チョコ食べる日
「今日は父ちゃん立ち入り禁止な」
朝もご飯を食べ終えたとある日の朝の事です。
食器も洗い終わってそれじゃあ愛娘とまったり遊ぼうと思っていたクロが、微笑みを張り付かせたまま雷に打たれました。
「な、なん……どう……」
分かり易く動揺するクロに、三巳はニカリと笑います。
「父ちゃんは男だから立ち入り禁止なんだよ。今日のキッチンは男子禁制!」
どうやら嫌われた訳では無さそうだとホッとしたクロですが、男子禁制の意味がわかりません。
オロオロするクロに、母獣がそっと嘆息して寄り添いました。
『女には男に秘密にしたい事の一つや二つあるものよ。父ならば応えてやるのも良かろう。なあ?クロよ』
「そうだね愛しい人。……そうか、三巳もお年頃なんだねぇ」
ちょっぴし寂しそうなクロでしたが、三巳の為に後ろ髪引かれながらもそっとその場を後にしました。
はてさて母獣に連れられて温室へ行ったクロに安堵した三巳です。ムフンと気合を入れて腕捲りをしました。
「いっぱい作んないとだからな。今日の三巳は忙しいんだよ」
片手に木のボウル。片手に木ベラ。そしてお腹にエプロンをした三巳は珍しく三つ編みにして髪を纏めていました。
「先ずは湯煎!」
そう言ってボウルに刻んだチョコを入れて、お湯を張った更に大きいボウルに浮かせます。
そうです。今日はバレンタイン前日です。三巳曰く、待ちに待った皆でチョコ食べる日は明日に迫っていました。
「溶け溶け溶かし〜♪ぐるぐる溶かし〜♪」
楽しく歌を歌いながら溶かして、甘いの好きから苦手な人まで美味しく食べられる様に甘さを調節していきます。
「溶けた!混ざった!味も良し!
ぬっふっふ〜そしたらそしたら〜……じゃじゃーん!アーモンドに胡桃にビスケット!これをチョコに浸けてコーティング♪」
溶けたチョコに次々と木の実やお菓子を投入して、全体がチョコに包まれた物から取り出して蓋を閉められるタイプのトレーに乗せていきます。
「よし、それじゃあこれを……」
全てのトレーが埋まったのを確認した三巳は、その上に蓋をして外へと持って行きました。そして予め作っていた雪棚に並べていきます。綺麗に並べ終わるともう一度良く確認して、ニンマリ笑みを深めます。
「ぬふ〜。あとは寝て待つだけなんだよ」
そう言って誰かに見られない様に雪の壁を作って目隠ししました。
後はキッチンを片付けてクロに気付かれない様に換気したら今日の任務は完了です。
だってどうせならサプライズで渡したいですもんね。
その後は母獣とイチャラブしていたクロに思いっきり甘えてクロの相好をデロデロに崩して楽しみました。
明くる日。バレンタイン当日です。
三巳は朝も早くから大忙しでした。誰にも気付かれない内に全てをラッピングするという最後の仕事が残っていたからです。
「うぬ!父ちゃんが起きた気配がするんだよっ」
耳をピクリとそよがせて、抜き足差し足忍び足でクロの元へと向かいます。勿論その手にはクロ用に可愛くラッピングされたチョコがあります。
キッチン手前でヒョコリと顔を出した三巳は、朝ご飯を作っているクロの背中を見てちょっぴし気恥ずかしくなりました。両手で持ったチョコを背中に隠してもじもじしちゃいます。
「父ちゃん……」
ドキドキしていて呼び声も心持ち小さいです。
「どうしたんだい?三巳」
お玉を片手にエプロン付けたクロが振り返ります。ふわりとした柔らかい微笑みは慈愛が篭っています。
三巳は改めて親の愛を感じ、ピャアッと耳と尻尾の毛を緊張で膨らませました。
娘のいつもと違う雰囲気を勿論クロは気付きました。けれども三巳が自分から言い出すまでじっと微笑みを浮かべて待ちました。
「うぁああの……あのな……?んとな……?」
もじもじと足を動かす三巳の尻尾がウロウロと動いて落ち着きがありません。
「うん?」
クロは少し屈み、ニコニコしながら三巳と視線を合わせます。
お料理中なのに急かすでもなく待ってくれてるクロに、三己は一度ギュッと目を瞑って心を落ち着かせます。そしてドキドキしながらもゆっくりと手に持ったチョコをクロの前に持って行きました。
「あのな?今日はバレンタインデーでな?バレンタインデーって大好きな人にチョコをプレゼントするんだよ。だから三巳は父ちゃんにチョコあげるんだよ!」
最後は勢い良く言い切って、「はいっ」とチョコを手渡せました。三巳は達成感でふぃーっと緊張の汗を拭います。
クロは始めは何なのか理解出来ませんでした。しかし大好きという言葉と共に渡されたチョコレートに、ジーンと感動して目に涙を浮かべます。そして渡されたチョコをギュッと握りました。
「ありがとう三巳」
とっても喜んだクロは喉をゴロゴロ鳴らし、三巳の耳に自分の耳をグリグリ擦り合わせます。
喜んで貰えた三巳はニコッとしてグリグリをし返しました。
『良かったのぅクロ。しかし三巳よ。我には無いのかえ?』
そこへ一部始終を影から見守っていた母獣がのしのしとやって来て三巳の頭の毛をグルーミングします。
「勿論あるんだよ!」
パッと顔を上げた三巳はその勢いのままに母獣の胸の毛に顔を埋めます。そうして手渡す……のは獣脚には無理なので、これが母ちゃんの分だと母獣の犬歯にラッピングの紐を引っ掛けました。
『ありがとう三巳。バレンタインデーとは良き日だの』
尻尾を振って喜ぶ母獣です。
「そうだね愛しい人。来年は私からも作らせておくれ」
『それは楽しみよのう。では我も……』
「母ちゃんは食べるの専門な!」
「愛しい人からはいつも幸せを貰ってばかりだからね。この日は私と三巳に頑張らせておくれ」
珍しく料理にやる気を見せる母獣でしたが、間髪入れずに満面の笑顔の2人に言われ渋々頷きました。2人の目が笑ってな……とっても真剣だったから了承したのです。
なお、この後三巳は村中にチョコを配って歩き、皆でチョコ食べる日を実現出来てご満悦に尻尾を振るのでした。




