ドーナツ島
チュンチュンという小鳥の鳴き声、ではなくガゴー!ガゴー!という野鳥の鳴き声で目覚めた朝です。
今日はドーナツ島2日目です。
「お弁当よーし!水筒よーし!そいじゃ出発するんだよ♪」
宿の人にお弁当と水筒を用意して貰った三巳はご機嫌尻尾を振りながら風を頼りに歩きます。
美女母とクロはその後を仲良く腕を組みながらガイドツアーの様について行きます。
そしてその後を何故か船客仲間達や暇な島民もついて来ています。
「うぬ?ぬーん。何だか黄色い旗持って歩きたい気分」
その様子を振り返り見た三巳は、バスガイドさんな気分になるのでした。
黄色い旗は無いけれど、先頭きって歩いていれば島ならではな景色に出会います。
「カラフルで大っきい鳥なんだよっ」
三巳が指差す方向には砂浜混じりの土に堂々たる佇まいの鳥がいます。赤に黄色に緑と綺麗な羽に見惚れていると、島民が近くに寄って来ました。
「イウムだね。蒸して食べると美味しい」
「食べるの!?」
食材の乏しい島では鳥は立派なタンパク源です。
鑑賞目的だった三巳はショックで目を大きく見開き、毛をザワザワさせました。
「うーにゅ……。三巳は、見て楽しみたいんだよ……」
地球でもワンコやクジラを食べる文化やそれを否定する文化がありました。
クジラを食べる時代を生きた三巳としては、否定は出来ません。しかし食べる気にはなれませんでした。
「はっはっは!島外の者は大抵そう言うな!確かに入ってくる肉はどれも美味い。君達には食べ物を選ぶ余裕が有るんだろうね」
そう言われた三巳は雷に打たれた様な衝撃を受けました。
確かに食べ物を選ぶどころかその日食べる物にも困る人達は世の中にいるのです。
「三巳。出されたならお残ししないで食べるんだよ!」
決意を強くした三巳に、ついて来ていた人達はほっこりしました。
「そうだね。食材になった生き物の為にも、料理をしてくれた人の為にもそうしてやってくれ」
気の良い島民は手触りの良い三巳の頭を人撫ですると友達の所へ戻って行きました。
それに手を振り頷くと歩を進めます。
島の中心に向かって歩いていると少しづつ景色が変わって来ます。
島の外側は砂浜が多く、露天や宿があるエリアも砂浜と土の割合が8:1位で、所々に立つ木の影にお店を構えていました。つまり建物同士が離れているのです。
そして中心に向かうにつれ、土の割合が増え、そして家同士はもっと離れていきました。そして辛うじてあった道も無くなりました。草木の生え難い島においては道は然程必要が無いのでしょう。
「自由。なんだかとっても自由なんだよ」
その開けた場所で思い思いに過ごす島民達は、原始時代の服を現代風にした様な格好で寛いでいます。
「そうだねぇ。皆とてもゆったりしていて気持ち良さそうだね」
「うにゅ。三巳と気が合いそうなんだよ」
「ははは、そうだね三巳」
そんな島民の住宅エリアを抜ければ急に建物は無くなります。
「人もいない」
島の中心に近付くとまた砂浜の割合が増え、そしてそこを歩く人は誰もいませんでした。
三巳はちょっぴし不安になりながらも、風を頼りに進みます。
(危険があるなら母ちゃんが父ちゃんをこの先に進ませる訳ない……よな。大丈夫。大丈夫。……多分)
たまにチラリと美女母の顔色を窺いながらも着いた先は海でした。
「あれ?また海に出た?」
真っ直ぐ歩いているつもりだった三巳は首を傾げます。
そして左右を確認して気が付きました。
「違う。これ丸い湖?でも潮の匂い?んうぅ?」
海だと思った水溜りの先には陸続きになっている島が見えたのです。そしてそのままグルリと回って三巳の元へ繋がっているのです。
そう。ドーナツ島の名はドーナツが名物なのでは無く、島の形が輪っか型のドーナツの形になっているからだったのです。
「ど、ドーナツ。食べれないんだよ……?」
気付いた三巳はショックで耳も尻尾もショゲショゲに垂れ下げてしまいます。
しかしガッカリな気持ちは、
ど―――――ん!
という何かが落下する音でスッパリと消えて無くなりました。それ程の音と衝撃波だったのです。
そして体を突き抜ける風は強さこそ違うものの確かにここまで追って来た風と同じでした。
「ふぎゃにゃ!?」
三巳は体も毛もビリビリさせて大の字で飛び上がりました。飛び上がりながら風を一身に浴びているので少し後ろに飛ばされ気味です。
「はわー……」
ストンと着地してワンコ座りになった三巳は、目の前の光景に口を開けて茫然自失になっています。
目の前の光景。それはドーナツ島の真ん中の湖の更に真ん中に突如巨大な穴が生まれていたのです。
深淵に向けて勢い良く落下する水はナイアガラそのものです。そしてその衝撃からなのか穴から湧き上がっているのか、風がビュウビュウと流れて来ています。
「凄い勢いで流れてるのに水が減ってない!?」
何より驚きなのが水位が全く変わっていない事です。
「あれ?穴が小さくなってく」
変わらない水位に驚いていれば今度は穴が小さくなっていき、そしてまたただの湖に戻ったのです。
「どーなってるん?」
あまりに非科学的な現象に、科学とかわからんちんな三巳でさえポカンとしています。
「さてねぇ。原因はわからないけれど、ドーナツ島では太古の昔から大穴が空いては閉じるを繰り返しているらしいよ」
ワンコ座りの三巳の隣で、腰を屈めたクロがクスクスと楽しそうに笑っています。
「父ちゃん知ってたん?」
「文献があるからね。何度か研究チームが組まれたらしいけれど、場所が遠くて小さな島で物資も乏しいという事で、長く続いた試しがないそうだよ」
「そっかー」
「三巳なら調べられるんじゃないかい?」
「んー。いーや。謎は謎のままのが面白いんだよ」
クロの問いに三巳は首を横に振って笑いました。
それより重要なのは今日のミッションが達成されたかどうかです。
これなら合格間違いなしと確信した三巳は、尻尾をパサパサ振りながら美女母を見上げました。
「まあ及第点はくれてやろう」
見下ろす美女母は教育ママの顔でニヤリと笑って言いました。
「やったー!」
合格した三巳は嬉しさに尻尾をはち切れんばかりに振って湖の周りを駆けずり回り遊び倒すのでした。
「本来であらば一見閉ざされし湖に何故"海水"があるのか観光案内までして然るべきであるのだがの」
「ふふ。愛しいひとも娘には甘いねぇ」
「クロ程ではないわ」
なお無邪気に遊ぶ三巳の後ろでは、見守る両親が夫婦の会話をしているのでした。




