篩の森の入り口で
ウィンブルドン領へと続く道は篩の森を避けて通っています。けれども見える範囲に森は有るので貴重な素材を求めて冒険者や盗掘家がそれなりに入ってきます。
「くそっ!また戻っちまった!どうなってやがんだ!」
悪態をつくのは勿論山の民ではありません。なんならウィンブルドンの民でもリファラの民でもありません。
「この山にレア素材が眠ってるって噂なのに奥に行けやしねぇ」
人相の悪そうな人達は固められた地面を蹴りました。
「道が出来てるから来てみりゃ結局入れやしねぇぞ。誰がこんな紛らわしい道作りやがったんだ」
そうです。森には一本の道と思しきものが出来ていました。
「何処かの阿呆が軍隊連れて来たんじゃねえか?道っつっても固められて草が生えなくなってるだけだしよ」
「くそっ!結局入れねぇんじゃ意味ねぇぞ!止めだ止め!帰るぞ!」
「おー、だな。帰るべ」
騒ぐだけ騒いだ人達が諦めて帰った後。誰もいなくなった道らしき場所に集まる姿がありました。
「きゅい。きゅいきゅいきゅきゅ」
「もぐぅ、もぐもーもぐぅぐー」
小さな動物達です。
リスやモグラや小鳥まで、様々な種類の動物達が会話をしています。
「ほけっ。ほーほけきょーきょきょ」
そして小鳥が何かを言うと翼を広げて飛び立ちます。残った動物達はそれを見届けてから其々の住処へと帰って行きました。
飛び立った小鳥はスイスイススイと空高く飛んでいます。普通なら飛んでいるところをモンスターに食べられてしまいそうですがそうはなりません。
『三巳の臨時神使か』
『入り口で動きがあったのね』
モンスター達はお行儀良く見送っています。
そんな視線を浴びて悠々と飛ぶ小鳥はスーッと下降していきます。下降先は山の民の住む村の外れです。
温室のある場所に降りていき、そしてそのまま中へと入って行きました。
中では三巳がブドウを一房採って食べています。
「けきょっ」
「んー?おー、ウグウグいらっしゃい」
「きょーほけっ」
「おん?ほー、そうかーありがとなー」
小鳥は三巳の肩に止まって一生懸命に何かを伝えています。
三巳はそれにニコリと返してブドウを一粒あげました。
「他の皆も食べるかな?一房持ってくかー?」
「ほけー!」
「おー。そうかそうか嬉しいかー。それじゃあ一等良いのをあげようなー」
元気よく羽をばたつかせる小鳥に三巳はカラカラ笑って新しくブドウを採って渡してあげます。
小鳥は上手に足で掴むとそのまま来た方向へと帰って行きました。
「うーにゅ。どうやら上手くいきそうだなー。ロウ村長に報告するんだよ」
三巳は小鳥を見送ってからいそいそと出掛けて行きます。行先はロウ村長の家です。おみやげにブドウを持っています。
「おや。三巳お出掛けかい?」
「うぬ。ロウ村長の所に行ってくるんだよ」
「遅くならないうちに帰っておいで」
「はーい。行ってきます父ちゃん」
「はい。いってらっしゃい」
クロに行先を告げたらいざ出発です。村の中心部にあるロウ村長の家にブドウが美味しいうちにお届けです。
「こんにちわー」
「あらいらっしゃい。あの人なら茶の間にいるわ」
玄関から声を掛けて出てきてくれたのは奥さんです。ニコニコとしながら三巳を中へと通します。ここに来るのは大抵ロウ村長に用事の時なので直ぐに居場所を教えています。
「うぬ。お邪魔するんだよ」
三巳も三巳とて勝手知ったる山の民の家です。軽い足取りで1人で茶の間に入っていきます。
「こんちわー」
「おお。三巳か。ちょっと待ってくれ、今片付ける」
「んにゅ?別にそのままでも良いんだよ。それって冒険者時代の道具だろ?懐かしいなー」
「うむ。久し振りに見た外の世界は中々に心躍るものだった」
鷹揚に頷くロウ村長。その時丁度茶の間の入り口に奥さんが顔を出しました。
「独りで急にいなくならないでくださいね?」
「う、うむ。わかっておる」
奥さんの言葉使いと所作だけは優しく丁寧なものでしたが、その目の奥が笑っていなかったのでロウ村長は大仰に頷きました。
そんな夫婦の会話を生暖かく見守っていた三巳ですが、手に持つブドウを見て今日来た理由を思い出しました。
「いかん。忘れるとこだったんだよ。これお土産だから皆で食べてなー」
「ん?それを届ける為にわざわざ来てくれたのか?」
「んにゅ?おおっ。そうだったそうだった。ウグウグから報告が来たからその報告に来たんだよ」
「ウグウグというと臨時偵察隊の伝書役だったか」
「うにゅ。どうやら問題なさそうなんだよ」
三巳がブドウを奥さんに渡しつつ言うと、ロウ村長はニヤリと悪戯が成功した子の様に笑います。
「それは上々。よし、このまま道の製作に取り掛かるぞ」
「あらまあ。それじゃあ到頭村までの道が作られるのねぇ」
「ああ。これから忙しくなる。フォローを頼むぞ」
「ええ。任せてくださいな」
「ありがとう三巳。人族のことなのにここまでして貰って感謝が費えんな」
「んにゃ。三巳は森の動物達にお願いしただけなんだよ。応えてくれたのは一重にリリの人徳なんだよ」
「そうだな。あの子は本当に得難い存在だ。我々も彼女と、その故郷のリファラの民達との関係を大切にしていこう」
ロウ村長は力強く言い、直ぐに会合を開く準備を始めました。
その様子を三巳は眩しそうに眺めています。
(三巳が恐れて避けてきた物事を、皆が助けて一緒に歩んでくれる。
ああ。だから人間も捨てたもんじゃないって、そう思えるんだよ……)
山の民がいなければ三巳の山は今もなお人を寄せ付けない孤高の山となっていたかもしれません。
けれども現実には今、山には山の民達がいて、三巳の世界に惹かれたモンスターや動物達がいます。
三巳は皆が傍にいるこのスローライフをとても愛おしく感じるのでした。




