父ちゃんの歌は心地良い
チクチク。チクチク。静かな室内に針が布を通す音が聞こえます。
音を作っているのはクロです。三巳の服を作っているクロです。
その後ろにのっしりと寝そべり尻尾でクロを囲う母獣がいます。
クロの前には三巳がうつ伏せで寝そべりじっとクロの動く手を見ています。
チクチク。チクチク。一定の音頭で針が通る音に、三巳の耳と尻尾が揺れています。
「うにゅぅぅ。何だかとっても眠たくなる音なんだよー」
三巳はウトウトしてきた様です。うつらうつらとして、時々ハッと目を見開き、そしてまたうつらうつらとしています。
「ふふふ。出来上がるまでまだまだ掛かるから寝ていて良いよ」
「にゅ……」
クロの細長い尻尾で頭をポンポンされた三巳は、ついにそのまま寝てしまいました。
目の前でぷうぷう寝息を立てる三巳の姿にクロもホッコリしています。
「愛し良い子ねんねしな♪夢見て冒険ねんねしな♪」
クロは優しい旋律で歌い始めました。
チクチク。チクチク。手は服を縫い。
ポンポン。ポンポン。尻尾は三巳を優しく寝かせ。
慈愛の歌が部屋をより温かみのある空間を作っています。
三巳は心地良い歌を聞きながら夢を見ました。
~~三巳の夢の中~~
にゅ。うにゅう。ここ、何処だ?
三巳は。三巳は父ちゃんに寝てて良いよって言われてて。何で白い霧の中にいるんだ?でも父ちゃんの歌声が空から聞こえて気持ち良いんだよ。
あ。そうか。夢の中だ。
三巳夢の中にいるんだよ。
霧の夢?あ。晴れてきた。
あれ?ホントにここ何処?三巳知らないんだよ。
谷みたいな所で、おっきな風車がいくつもある。建物もあるけど多分ここ雪国じゃないな。建て方が積もるの想定されてないし。ポツポツってある建物や風車の周りは麦畑で金色の水面みたいで綺麗なんだよ。
あ、父ちゃんみたいな人達がいる。猫の獣人の村なのかな。
三毛猫にロシアンブルーにあれはメイクーン……だったかな?毛の長い猫の獣人。色んな種の猫達がいるなー。
ちょっとお話してみたいなー。
ねーちょっとそこの人ーってあれ?あれれ?声が出ないよ?それに体が勝手に動いてる!
三巳ってばどうなっちゃったんだろ!
景色が勝手に動いて、でも村の中を歩いて色んな人と会話してる。勿論話してるのは三巳じゃないのに三巳なんだ。
これってきっと誰かの目線かも。だとしたら父ちゃんかな?
あ!黒い猫尻尾が見えた!三巳の尻尾が黒い猫尻尾になってる!
やっぱしこの体父ちゃんだ!
わーっ、父ちゃんの目線高いなぁー。凄いなぁー。三巳もこれ位大っきくなれるかなー?
にゅふふー♪三巳ってば父ちゃんにお話聞く前に父ちゃんの生まれた国知っちゃった!
起きたら勝手に見てごめんねって言わないとね。
でも今はもうちょっと父ちゃんの生まれた国を見せてね。
気持ちの良い風が吹く谷の村なんだよ。いつか連れてって欲しいな。
んにゅ?あれ?あれれ?あれってもしかして……。
「にゅは!」
「三巳!?」
「危なかったんだよ。流石に母ちゃんとの馴れ初めを勝手に見るのは良くないと思うんだよ」
「???大丈夫かい?三巳?」
「んにゅ?にゅ!大丈夫!ちょっと夢で父ちゃんの生まれた国見てただけ」
「おやまあ恥ずかしいねぇ。お歌に乗って心が繋がったんだね」
流石は獣神を嫁に持つクロです。三巳がクロの心に同期した事は普通に受け止めています。
恥ずかしそうに尻尾をくねらせるクロに、いつの間にか起きていた母獣がくつくつと笑います。
『あそこは良き場であったな。クロを産み、クロを育み、我と引き合わせてくれた場よ。今はクロの知り合いもいない故、帰ってはおらなんだが……。ふむ、三巳にとっては親の実家であるな』
「そうだねぇ。ちっとも帰っていやしなかったけれど、一度三巳を連れて帰ってみるのも良いね」
「父ちゃんの!実家!行きたい!行こう!」
田舎のばっちゃはいないけれど、それでも両親と一緒ならきっとそこはとても居心地の良い場所だと三巳は思いを馳せるのでした。




