猫耳
ザザーン!ザッパーン!と荒波がぶつかる音がします。
三巳は今、島の最北端に立っています。
「うにゅ。絶景」
三角形に尖ったギリギリの縁に危な気なく立つ三巳は、ビュービュー吹く北風を一身に受けてなお、毛以外は揺れずに立っています。
「落ちない様にね」
「はーい!」
少し離れた所でレジャーシートを敷くクロに注意をされて、元気良く返事を返します。しかし返事の時にクロに振り返った以外はまだまだ景色を堪能しています。
「島神のじっちゃ。此処ってお耳なのか?あっちにもおんなし断崖絶壁がある」
しゃがんでペシペシ尖った崖を叩くと、何となく三角形の断崖絶壁がピクピク動いた気がします。
「おっとっと」
流石にちょっと対応が遅れて揺らいだ三巳でしたが、すかさず下から強風が吹いて支えてくれました。
「ありがとーじっちゃ」
そんな三巳を微笑ましく見守るクロは、敷いたレジャーシートの上にお弁当やおやつにお茶類を並べています。
そして見事な三角形の断崖絶壁に苦笑を漏らします。
「流石に治っているねぇ」
『島そのものが神だからのう。とはいえ、猫顔をそこまで維持しおるのは執念じゃの』
母獣の呆れた物言いに、クロはクスクス笑って当時を思い出しました。
〜〜〜クロの回想〜〜〜
「荒れ狂っているにゃ」
突如発生した天変地異に、里で日向ぼっこをしていた私は戦慄した。
何時も穏やかで、災害なんて起きた事のない島で、初めての嵐や雷、地震に訳も分からず震える。
「にゃあ!」
近くで聞こえた仔共の鳴き声でハッと我に変えると、慌てて周囲を確認する。
皆一様に怯えて震えて毛並みがシュンと萎まってしまっている。雷の轟音に耳を塞いで右往左往していると、里の中心にある集会場が光り輝いた。
「島神様のお導きにゃ!皆急いで行くにゃ!」
私は怯えて動けない仔共を抱えて走り出す。走りながら怯える皆に「こっちだ」と大声で誘導した。
集会場に辿り着くとそこは結界で守られて、嵐や地震はおろか、雷の音さえしなくなった。
「何なんにゃ。何が起きてるにゃ」
震えてざわめく仲間達に、私も今起きている不可解な出来事を考えた。しかし島の事しかわからない私達には考えても理解しようがない。
「避難遅れてる者達を誘導しつつ様子を探って来るにゃ!」
動けない仲間に代わって私は飛び出した。
わからないなら知れる事から知るしかない。駆けながら里中に響く様に集会場が安全な事を伝えていく。
そんな折にドッカーン!!と心臓を打ち抜く強い音と衝撃が疾った。一瞬の事で毛を膨らませて飛び上がった私は、思わずしがみついた屋根の上から北側が激しく荒れている様を見た。
「私はあっちを確認して来るにゃ!動ける者は誘導頼むにゃ!」
「おう!俺達に任せろにゃ!」
元気良く答えてくれたのは、私の数少ない友人のアッシュだった。
私はアッシュに頷くと北に向かって駆ける。
駆けてる間もドッカンドッカンと雷が落ちるし、グラグラグラグラ地面は揺れるし、顔に当たる雨は痛いし散々な気持ちだった。
そんな状態なのに、何故か私は胸が逸った。その先に特別な何かがありそうな予感がしたんだ。
「っ!」
森を抜け切った私は、寸での所で後ろに飛んで急停止をした。
本来なら続く筈の崖の上の花畑が綺麗に抉れて無くなっていたからだ。気付くのがあと一歩遅ければ私は荒れ狂う海に身を投げ出す羽目になっていただろう。
森を駆けている間、段々と災害の規模が大きくなってはいたが、崖があった場所はその比ではない。
「前が見え難いにゃぁ」
吹き付ける雨で視界が殆ど灰色に見える。曇天が太陽を完全に隠しているからか、夜の様に暗い。
私は雨を防ぐ為に腕で顔を塞いで周囲を見回す。
『そこな者。此方へ来い』
何も見えないというのに突然直接耳に声が届いた。
とても涼やかでなのに苛烈さを感じる声は、酷い状況化にあって尚私の心を揺さぶった。
あぁ、この声だ。
その瞬間。私は確かに感じた。
この声に逢いに来たんだと。
「何方におられますかにゃ」
姿無き声を求めて崩れた崖の縁ギリギリに立つ。
にゃーん!
しかしまたしても頭に直接響いた別の声。そして起こった突風で森に押し戻されてしまった。
木にぶつかる事も転ぶ事もなく、風の膜に包まれて。そのまま里へと連れられてしまう。
私は焦燥感を感じて海の向こうの空の上を仰いだ。そこにそのひとが居る気がして。
伸ばした手は、しかし何も掴めずに空を切る。見つめる先がぼやけて気を失い、気付いたら私は集会場で目を覚ました。




