山の巡回②
急流に住むリヴァイアサンの亜種、チロチロと別れた三巳は軽快な足取りで山頂付近にある地獄谷に向かって歩いています。
「んー。とは言え急ぎの案件ぽくは無かったし、巡回しながら向かうとしよう」
そう言うと三巳はクルンと一回転して方向を微修正しました。
着いた先は洞窟です。中からヒンヤリとした空気が流れてきます。
「ここも久し振りだな。三巳の寝床まだあるかな?」
洞窟の中は広く、まだ今より小さかった頃の三巳なら獣姿でも十分に入れます。
「流石に今は獣姿じゃ入れそうにないなー」
神としてはまだまだ子供の部類でも、獣姿は随分大きくなった三巳です。今はもう入り口で引っ掛かること請け合いです。
三巳は人型のまま洞窟の中へ入っていきました。
「村が出来てから暫くは使えてたんだけどなー」
成長してないようで、少しは大きくなったことを感じられて少し誇らしくなる気分です。
洞窟の入り口は開けていて、床は平らになっています。その床には藁の残骸が散らばっていて、暫く誰も使っていないことが見てとれます。
三巳はその様子を懐かしさに胸を温めながらさらに奥へと足を踏み入れました。
「お?よかったよかった。通路塞がってないや」
洞窟の奥には熊が楽に通れる程度の広さの通路が奥に伸びています。
「やっほーい」
ほーいほーい……言葉が反響して聞こえる中を三巳は耳を澄ませて聞いています。
『なんでい。餌が自ら来たかと思えば獣神かい』
ぐるると喉を鳴らして反響と一緒に牙と爪の鋭い熊がのっそりとやってきました。
「およ?ぐっさんじゃない?」
お腹をボリボリ掻く熊型モンスターのグリズリーに、知った顔じゃないことに首を傾げる三巳です。
『ぐっさん?爺さんのことか。爺さんなら輪廻の輪に入ったぜ』
「なんと!それはお悔やみ申し上げる。次はどんな形で逢えるか楽しみにしてる」
『ぐっぐっぐ!そういうや爺さんにそんな伝言頼まれてたな』
三巳の言葉にお腹を抱えて笑うぐっさんの孫に、三巳もにっと笑って「そうか」と答えました。
「それじゃあ、ぐっさん……孫だと三代目?ぐっさん三世?」
『……別のにするって選択肢はねえのかい……』
「む?むー、じゃあグリリン?」
『それは何でか知らねえがいろんな方面から非難が出そうだから却下だ』
ぐっさんの孫に真顔で全力否定をされて、三巳は目をパチクリさせてキョトンとしました。
「いろんな方面?」
『だから何でかは知らねえっての』
お互い良くはわからずともそれじゃあそれは避けとこうと頷きあいました。
「んじゃーくまも」
『却下』
食い気味で却下されました。
「……仕方ないなーもー。じゃあグっちん。これ以上却下無し。
三巳もこれ以上は頭湯気出るぞ」
『わかった』
こうして新たな洞窟の通路の住人。ぐっさん三世こと、グっちんとの邂逅を終わらせました。
「で。他に何か起きてないか?」
『爺さんが言ってた巡回か。こっちは特に無いが、モクモク谷が騒がしい』
「やっぱりそこなのか。チロチロも言ってたんだけど。何があったんだ?」
『さあな。俺は縄張りから出ないから詳しくは知らん』
「?でもこの通路って地獄谷に繋がってるんだろ?」
『あそこは暑いから近寄らない』
「ぐっさんは良く湯治に行ってたのに」
『ありゃ歳だからだ。俺はまだ若い』
人間は老いも若きも温泉三昧です。全員ではないですが。
グっちんの風呂無精を聞いた三巳は、心持ち距離を取りました。
「そうかー。ま、行ってみればわかるさー。
じゃあ、またなー。体は大切になー」
そう言うと三巳はグっちんを遠回りで避けながら奥へと行くと、たー!っと駆けて行ってしまいました。
『?んん?……あ。
おーい!言っとくが水浴びはしてるからなー!』
三巳が消えた方を不思議そうに見ていたグっちんは、三巳の行動の意味を理解して大声で弁明しました。
もう随分奥まで進んでいた三巳です。
「そっかー。猫肌なだけかー」
ちゃんと聞こえていた三巳は、ほっとして歩を緩めます。
「それにしても何だろな?騒がしいって」
三巳は何があっても良い様に、全身を研ぎ澄ませて鍾乳石の生える洞窟を進みます。
洞窟の通路は光苔や鍾乳石までも鈍く光を発していて、足取りに不安が起きない位には明るいです。
三巳は獣時代には見れなかった発見を人型になって出来て興奮しています。
「凄いな。あの頃は流石にここまで入れなかったからなー。物理的に。
鍾乳石も光るのは今更ながら流石異世界だなー」
地質学的な趣味はありませんが、観光は前世から大好きです。大切なストレス解消です。ここではストレスのスの字も起きませんが。
そんな訳でキラキラと目を輝かせながら久し振りの観光気分を味わいながら出口に向かって進みます。
途中で分かれ道もありましたが研ぎ澄ませた三巳の感覚の前では間違う事はありません。さくさく奥へと進みます。
「今度リリも連れて探検しよう。そうしよう」
プチ観光計画を立てつつも、三巳は確実に出口に近づいていました。
地熱の影響か、マグマが近いのか。少しづつ確実に暑くなっています。
「うーん。真夏のコンクリートジャングルとどっちが暑いだろうか」
確実に大汗確実な温度で、でも三巳はケロリと汗一つ掻かずサクサク先へと進みます。
因みに出口の光が見え始めた現在、明らかに真夏の大都市と比べられない位暑くなっています。
「ま、今は魔法使い放題だからなー」
CO2にも優しいので使いまくっています。環境に優しい仕様です。
出口が近づくにつれて、三巳の顔は険しくなってきました。
「んーでかい気配がするなー。チロチロとグっちんが言ってたのかな?
っと言ってる間に出口だけど……おおお?」
明るい日差しを目の上に手を当てて遮りつつ、外へと一歩を踏み出した三巳ですが、その光景を見て歩みを止めてしまいました。
「サラ、マンダー……?」
眼下に広がる地獄谷、そこに悠然と佇む真っ赤な鱗を持つドラゴンが三巳を見下ろしていました。
三巳の驚きの呟きは、本来無いものが有った時の驚きでした。




