レオと母獣
「ただいまなんだよ、父ちゃん!今日から暫くレオの分もご飯作って!」
可愛い可愛い目に入れても痛くない愛娘が、家に男を連れ込みました。
家で今日の献立を手際良く準備していたクロの心境は複雑です。
「いらっしゃい。良く来たね」
雷雲が轟く嵐な心境を抑え込み、クロはニッコリと笑みを貼り付けて出迎えます。
三巳が元気溌剌笑顔満面でクロにギュッと抱き付いてお願いするものだから、最早天国絵図と地獄絵図が共演しています。それ程迄に心の中が複雑怪奇に入り乱れていたのです。
「邪魔して悪いな」
親心を正確に読み取ったレオが苦笑気味に挨拶を返します。悪いとは思うけれど、帰れと言われて無いのでお邪魔しちゃいます。
「いや良いよ。三巳がこんなにも喜んでいるからね」
クロはそう言ってニコヤカにレオに近付きその肩に手をポンと置きます。そして顔を耳元に近付けると、
「三巳を悲しませないでね」
黒い笑顔でそう呟きました。
肩に置いた手はちょっぴし力が入っています。
レオは両手を肩まで上げてお手上げポーズを取りました。
「心配症だなアンタも。安心しな、今のとこ妹みたく思ってるだけだぜ」
クロの暗に「嫁にはやらん」発言を正確に把握したのです。
三巳はそんな男2人のやり取りを目をパチクリさせて見ています。男同士の話に首突っ込んじゃダメだと耳を伏せてウッカリ聞いちゃわない様に配慮もしています。
「父ちゃん。男同士の挨拶終わったー?」
何となく近付き難いので大きめに聞きます。
そうすればクロはとっても優しい微笑みで
「ごめんね。待たせちゃったかな」
と直ぐに三巳の元へ戻ってくれました。
「んーん、待つって程じゃなかったよ。それよかレオの分もご飯間に合いそう?三巳手伝う?」
「そうかい?ありがとう」
お礼を言ったクロはチラリとレオを見て、直ぐに三巳に視線を戻します。
「それじゃお願いしようかな」
だってパパだもの。彼氏候補に娘はまだ盗られたくないんです。
そりゃ出て行った時と違った可愛らしい服に着替えて男を連れて来たら警戒もするってものかもしれません。
「ん!任せろ!」
そんな訳で晩御飯が出来るまでレオは暇になりました。
三巳が料理している姿を見ていても良いのですが、今はクロを刺激しない方が良いでしょう。
さてどうしたものかと視線を動かせば、パチリ。と窓辺に伏せていた母獣と目が合いました。しかも何故か呼ばれている気がしています。
クロは内心で嘆息して母獣の横に腰を下ろして片膝を立てる形で座りました。
母獣はそれに満足そうに目を細めると、一度だけパサリと尻尾を揺らします。
『良く来たのう。魔物の脚にはちと遠かったじゃろうに』
「如何なんだろうな。地元から出たの初めてだったから、話には聞いていたがこんなもんかとは思ったか。飛ばせるとこは飛ばして来て、3日ってとこだったぜ」
『ほう。それは良い脚を持っておる。流石彼奴に育てられただけはあるというものよの』
「ん?知ってたか」
『くっくっく!それはのう。他所の子を拾って育てる物好きは、神族にはそう多くないのじゃ。暇を持て余した風神共がピーチクパーチク話しておったわ』
「そりゃ、まあそうか。あの神は特に気まぐれだったからな。今でも元気にしてるんだろうな」
『そうさのう。我も然程やり取りはせぬ相手じゃが、まあ風神共の話の種には困っておらぬ様じゃぞ』
「ははっ!そりゃ何よりだ」
育ての親の話が出た事で、レオは少し昔を思い出しました。
まだ赤子と言って良い時期に、独りぼっちになったレオを時に子煩悩に育て、殆どが鬼教官もダッシュで逃げ出す鍛錬で鍛え上げてくれた神族の養父。お陰で母獣相手にも怯まずに相手を出来ているのかもしれません。
レオは養父を今でも慕っているのです。
『クロは良い男じゃ。内心は複雑であろうが、其方に不利益な事はせぬよ。安心すると良い』
「そこは何も心配してねえな。三巳の父親だから」
『くっくっく!そうか、レオも良い男よのう。将来が楽しみじゃ』
母獣は暗に三巳の婿候補として言いました。
そしてレオはそれに察した様で察していない事にするのでした。




