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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
260/372

その春の香りに

 山では雛祭りの時期を過ぎ、空気に春らしさを感じられる季節になりました。


 「今年の冬はあったかかったなー」


 ぽかぽか陽気に照らされて、三巳が屋根の上でゴロンと横になっています。暖かい日が続いたので屋根に雪が積もっていないのです。


 『ふむ。今年の雛壇はギリギリであったのう』


 同じく屋根の上で日向ぼっこをしている母獣も雛祭りの日を思い出して言いました。たまに欠伸が出る位にまったりと緩み切った表情です。


 「うにゅ。あったか過ぎて雪がベチャベチャだったんだよ。折角冷やして凍らせても日中の太陽でまたベチャベチャになってたなー」


 あれは参ったと眉根を寄せる三巳に、母獣はクツクツと笑います。


 『最終的には肉屋と魚屋が氷結保存の魔法を掛けておったな』

 「うぬ。氷結保存なら肉屋と魚屋がピカ一なんだよ」


 何せ毎日使っているので専門家と言っても過言ではありません。

 三巳は自分のことの様に誇らしく胸を大きく張りました。とはいえ寝転がったままなので張ったようには見えませんが。

 母獣は目を細めて村を見下ろします。


 『そうさの』


 獣神が身近にあって、それでもそれに頼らず自分達で成し遂げていく山の民を母獣も好ましく思います。


 (ここならクロも長い時を過ごせるであろうな)


 母獣の夫として通常ではあり得ない長生きさんなクロは、神を信仰する様な国では長居し辛い傾向にあります。だからこそ落ち着ける場所を見つけ、母獣も安心して山に留まれているのです。


 『桜の時期になったらまた散歩にでも出ようかの』


 母獣の散歩は年単位で帰って来ない時があります。それをクロから聞いていた三巳は眉尻が下がってしまいました。


 「ちゃんと帰って来る?」

 『当たり前だ。我の帰る場所は常にクロのいる場所だからのう』


 つまりはクロがいる限り母獣は見失わないという事です。

 三巳は安心してニンマリと笑い、尻尾をわさりと1つ振りました。


 「うにゅ。三巳もいつか母ちゃんみたいにずっと一緒にいたい誰かに出会うのかなー」

 『さて。どうであろうな』


 今は全く身に覚えがない風の三巳に対し、母獣はさも可笑そうにニヤリと笑みを深めました。三巳が雄の匂いを強く残して帰って来たのは一度では無いと覚えています。それも同じ匂いをです。


 (バレンタインに雛祭り……のう。いかにも恋情を思わせるイベントよ。それを広めておいて自身は無自覚とは、何とも可笑しな子よの。

 まあ神生は長い故、気長に見守るかの。クロも寂しがるしのう)


 急にクツクツと笑いだした母獣を三巳が訝しみます。

 起き上がり、何か面白い話でもあるのかと聞こうとしたところで下からクロの声が聞こえてきました。


 「愛しいひとー、三巳ーご飯だよー」


 屋根から下を覗き込むと窓から顔を出したクロが呼んでいました。


 「うにゅ!ご飯!大事!」


 気になる事より食欲が勝った三巳はピョイと屋根から飛び降りて家の中へと入って行きました。

 残った母獣はクロの勘の良さに苦笑を漏らしています。

 同じく屋根から降りて中へと入ると、クロの耳元で言ってやります。


 『娘を嫁に出すのは嫌かえ?』


 それに対しクロはニコリと底知れぬ微笑みをたたえます。


 「愛しいひとと私の愛し子だよ?生半可な気持ちでは任せられない」


 いつもニコニコと優しい笑みをまとう草食系男子なクロですが、それだけで母獣の気持ちを射止めていない。そう思わせる口振りに、母獣は心を鷲掴みにされました。


 『ほんにクロは良い男よの』


 母獣がクロに鼻をスリスリと寄せれば、クロもその鼻にチュッとキスをします。


 「もー。母ちゃんも父ちゃんもイチャイチャはご飯の後にして欲しいんだよっ」


 それを見ていた三巳が食卓に座って箸を片手に抗議しました。先程からきゅーきゅーなるお腹がご飯の催促をしているのです。

 およそ大人らしく見えない今の三巳に、母獣もクロも顔を見合わせてクスリと笑いました。


 「さあ、ご飯にしよう。愛しいひと」

 『そうさの』


 この分じゃ三巳が恋に目覚めるまでまだまだ先は長そうだと、母獣は可笑しく思い、クロは安心するのでした。

誤字報告ありがとうございます。助かります。

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