旅は道連れ出逢い旅
天気が良くて吹く風が涼やかだと、山歩きも気分良く鼻歌混じりに進めます。
三巳は相変わらずの調子っ外れな鼻歌を奏でながら、山道を先導しています。
その後ろからリリとロダが付いて来ます。
今日は三巳が計画した旅行なので、外敵の心配は一切しなくて大丈夫です。
何時もなら後ろについて警戒するロダも、今日はリリの隣を歩いています。山の斜面側を歩き、リリを転落の危険から守っているのです。
「およ?珍しいな」
背後のピンク色の緊張感など何のその。マイペースを崩さない三巳は、前方からやって来る影を見て声を上げました。
両手を目の上に当てて遠くを見やる三巳に、リリとロダも何だろうと目を向けます。
するとゴマ粒程の黒い影が、少しづつ近づき大きくなっていくのが見えました。
点のようだった影は次第に輪郭をはっきりさせて、その姿を明確にします。
「っっ熊!?」
「可愛い!」
現れたのは大きくて真っ黒い毛の熊でした。
竹の子狩りでは山の民達を脅かした存在ですが、今日は三巳が先導を切っているのでロダも慌てません。
熊は三巳の前で止まるとお行儀良くお座りをしました。そして三巳と何やら話し始めます。
「がう、がうがうぐお」
「ほうほう、そうかー」
人間語以外わからないロダは大人しく見守りますが、その隣ではリリが悶えていました。
「モフ……!モフとモフがモフモフと……!」
語呂力が死んでいました。
暫く話し合った後、三巳は振り返って言いました。
「あのなー、熊五郎がリリ乗せて参加したいんだって。
んでな、ロダはどうでも良いけどリリを悲しませたくないからどうしてもって言うなら俺を倒せば乗せてやらんでも無くも無い。
って言ってる」
言われて熊こと熊五郎を見ると、ロダを鼻で笑って器用にもニヤリと口角を上げました。
ロダは乗らないという選択肢もあるけれど、あからさまな挑発に乗らないのは男が廃りそうだと感じました。
「良いよ。受けて立つ」
リュックを置いて身軽になったところでファイティングポーズを取ります。
しっかり隙無く構える姿は様になっていて、リリは何時もと違う凛々しいロダに見惚れました。
「おー、また暫く見ない間に腕を上げたなー」
「ぐるる」
三巳は熊とロダの間から距離を取りつつ関心しました。
熊五郎も目を眇めて油断なくロダの動きを探ります。
一触即発のピンと張り詰めた気配が、朝の空気に満たされます。
最初に動いたのは熊五郎でした。
一向に動く気配を見せないロダに、痺れを切らした様です。前脚を大きく広げて上から覆い被さってきました。
ロダは慌てず熊五郎の動きに合わせて体を滑り込ませ、熊五郎の力を利用して軽い動作で投げ飛ばしてしまいました。
油断していた熊五郎は見事にドーンと背中を打ちます。そして場所が悪かったのか、そのままの勢いで斜面を転がり落ちてしまいました。
「熊五郎―――!!」
悲痛な叫びを上げるリリの声にロダは素早く反応して、転がる熊五郎を追って斜面を降って行きました。
「おおー、やるなーロダ」
熊五郎も体制を立て直して止まろうとしますが、巨体故の重量が落下スピードを上げて上手く立て直せずにいます。
ロダも木から木へ素早く飛び移りながら魔法を練ります。そしてあわや熊五郎が木にぶつかりそうになる前に、なんとか魔法を発動しました。
熊五郎は木にぶつかる寸前でロダの風魔法のクッションで事無きを得ました。流石にちょっと怖かったのか、真っ黒い毛なのに青褪めて見えます。
ロダは慎重に熊五郎に近寄ると、ヒョイと意図も簡単に抱き上げてしまいました。
熊五郎は思わぬ怪力にビビってピシリと固まってしまいます。怪力では無く、ただの強化魔法なのですが。
ロダは熊五郎が暴れないので楽々と斜面の上に戻って来ました。
「多分大した怪我は負ってないと思うけど、一応見てあげてね」
ロダは熊五郎をリリの前にお座りの状態で降ろすと、熊五郎を優しく撫でてリリにお願いします。
「ありがとう!ロダ!ロダって本当に良い人ね!」
「!リリリリリリ!どどどどういためしまして!?」
リリはロダの強さと優しさに、ほおを紅潮させ目を輝かせています。
好きな子から手を胸の前で組んで見上げ、前のめりでお礼を述べられたロダは、目をグルングルンと回して呂律の回らなくなった口で言葉にならない言葉を発します。
それはリリにとっては何時もの事なので、ニコッと笑うと直ぐに熊五郎に向き直します。
一通り診て軽い傷だけなのを確認すると、安堵の息を吐いて持って来た薬を塗ってあげました。
「グルル」
リリに治療をして貰い大満足の熊五郎は、四つ脚で立つとクイっと顔で背中を指して唸りました。
「ヘタレた弱っチョロい坊主かと思いきや、なかなかやるじゃねえか。
仕方ねえから認めてやらなくも無くは無い。乗れや。
あ!言っとくけどリリとの事を認めたわけじゃ無いんだからね!
と、言ってる」
三巳が熊五郎の口調を真似て通訳しました。
「今の短い唸り声の何処にそんなに長い会話が成り立つの!?」
色々ツッコミたいロダですが、取り敢えずまあ全てを引括めて纏めてそうツッコミました。
「え?概ね三巳の言った通りの感じだったと思うわよ?」
けれどもリリにまで言われて、味方のいないロダは肩を落として黄昏れるのでした。




