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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
286/372

ばっちゃ

 田舎の風景にカラカラカラという軽い音が馴染んで溶けています。

 クロが実家の玄関扉を開けたのです。


 「ただいま」


 そう、掛けた声に応える者はいません。

 少ししんみりとした気持ちになりますが、後ろで「入って良い?入って良い?」と言いたげに尻尾を振る愛娘な三巳が打ち消してくれます。


 「入ろうか」

 「うにゅ!おじゃましますなんだよっ」


 クロに背を押され、パァッと顔を輝かせた三巳は玄関扉を潜りました。


 「ふわぁっ、懐かしい田舎の日本家屋……」


 玄関扉を隔てた中も矢張り、昔懐かしい日本家屋でした。

 違う点を言えば、本来靴が脱いで置かれる場所に靴も靴箱も無く、代わりに石造りの水場があります。少し水を溜めれば足首までの水位はありそうです。

 三巳が水場に目をやっていると、クロは手招きして三巳を水場の中に立たせました。


 「この先は土足厳禁でね、私達はここで土汚れを落として中に入るのさ」


 成る程言われてみれば出迎えてくれた猫獣人達は誰も靴を履いていません。クロも履いたり履かなかったりしていると、今更ながら気付きました。


 「ボク達肉球で衝撃吸収しながら走り回るにゃ。肉球覆う靴は自殺行為にゃよ」


 実際に三巳もそれが理由で裸足の生活です。

 けれどもふと首を傾げました。


 「父ちゃんは履くことあるよな。砂浜歩いてた時は確か履いてた気がする」

 「そうだねぇ。私は色々な国を経験したからね、靴を履く事に忌避はもう無いよ。愛しいひとの側も三巳の山も危険は無いからねぇ。肉球が暑い時や、冷たい時は遠慮なく履けるのさ」

 「そっかー。父ちゃんが安心して靴履けるなら良かったんだよ」


 とはいえ今はクロも裸足です。手際よく三巳の足を洗うと自分の足も洗いました。一段高くなっている廊下に並んで座り、玄関に置いてあったタオルで水気を拭き取ります。


 「これも用意してくれていたのかい?」


 タオルはとても清潔に保たれていました。定期的に取り換えていないとそうはならないでしょう。


 「うにゃ。家のメンテするのに俺達も使うにゃ」


 そう言って頷いたのは茶虎猫獣人です。この家の状態を再確認してもう一度頷きました。状態は良好なようです。


 「それじゃあ我等は里の仲間に知らせてくるにゃ。何かあったら近くの仲間に言うと良いにゃ」

 「ここまでありがとう。皆に宜しく伝えておくれ」


 3人の猫獣人を見送り、改めて家の中を観察します。


 「うにゅ。日本家屋だ」


 玄関に飾られている木と岩の飾りが和装感をより引き立たせています。


 「この爪とぎもあれから擦り減ってはいないね」


 その木を撫でて呟くクロの目は懐かしさと寂しさを感じますが、口元は穏やかに微笑みを浮かべていました。

 三巳は耳を一度ピクリと動かして、クロの手を取り引っ張ります。


 「父ちゃん早く中案内してくれ」

 「ふふふ、そうだね」


 クロは三巳を見てニッコリ笑うと、木から手を離して中へと歩きます。

 その後ろを少し小さくなった母獣もついてきます。


 「ここが居間だよ。仲間内で集まる事が多いからどこの家も大体これ位広いんだ」


 最初に入ったのは居間です。それもとても広い居間です。大体30畳位はあるでしょうか。けれども合間合間に襖が設けられていて、3部屋に分けられる作りです。


 「うにゅ。やっぱし田舎のばっちゃと同じ」


 居間の隣はずっと縁側が続いていて、その先は庭になっています。庭と縁側はガラス窓が填められた引き戸が並んでいて、戸を開けて下を見れば案の定庭に出る前に平たい石が置いてありました。その隣には矢張り水場があります。

 縁側からもう一度居間に戻ると、開けた縁側から風が入り、籠っていた匂いを優しく流してくれているのを感じます。


 「畳だ」


 居間には畳が敷いてありました。風に乗ってい草の心地良い匂いが鼻を通っていきます。

 懐かしい日本っぽい匂いを心一杯嗅いでいた三巳は、不意にポロリと涙を零しました。


 「え?三巳?どうしたんだい?」


 突然の事に驚くクロに、三巳は腕でゴシゴシ涙を拭いながら首を振ります。


 「……懐かしい匂いがしたんだよ……」


 (懐かしい……)


 拭いながらも涙は止まってくれません。鼻も鼻水でぐじゅぐじゅなのに、なおも通る匂い。い草に交じって香った匂いは。


 (田舎のばっちゃの匂い)


 前世で大好きだった田舎の祖母と同じものでした。

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