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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
52/372

川開きと

 ジーワジワジワ。

 ミーンミンミン。

 初夏の陽気に当てられて、気の早い蝉が鳴いてる日の事です。

 今日の三巳は朝から尻尾をぶんぶか振っています。


 「今日はまたご機嫌ね」


 リリが尻尾に癒されながら言いました。


 「ぬふふふふー。

 今日は川開きをするんだ」


 口に手を当て怪しい笑いをする三巳です。

 楽しそうな三巳が可愛らしすぎて、リリの眉尻は下がりっぱなしです。


 「川開き?」

 「そう。今年は雪解けも遅くて、梅雨も酷かったから遅くなったけど」


 鉄砲水やらを警戒して中々許可が降りなかったのです。

 三巳は関係ないから一人でも入りますが、どうせなら皆んなで楽しみたいと思うのです。


 「今日も暑くなるからなー。

 リリも入れるか?入るなら水着用意してくれてるぞ」


 カナヅチさんもいるので確認は大事です。

 三巳は自分用の水着とリリ用の水着を掲げて聞いてきます。

 三巳の水着はお尻に尻尾用の穴が空いているツーピースタイプ。リリのはフリルとスカートが可愛いワンピースタイプです。


 (はぅっ!三巳凄くキラキラしてる!可愛い!

 入れないなんて言えないわ!カナヅチでなくて良かった!)


 遊び前のワンコの様にペカーっと輝かしく無邪気にハシャグ三巳に、リリは悶絶しています。

 水着の可愛さより三巳のモフモフの方が可愛い様です。


 「大丈夫よ!一緒に入りましょうね!」

 「やったー!」


 緩む顔を抑えながら食い気味に話すリリです。

 三巳は両腕を突き上げて喜びました。


 「ほっほ。リリも楽しそうで良かったのう」


 ロキ医師もほけほけ笑って嬉しそうです。

 その手元には携帯用の医療用具が握られています。そこそこ大きい籠鞄は、白髪の生え揃うロキ医師には過ぎた大きさに見えます。


 「私が持つわ。ロキ医師ももういい年なんだから無理しないで頼って下さい」

 「ほっほ、なぁ~にまだまだ若いもんには負けはせんわい。

 けど折角だしの、今日はお願いしようかの」


 むんと力こぶを作って元気な様子を見せるロキ医師ですが、リリの気持ちが嬉しいので言う通りにしました。


 「にゃははー。ロキ医師もリリには形無しだなー」


 すっかりリリのお爺ちゃんな気分のロキ医師は、ニッコリ笑って満更でも無さそうです。


 いい気分のまま、服の中に水着を着込んでさあ出発です。

 着いた川は横幅が広く、比較的浅瀬の多い場所です。とはいえ深い所は深いので注意が必要ですが。

 川には既に水着で準備万端の老若男女が賑わいを見せています。


 「あら、まだ誰も入ってなかったのね」

 「あー。川開き初日は羽目を外し過ぎた大人達が怪我をするからなー」

 「全くいくつになっても自重を知らん困った者らだのう」


 その筆頭がロウ村長なのは言わないお約束です。

 兎にも角にも毎年怪我人が出るので、ロキ医師が来るまでお預けなのです。

 その代わり、ロキ医師が見えた途端。


 「ロキ医師来たー!!」

 「よっしゃー!それいけー!」


 ザザブーン!!と激しい水飛沫を上げて、大の大人がはしゃぎます。

 子供達もそれに習ってザザブーン!!と入っていきます。


 「冷たーい!」

 「気持ちいー!」


 バシャバシャ、バシャバシャ。もうすっかり濡れ鼠の集団です。


 「よーし三巳達も準備運動して入ろう!」

 「うん!あ、でもロキ医師の準備手伝ってから」

 「大丈夫じゃよ。毎年の事だからのう。

 リリは初めてなんだから、楽しんでおいで」


 準備運動の準備をする三巳の横で、リリはロキ医師のお手伝いをしようとしました。けれど好々爺としたロキ医師にやんわり止められました。

 リリは逡巡しましたが、ロキ医師に背中を押されて三巳と準備運動をしました。


 「よーし!いっくぞー!」


 準備運動を終わらせた三巳は、駆け足で川縁まで来ると、ピョーン!と川の中腹まで飛びました。

 そこそこ深い中腹なので、上がる水飛沫で一瞬壁が出来ました。


 「キャハハ!三巳もう一回!」


 あまりに見事な水飛沫に虹まで出て子供達は楽しくて拍手喝采です。


 「よーし!いっくぞー!」


 三巳はその場で飛び上がります。

 そしてそのままお腹を下にして落下しました。普通の人ならお腹を強かに打って下手したら怪我じゃ済みませんが、三巳なのでへっちゃらです。

 斜めに上がる水飛沫が子供達に向かって来るので、子供達はキャーキャー大笑いしながら逃げ惑います。


 「ふふ。皆んな楽しそうなのが楽しいわ」


 大はしゃぎをする三巳を、水辺で遊ぶワンコを見る目で見つめるリリも静かに川に入ります。

 そんな様子を見守る青少年達。特にロダは、水着姿のリリにうっとりです。


 「リリ可愛いっ」

 「やっぱ可愛いよなー、リリ」

 「!?」

 「あの可愛さは、ホント怪我治って良かったよなー」

 「!!?」

 「山の民と違って頼りないあの体は守りたくなるよなー」

 「!!ライバル!?」


 ロダに続いて思春期の男の子達が口々に言いだして、ロダはわかりやすくビグリと震えました。

 うっとりしていられなくなったロダは涙目でリリを隠して牽制します。


 「あー、そゆのじゃないから安心しろ?」

 「そうそう、可愛いに恋は関係ないのよ」

 「大体俺ミナミが好きだしな」

 「「何ー!聞いてないぞ!」」

 「言ってねーもーん」


 ロダはわかりやすく安堵の息を吐きました。


 「俺だってミナミが好きだ!」

 「えー!?好きな子いないの俺だけー!?」


 ロダの安心を他所に男子達は水着の少女を見ながら、誰それが可愛い。誰それが好きだと話に華を咲かせました。


 一方女子側は、そんな男子達を見ています。


 「やっぱロダいい体してるよねー」

 「あれでヘタレじゃなきゃ恋人に立候補したのに」

 「えー?ミナミはロダ派?」

 「違う違うっ。でもやっぱ強い男のが良いよ」

 「っても近い歳だとロダだよぅ」

 「歳なんて関係ないよ。私はロイドが……いや何でもないっ」


 女の子は男の子より大人びているようです。

 お相手のいない青年達をみてキャッキャウフフとコイバナに華を咲かせていました。


 「あ!リリ!こっちおいでよー!」


 コイバナといえば今お熱いのはロダの片想いのお相手リリです。

 戸惑うリリを他所に、女の子達はリリの手を引っ張りあっという間に輪に入れてしまいました。


 「で?実際問題リリってロダの事どう思っているの?」

 「ロダ?」


 ニヨニヨ内緒話をするように密着して興味津々、小声で聞きます。

 それを耳聡い大人達が聞き耳を立てています。


 「?山に行く時は何時も護衛してくれて頼もしいし、赤ちゃんのお世話も上手な子煩悩さん?」


 話の筋が見えないリリは顎に指を当て、小首を傾げて思ったままを話します。


 「それだけ?かっこいいとかないの?」

 「?皆んなかっこよくて優しいよ?」

 (何も聞かずに迎え入れてくれる。そんな人祖国以外にはいなかったもの)


 リリはちょっと祖国を思い出し、哀愁に浸りそうになりました。


 「あー、こりゃ手強いかも」

 「そうだな。よし、ロダ!」


 女の子達も聞き耳を立てていた大人達も、落胆の色を見せます。

 その内の一人、ロウ村長がロダを呼びました。


 「何?ロウ村長」


 呼ばれてパシャパシャ音を立てて、そしてリリを間近でチラ見してやって来ました。

 そのロダの肩に腕を回して、何故か丁度良く存在する高い岩壁を指さします。


 「男を見せろ」

 「は?」


 言うが早いかロウ村長はロダを岩上まで連れて行ってしまいました。


 「おお!?今年の一番手はロダか!」

 「よっしゃー!いけー!」

 「えええ!?」


 捲し立て盛り上がる周囲と対照的に、ロダは突然の事に困惑してオロオロ周囲を見回しました。

 そのロダの耳元で、ロウ村長が呟きます。


 「リリにカッコいいトコ見せたくないのか」


 その一言で、ロダは俄然ヤル気に満ちました。

 リリを力強い眼差しで見つめます。


 「見ててねっ。リリ……!」


 叫んで伝えれば良いのにと思うロウ村長を他所に、ロダは呼吸を整え一気に飛び降りました。

 そしてドボーン!と水飛沫を上げて川の中に沈みます。

 岩壁の下は深くなっています。碗状になっているそこには、流れ着いた綺麗な石が貯まります。

 それを取ってから川から顔を出しました。


 「ぷは!リリ!」


 手に持った黄色く透明な石を振り、リリに呼びかけます。


 「なあに?ロダ」


 呼ばれたリリは徐々に深くなる川を泳いで向かいます。

 ロダもリリに向かって泳いで向かいます。


 「これ、リリリ、リリにっ!」

 「わあ!キレイな石!くれるの?」


 両手で差し出した石をぎゅっと握って勢いよく首をブンブン縦に振ります。

 リリは嬉しそうに受け取りました。


 「ふわ~綺麗ね。お日様に当てるともっと綺麗。

 ありがとうロダ。ロダって本当に良い人ね!」

 「いいひと……!」


 いまいち想いが伝わりきれないロダは、いい人発言に喜べば良いのか落ち込めば良いのかわかりませんでした。

 周囲の山の民達は、生易しい目で心の中で(どんまい)と慰めます。


 「うーん。努力は認めたい」

 「いいひとって、恋愛に発展しない人の事を言うって、ママが言ってたー」


 端っこで一部始終を見ていた三巳と子供達は、本人が聞いたら落ち込みそうな事を言っています。

 ロダが可哀想になってきたところでロウ村長が二番手で飛び込み、派手な水飛沫を上げます。

 居た堪れない空気に耐えかねた山の民達は、誤魔化す様に次々と飛び込みに参加しました。


 結局飛び込みが白熱して、この日もロキ医師のお世話になる人が続出しましたとさ。



 注意喚起。川への飛び込みは川や体調などによっては大変危難なので、用法用量を守って正しく行ってください。

 山の民位鍛えていたらモーマンタイです。

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