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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
368/372

レオと温泉

 ヴィーナ村温泉は夏も利用者がいます。

 勿論三巳も温泉が大好きです。大好きなものはレオにも教えたいので連れて来ました。


 「へえ、これが硫黄の匂いか」


 施設の外からも立ち込める匂いに、レオは興味深そうに視線を動かします。匂いが見える訳でもありませんが、匂いを追う仕草をしちゃうのです。


 「うにゅっ。早く入ろー♪」


 レオと温泉に入る想像でワクワクとする三巳は、レオの手を引いて施設に入って行きます。

 そしてそこで愕然としました。


 「男女別!!」


 施設には混浴が無かったのです。

 獣型で想像をしていた三巳も盲点だったようです。気付けば当たり前な事だと頽れます。

 床に両手を付いて項垂れる三巳に、レオは


 (一緒に入る気だったのか)


 とスンとした顔です。


 (恥ずかしがったりする癖に、変な所で大胆だな)


 ただ単にその場の勢いで生きているだけなのですが、レオも流石に一応女神の端くれな三巳も混浴はしないと思っていました。


 「昼に飯処でかき氷食おうぜ」


 レオは嘆息して三巳に手を差し伸べます。

 三巳も耳と尻尾を悲しく垂れさせながらもゆるゆると手を掴みました。


 「うぬ……」


 こうして初の一緒に温泉イベントは不発で終わった訳ですが。


 (ねばーぎぶあっぷ。諦めたらそこで夢は終わっちゃうんだよ)


 三巳は諦めていませんでした。

 獣型で混浴作戦続行です。


 そんな訳で日を改めました。


 「また温泉か?ホント好きだな」

 「うにゅ。今日こそは」


 また施設に行くと思っているレオは、妙にヤル気を漲らせている三巳を不思議に思います。

 そんなレオを尻目に、三巳はレオと手を繋いで案内を始めました。

 繋がれるままに任せるレオは、前回行った道へ行こうとします。すると分かれ道で手がクンと引かれたので方向を変えました。


 (ん?温泉はあっちだった筈)


 三巳は三巳でレオが施設の方の温泉に行こうとしていたのを解っていました。案の定三巳が向かう先と違う方へ手が引かれます。


 「んふー♪今日はあっちの温泉に行くんだよ」


 してやったり顔で指で差し示すと、レオはその先へ視線を向けてくれます。


 「サラマンダーのいるエリアか」


 そうです。山にはまだ天然温泉が有るのです。

 レオはサラマンダーが火口近くを好むのを知っています。だからそこに温泉が有ると直ぐにわかりました。


 「山に入ったら獣の姿でお散歩しよー」


 村にいる間はレオも人型を取ってくれています。だから偶には羽目を外そうと誘う意味も有ったのです。


 「そりゃ助かる。ここんとこ戻って無かったしな」


 レオも本性の方が楽なのでしょう。二つ返事で誘いに乗りました。

 山に入ったら直ぐにお互いに本性に戻ります。とはいえ三巳は小型化をしていますが。本来は木と同等かそれ以上の大きさですからね。


 『ダンジョンから行くのか?』

 『んー。今あっこは皆が鍛錬に使ってるからなー。外回りで行こー』


 サクサク。ザワワ。草木を肉球で踏みしめて、ゆっくり自然を感じながら進みます。


 『やっぱし4本脚のが気持ち良いんだよ』

 『だな。人族ってのは良くもまあ肉球も無くあれだけ動けるもんだ』

 『うにゅ。ロウ村長とオーウェンギルド長は三巳達と変わんない位動く』


 実は度々手合わせをしているレオも、人族の可能性に舌を巻いたものです。その時の様子を思い出すと愉しげな笑みを浮かべてしまう程です。


 『あ。グミの実だ。食べてく?』


 山を歩くと沢山の食べ物を見つけます。今回も葉っぱに隠れた赤い実を嗅ぎ取りました。葉っぱを避けてレオに見せます。


 『山の実、ね。……食べてみるか』


 三巳とレオは上手に実だけを口で採っては食べていきます。


 『歯ごたえが面白(おもしれ)ぇのな』

 『うぬ。グミな食感』


 地球のグミの実はそこまでグミ感が無かった気がする三巳も不思議で楽し気です。

 山にはグミの実だけでは無く沢山の食べ物が実っています。三巳とレオはお互いに食べられる物を見つけては味の感想を言いながら進みます。木の上の実もヒョイと枝に飛び乗って食べていきます。

 勿論景色も堪能しています。

 川ではチロチロがシーちゃんにレンジャー抗議を受けていたので、邪魔をしない様にそっと離れて進みました。


 『練習してたのか』

 『みたいだな』


 その世界の事は解りません。けれどもどの世界も努力の上で成り立っているんだろうと、心でエールを送りました。


 『ん?匂うな。まだ距離有った気がするが……』


 今は高い木が無くなった山頂付近まで来ています。とはいえ地獄谷まではもう少しある位置です。その距離でもう硫黄の匂いを感じる事が出来ました。


 『んにゅ。鼻を鈍くさせてても香る位濃いんだよ』

 『へえ、そりゃ楽しみだ』


 徐々に減って行く草木に代わり、ゴツゴツとした石の感触を肉球に感じて山の上を進みます。そうすれば地獄谷は直ぐに見えてきました。


 『あれか』

 『んにゅ。今は誰も使ってないのかー』


 寒い時期には大盛況な天然温泉も、夏の暑い日には利用者はほぼいません。大体は川や池に入るからです。サラちゃんも見えないので火口で休んでいるのでしょう。


 『貸し切りー♪』


 思わぬ幸運に三巳はたったかたーっと駆け出します。そして温泉に到着するとレオを見て尻尾を振りました。


 『レオっ早くっ早くっ♪』


 無邪気な三巳にレオは苦笑して少し脚を速めます。とんっとんっとーんっと歩幅を大きく駆けて行けば、三巳は嬉しそうに目を細めてグルルと喉を鳴らしました。


 『んーと。良い湯加減はー』


 レオが来る間に良さそうな温度の温泉を探そうと、右前脚の肉球をピチョンと付けて確認します。


 (江戸っ子なら熱めだけど、レオのお湯加減はどれだろー)


 三巳の記憶のレオは暑いのはヘイチャラです。

 探している間にレオも隣に到着しました。


 『こっちの湯はぬるめ。あっちは熱め』


 確認した結果を前脚差ししてレオに伝えます。


 『何処にする?』

 『へえ?熱め、か』


 聞いたレオは目をキランとさせて挑戦的に熱めの湯を見ます。そして其方に前脚を向けました。


 『熱めから挑戦してみるか』


 ワクッと興味津々に向かうのは、三巳が熱めと言った湯よりも湯気が多い、灼熱湯です。三巳はギョッとして慌ててレオの隣を付いて歩きます。


 『あっこはアチチ過ぎて人には入れないんだよっ』

 『俺は魔物だから問題ないな』

 『ええ!?』


 三巳の静止も虚しく、レオはザブンと灼熱湯に入ってしまいました。

 ボーゼンとする三巳を尻目にレオは湯加減を確認中です。


 『真夏のグランより熱いな』


 そう言うレオは平気な顔で腰を下ろしてしまいました。

 一緒に入りたい三巳は迷い脚でウロロとしてから、決心をして灼熱湯に前脚を付けました。直ぐに引っ込めました。


 『!!!』


 どうやら三巳には熱過ぎた様です。

 半泣きになりながらレオを見ると挑戦的な目で三巳を見ています。


 『レオは熱くないん?』

 『ちっと熱い、か?ま、こんなもんだろ』

 『へー……。そーなん……』


 寒々しい隙間風が心に流れた三巳は、スゴスゴとぬるめの湯に1柱寂しく入るのでした。


 レオは目を閉じて静かに思います。


 (やっぱ一緒に入る気だったか)


 リベンジはレオの回避により失敗です。


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