立てない様に、音を立てない様にそれでも速度は変わりません。
美味しい秋刀魚料理を思い浮かべながらひゅんひゅん風を切って走り続けます。
お陰でお昼頃には山に戻って来る事が出来ました。
人型に戻って服を着てから村まで残りの道を駆けていきます。
村に着くと、察しのいい山の民達が入り口で出迎えてくれました。
リリは先頭で涙ぐんで両手で胸を押さえています。大丈夫だと思っていても心配はするものです。特にリリは人間の国にいい思いがありませんから。
「ただいまー」
「おかえりっ」
快活に笑い帰って来た三巳に、リリは駆け寄りその胸に飛び込むのでした。




