回復魔法講座実施中につき。
「前に言った通り、三巳はまだ修行中の身だ。
少しずつゆっくり目立たないトコからやるからな」
耳と尻尾をピーンと立てて、三巳は真剣です。
「儂が出来れば良いんじゃがのー」
横でロキ医師が申し訳なさそうに椅子に座って事の成り行きを見守っています。
「仕方ないわ。
ご年配の方は魔法の力が弱くなるもの。
重篤な患者さんが来たら大変だから温存しなくちゃ」
リリはなんて事無い様子で首を横に振りました。
「それに傷跡は諦めていたの。
だから残っても大丈夫よ。
ここの人達は見た目で酷い事しないもの」
火傷で爛れた顔で柔らかく笑むリリに、三巳とロキ医師はジーンと感動して目尻が潤みます。
「絶対絶対綺麗にしてみせるからなっ」
三巳は感動のあまり、リリの手を両手でぎゅうっと握り宣言しました。
「ありがとう」
リリも嬉しくて三巳の手を握り返しました。
「それじゃ手始めに背中の火傷からな」
「宜しくお願します」
三巳は無い袖を腕捲りして、リリはペコリとお辞儀をしてから衣服を脱いで寝台に横になります。
毎日治療の為に見ている光景ですが、何度見ても柔肌に付いた痛々しい傷跡に哀しみと憤りで「うー」と唸りたくなります。
リリが気にするので唸りませんが。
「爛れを正常な肌に戻すのは、こうして、こう……リリ、違和感無いか?」
「大丈夫よ。寧ろ三巳の魔法が心地良いわ」
安心し気持ち良さそうに弛緩しているリリに気を良くして、リリの背の様子を探る様にしながら両手に発動している修復魔法を施して行きます。
「あ~気持ちい~」
三巳の魔法にリリはどんどん恍惚として来ました。
「うにゅー、どうしても三巳がやると皆可笑しな気になるなー」
「本来なら違和感を感じても気持ち良くならんからのぅ」
釈然としない三巳に、ロキ医師が面白そうに「ほっほ」と笑い言いました。
三巳は納得出来ない様子で「むー」とムクれます。
「気持ちいーのはだめなの?」
リリが舌ったらずに尋ねますが、その様子は良いとは言えない状態です。
少なくとも健康的な男性は立ち入り禁止です。
ロキ医師は医師だから平気ですが。
「……。
やり方変えよう。
こうやって、この、こう……どうだ?」
「うくっ、ふふふ。こしょばゆいわ」
今度は体を震わせて笑い出してしまいました。
震えられては上手く力を行使出来ません。
困った三巳は一旦魔法を止めました。
「むー、自分の体で試せないの擬かしいな」
両手を見つめて嘆息します。
「そうさのぅ、体は一個一個の小さな小さな細胞達の集まりなんじゃ。
全体を見るのも勿論大事じゃがの。
個々の細胞達にも個性があろうよ」
ロキ医師のアドバイスに、三巳は前世でTVで見た家庭の医学的な物を思い出しました。
その番組は個々の細胞や細菌、血球などを役者さんが演じて分かり易く、面白く学べる物でした。
(あんな感じかな?ちと語り掛けれないかな)
三巳は思い付きで細胞達に魔力を通して語り掛ける事にしました。
「おお、なんか、すんごい感じだ」
するとどうでしょう。
小さな小さな細胞達が「こうなりたい」「こうが良い」という意思の様なものを感じ取ることが出来ました。
勿論本当に意思がある訳では無いのであくまでイメージ映像ですが。
「だとしたら、こうして、こう、か?
どうだリリ」
「大丈夫、なんとも無いわ」
大成功です。
思わず小躍りして喜びたくなりますが、今は治療が先です。
俄然ヤル気に満ちて、三巳は次々と火傷の跡を治していきました。
どうやらコツは既に自分の物にした様です。
「よし、後は顔やったら終わりだぞ」
顔は女の子にとって最も重要と言える箇所でしょう。
絶対の自信と腕で以って挑みたかった三巳は最後の最後に取っておいたのです。
「目は閉じとけ」
リリは三巳の指示に素直に従って目を閉じました。
そうして三巳は徐に最期の最期の大仕事に掛かります。
額を治し、ほほを治し、鼻を治し、そして瞼を治しました。
果たして現れたのはとっても可愛らしい美少女でした。
三巳も可愛いらしい少女ですが、無邪気系の三巳と違い、薄幸の美少女です。
今は日に焼けた健康的な肌色ですが、元は白肌だったろう事が伺われます。
「おし、治ったぞ。鏡で確認してくれ」
三巳も(美少女だなー)と思いながら手鏡を手渡します。
リリは手鏡を受け取り自らの顔を覗き込みます。
暫く矯めつ眇めつ覗いて、そしてつぅっと堪え切れなかった雫が頬をつたりました。
やはり女の子です。諦めていてもやはり傷なんてない方が良いでしょう。
綺麗になった自分の顔を片手でぺたぺた触って確かめます。どこも変ではありません。それがまた嬉しくなします。
「ふふ。変な顔……」
鏡に映る止まらない泣き笑いを見て、可笑しそうに嬉しそうに暫くの間涙を拭いながら鏡を見ていました。
(あれから随分と時がたったけど……私、こんなにお母様にそっくりに育ってたんだ)
どうやら嬉しかったのは綺麗になったからだけでは無かった様です。
鏡に映る自分の姿を母親と重ねて、郷愁の念の為でもあったのです。
こうしてすっかり元気になったリリは、本人のたっての希望が快く受け入れられて、正式に村の一員になりました。




