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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
209/372

ライオーガとの出会い

 『ライオーガだ』


 それはモンスターなライオンから発せられた言葉です。

 脳内に直接響いたよく通る良い声に、三巳は耳をシビビと真っ直ぐ真上に立てて、


 「ほああああーっ」


 と吐息が漏れる勢いを隠しもせずに目をキラキラさせています。

 ライオン改めライオーガは三巳を咥えたまま踵を返して崖から離れます。

 勿論その間の三巳は首根っこ捕まえられた子猫の格好でプランプランと揺れています。でも視線はライオーガに釘付けです。

 ライオーガは安全地帯に三巳を降ろすと崖側を陣取りドッシリと体を地面に降ろして楽な姿勢で三巳を見ました。その目は存外力強くて、普通の人が見られたなら恐怖で竦み上がってしまうでしょう。


 「ほああああーっ」


 けれども三巳は怖くありません。寧ろその王者然とした姿が格好良くて一瞬でライオーガが大好きになりました。

 一方のライオーガは尻尾を一度地面にピシリと打つと、フッとした笑みを口元に浮かべました。その笑い方も格好良くて、三巳はキラキラの目が止まらず溢れ出してしまいます。


 「んにゅおー!凄い!迫力!格好良いんだよ!大人の魅力なんだよ!」


 三巳は両手をバッシバッシのブンブンに振り回して興奮冷めやりません。

 その様子が然も可笑しくて、ライオーガは『クッ』と軽い笑い声を漏らしました。


 『成神したてでも神は神か。俺が怖くないのかね』

 「んにゅう?ラオ君はかっちょいーんだよ!」


 眇められた目に、しかし三巳は小首を傾げてからニパッと快活な笑みを見せました。

 それにライオーガをさらに改めてラオ君はクツクツと笑います。


 『そりゃどーも。あと、俺の名前はレオな』

 「んにょ?獣型で名前あるの珍しーんだよ」

 『みたいだな。俺にとっちゃ当たり前の事なんだがねぇ』

 「母ちゃんが付けてくれたのか?」

 『いんや、俺は孤児でな。偶々運良く力有る者に拾われて育てられた。名前はその育ての親が付けてくれたのさ』

 「んにゅ。初めましてなのに込み入った事聞いちゃったんだよ。ごめんなさい」

 『ははっ。別に此処じゃ孤児なんて当たり前だ。気にする様なこっちゃないさ』


 ジャングルは弱肉強食が特に強いので弱いと直ぐにご飯にされてしまいます。三巳も知識としては知っていましたが今初めて本当に理解した気がしました。


 (聞くと見るとじゃ大違い。本当に三巳はまだまだ経験不足なんだなー)


 三巳は己の稚拙さを恥じます。相手に失礼だと思うから視線は逸らさないけれど、尻尾は所在無さ気に揺れています。


 『っふ。成る程な。その分じゃ命を粗末にしたかった訳じゃなさそうだ』


 ムニムニと複雑に動かす三巳の顔を見ていたレオは、安堵の笑みを目元に浮かべて腰を浮かせました。

 最初は何を言っているのかわからなかった三巳ですが、ポクポクポクチーン位の間を持って理解すると、耳と尻尾の毛をブワッと膨らませます。


 「違うんだよ!?三巳はナイアガラを下から見たかったんだよ!?」


 驚き慌てて首を横にブンブン振って否定を示すと、レオはクツクツと笑って口元をニヤリとさせました。


 『知らねえようだから教えとく。その下は魔力の爆流やらそれで削られた岩石やらで神族でも大分痛いらしいぜ』


 のそりと動き出したレオは言うだけ言うと背を向けて去ろうとします。しかし後ろ脚をガッシリ掴まれて止まりました。


 「ラオ君この辺詳しいのか?」


 レオが振り向いて見たのは期待の眼差しでキラキラを放つ三巳でした。

 レオは


 (面倒そうな奴に関わっちまったかね)


 と思いました。しかし元々面倒見が良いのでしょう。一つ嘆息すると改めて三巳に向き直りました。


 『まあ地元だからな。それと俺はレオだ』

 「んにゅ!三巳は三巳なんだよ!ラオ君!」


 元気いっぱいに片手を上げてご挨拶する三巳に、レオは


 (もうこいつの中じゃ俺はラオになってんのか)


 と心の中で頭を抱えて呼び名に関しては諦めました。


 「ラオ君はかっちょいーから名前で呼ぶのはなんだか照れちゃうんだよ」


 けれども三巳はちゃんとレオの言いたい事がわかっていました。


 (俺が恰好良いねぇ。悪い気はしねえが、ふむ。ま、そういうもんなのかね)


 レオは取り敢えず納得すると、


 『で?三巳は俺にジャングル(ここ)を案内して欲しいのか』


 と聞きました。

 それに三巳はなんだかちょっぴし照れてしまいます。


 (うにゅぅ。名前言われただけなのに……。ラオ君は今まで会った中で一番かっちょいーからなのかな)


 イケメンに名前を呼ばれた乙女な心境を、まさか今更味わうとは思わなかった三巳です。いくらわんぱく少年な言動や行動をしていても、三巳自身は良い年した大人の女性のつもりでいたからビックリです。


 『おい。聞いてるのか』

 「んにゅお!聞いてるんだよ!そーなんだよ!三巳はグランに行きたいんだよ!」


 半眼で詰め寄られた三巳はビビッと耳と尻尾を立てて慌てて答えました。


 『グラン?おいおい、そりゃ方向が逆だぜ。

 はー……。わーったよ、付いて来な。案内してやる』


 ジャングルは素人には迷い易いです。三巳なら何となくで結局辿り着けそうですが、勿論初めましてなレオにはそれはわかりません。


 「ありがとうーっ助かるんだよ!」


 こうして面倒見が良いレオに連れられて……。


 『そんじゃ俺の背に乗んな』

 「にゅお!?」


 いえ、乗せられて三巳は一路グランへ向けて進むのでした。


 イケメンの背に乗る=イケメンにおんぶされてる状態に感じた三巳が更に照れてしまうのは、レオにはわからないのでした。

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