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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
15/372

あれの時期がやってきた。

 春も中盤に差し掛かり、もう直ぐ初夏の訪れが来る頃。村では山の民達がソワソワし始めます。


 「そろそろアレが食べれる時期だね」

 「本当。あれは中々扱いが制限されてるからね」

 「まあ、制限しないと狩り尽くしちゃう位美味しいからね」

 「狩り尽くすと来年生えて来なくなるし」

 「そうそう。ご先祖達が1回それやって、三巳に大目玉食らったって伝説に残ってるし」

 「あはは。未だに語り継がれる辺り、笑い話で済んで良かったよ」

 「そうじゃ無かったら、今頃私達はアレが食べれなかった。本当に三巳には感謝だよ」

 「いやいや。そうなっていたら、流石にこの山から追い出されていたんじゃないかい?」

 「「「ありえる~」」」

 

 彼方此方の井戸端会議で奥様方が、盛り上がっています。

 

 「いや、三巳もまさかそんなに繁殖が難しい物だって知らなかったからな。

 あの時は御相子だから追い出したりしないよ。

 教訓にはしたけど」


 たまたま通り掛かった三巳は、聞こえてきた話に混ざりに行きました。

 その顔は過去を思い出して、苦虫を潰しています。

 よっぽど悔しかったのでしょう。尻尾が不機嫌に揺れて地面をパシパシ掃いています。


 「おや。三巳にも知らない事があったんだねぇ」


 いつもの快活な三巳との違いに驚いて、奥様方が面白そうに首を傾げています。


 「知らない事ばっかだぞ。

 医療行為だって、最近ロキ医師に習い始めたばかりだし」

 「あらだってそれは、三巳には必要ない事だもの。仕方ないんじゃないかしら」


 病気も怪我もしない三巳を思って、奥様方や偶々通り掛かって話が聞こえて来ていた山の民達がうんうんと頷きます。


 「でも、この前みたいな時に何も出来ないのもどかしいからな」


 岩に挟まれて怪我をしたロンを思い出し、三巳は口を尖らせて地面をグリグリと足の先で穿ります。


 「あの人の怪我は自業自得よ?

 でも気にしてくれてありがとう」


 三巳の優しさに嬉しくなったロンの奥さんは、障り心地の良い三巳の頭をナデナデ撫でて宥めました。


 「うん」


 三巳も機嫌を直して笑います。眉はまだ下がったままですが。


 「それより今年はどんな塩梅だい?」


 ロンの奥さんが気を取り直して、先程の話を戻しました。


 「うん。昨日確認してきた。良い感じだ。

 でも今年は熊が近くに降りて来てる。

 三巳がいるとはいえ、モンスターより神の気配に疎いし冬眠明けで腹も空かしてるだろ。

 今年は腕に覚え有る者で構成する」


 三巳の齎した情報に、辺りは騒然とします。

 それはそうでしょう。熊は人を襲います。そして三巳は人間を守る神様ではありません。

 熊も人間と同等に扱います。不用心で襲われた者を助ける程甘い話では無いのです。

 そして山の民達はそれを良く理解しています。

 ご先祖様から受け継がれた、三巳信仰百か条に載っていて小さい頃からよ~く教わっているのです。

 尤も、そうは言っても三巳も前世は人の子です。

 助言をしたり、連れ添ったり。そういうちょっとした手助けはご愛敬という所でしょう。


 「それじゃ、今年はロイドとロジン、ミレイ辺りだね」

 「子供達はどうする。楽しみにしてたろう」

 「今年はお預け……いやロダならミレイに匹敵してる。行けるんじゃないか?」


 奥様の話を聞きながら、三巳もそうだな~と村中の顔を思い浮かべます。

 確かにロダ、リリを見つけた少年達のリーダーなら行けるかな。そう考えて、他の顔ぶれも次々思い浮かべていきます。

 

 「うん。彼らを候補としてロウ村長に話してみるよ」


 そう言って三巳は村長のいる邸宅へ足を運びました。

 いくら三巳が神様だとしても、人間には人間のルールがあります。

 それを纏めるのが村長です。

 三巳はあくまで山の主でしかないのです。口出しは結構していますけれど。

 「だってご飯は美味しい方が良い」というのが三巳の言い分ですが。

 兎にも角にも三巳はロウ村長の元でミーティングです。


 結局奥様方の推測の通りの人選になりました。

 決行は明日です。この日は診療所に戻って鋭気を養います。


 「お帰り三巳」


 診療所ではもうすっかり元気に歩き回るリリが笑顔で出迎えてくれます。

 そして必ず頭と耳の付け根をナデナデしてくれます。

 リリのナデナデは極上の気持ち良さです。

 飼い犬のネルビーで鍛えられた技が炸裂しています。

 お陰で三巳は恍惚とした表情で夢見心地です。


 「これこれ、リリや。その辺にしておあげ。

 三巳が腰砕けになりそうじゃよ」


 寸での所で「ほっほっほ」と楽しそうに笑うロキ医師に止められて、リリは我に返りました。

 極上のもふもふで恍惚としていたのはリリも同じでした。


 「ありがと~。助かったよロキ医師」

 「何の何の。お安い御用じゃよ」

 「面目御座いません~」


 上気した体でふらよれになる三巳は、テーブルに両手を突いて体を支えます。

 リリは申し訳なさそうに小さくなって謝ります。

 これを最近毎日繰り返すのは、学習しないのか、それでも止められないパトスなのか。

 お互い嫌では無いので余計に止められない衝動なのでしょう。


 「ほっほ。それで三巳や。ロウ村長殿とは話して来たのじゃろう」

 「うん。明日4人連れてく」

 「ほ?それは又慎重じゃの。熊が出おったか」

 「うんそう。だから今年は余計に量が少ないから大事に食べよう」


 ロキ医師は三巳を椅子に座らせてやり、リリにも椅子を勧めて自らも席に着いた。

 リリは先程から意味が判らないがワクワクしている逸る気持ちを2人から感じ取り、不思議そうに首を傾げた。


 「何の話をしているの?」


 リリの疑問に三巳とロキ医師はキョトンとした顔を見合わせます。

 そしてにんまりとした、だらしのない笑みをリリに向けました。



 「「竹の子狩り」」

 「だよ」

 「じゃよ」


 語尾以外綺麗にハモりました。

 この時期に山の上に生える姫竹の子は山の民にとって1年に1回の贅沢品なのです。


誤字報告ありがとうございます!助かります!

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