ベビーラッシュ
暖かくなって餌が豊富になる頃。村ではベビーラッシュが起きていました。
毎日、という程頻繁では有りませんが、だからこそ出産の兆しが見えると村は少しざわつきます。
「こりゃぁ、今日あたり来るかもしんねぇな」
「ああ。お前さんとこの、そろそろだったか」
そんな山の民達の会話は自然と村全体に入ります。
勿論今日も今日とて診療所で朝を迎えた三巳の耳にも入って来ました。
「ここでは皆で出産をお祝いしているのね」
リリの耳にも入ってきた情報にベッドに腰掛けてほっこりします。
「皆、て程皆じゃないけどな。
子供達には一大イベントになってるな」
にゃはは。と笑う三巳に、リリは首を傾げます。
「そりゃ御目出度い話だけど。なんで子供達限定?大人達は?」
「大人達は其々仕事してるからな。
それに今更赤ちゃん見て大はしゃぎする年でも無いんだろ」
確実に山の民より年を取っている三巳ですが、神界では見た目通りのお子様仕様なので子供達に混ざってはしゃぐ予定です。
「確かに他所のお子様の為に仕事を休む人はいないわよね」
リリは大人の事情を鑑みて納得します。
しかしそれに三巳は不思議そうに首を傾げました。
「ん?山羊の赤ちゃんを丁寧に呼ぶんだな」
「え?山羊?人の赤ちゃんじゃ無いの?」
どうやらリリは勘違いをしていた様です。
いくら何でも人様の子は、特に小さな村では毎年人間のベビーラッシュは起きません。
「直近で生まれる予定の子はいないな」
「そう、勘違いしてたわ」
三巳は座っている椅子を両手で掴み、両足をパタパタさせて思考し、そして答えました。
その答えに耳を赤く染めて、素直に勘違いを認めました。
そんなリリに軽くニカッと笑い「そんな事もあるさ」と話を進めます。
恥ずかしいと思っている話は為るべく避けて、楽しい話をした方が良いだろうという判断です。
「リハビリがてら見に行くか?」
本来なら顔にも火傷の跡がある年頃の少女を外に連れ歩くのも酷な事でしょう。
しかし小さな村の事です。
山の民は皆リリの事を1回はお見舞いに来ていて知っているので、人目を気にするのは今更遅い話です。
「外に出ても良いの?」
リリも今更気にする事でも無かったので、見た目の醜さは意に介さずに素直に喜びます。
「ロキ医師に外出許可もぎ取ってくる」
悪戯っ子の笑みで椅子からピョンっと立ち上がる三巳に、リリも立ち上がって三巳を制止する為に袖を掴みます。
「私の事だもの。私もお願いしに行くわ」
絶対にもぎ取る決意を表情に乗せて、三巳に頷きます。
可愛い赤ちゃんは、それももふもふの赤ちゃんならそれは見たい事でしょう。
ロキ医師がドン引く勢いで外出許可をもぎ取った二人は、仲良く手を繋いで件の母山羊の元へ向かいました。
向かう途中ではリリを見た山の民達が、親し気に話しかけてくれます。
「おや、もうそんなに歩ける様になったんだね。良かったねぇ」
「病み上がりだろう。あまり無理しない様にね」
「途中でお腹空いたら食べると良い」
仕舞には擦れ違う人達があれやこれやと色々持たせてくれます。
お陰で三巳の両腕もリリの両腕も抱えた食べ物が溢れ返りそうです。
但し、リリは現在進行形で治療中の体なので重たい物は持たせない辺り、大人の気遣いを感じさせます。
三巳には情け容赦なく積み上げて行きましたが。三巳は前が見えない状態で喜びます。
前が見えなくても気配で前方が判るので無問題です。
貰った物を落とさない様に慎重に進み、そうこうしている内に山羊の小山までやってきました。
小屋の前には小さな人だかりが出来ています。
ちびっ子から少年少女まで、皆大人しく、固唾を飲んで中を覗いています。
「もしかしてあの子がそうかな」
子供達に併せて小屋の入り口からコッソリ顔を覗かせて、リリは尋ねます。
流石に前が見えないまま答えるのもどうかと思うので、一旦荷物は降ろしてリリの後ろから同じ様にコッソリ中を覗きます。
「ん。そうだな。
あの様子だともう生まれそうだぞ」
「判るの?」
「ああ、三巳の耳は獣耳だからかな。陣痛でさっきから痛がってるの聞こえるんだ。
それにほら、さっきからロンガ、山羊の主人が熱心に助産してるだろ」
母山羊にばかり目が行っていたリリですが、三巳に言われて初めてそこに壮年の男性がいる事に気が付きました。
男性は先程から熱心に山羊のお尻の辺りでもぞもぞしています。
何も知らずに見ると変態さんの様ですが、三巳には判ります。
難産です。
通りで早朝に聞いてから幾分か経ったのに子山羊が見当たらない訳です。
母山羊は苦しそうに、けれど一生懸命に我が子を産もうと苦しく鳴いています。
ロンガはそんな母山羊の分娩を手伝うべく、懸命に子山羊の体位を調整しています。
徐にロンガが母山羊から離れると、母山羊は力を振り絞る様に鳴きました。
するとにゅるん。と子山羊の可愛いあんよが見えました。
続いて可愛い頭がポンと出てきます。
入り口の子供達は母山羊にストレスを与えない様に、小さな小さな声で「がんばれ~がんばれ~」と応援しています。
その声に答える様に、小さな小さな子山羊がにょるんとすっかり全身が出てきました。
子山羊が産声を上げると入り口で歓声が上がりました。
特に一番興奮していたのは、赤ちゃんの誕生を初めて垣間見たちびっ子とリリです。
「凄いわ!生まれたわ!小っちゃい可愛い!生まれ経てはしっとりしてるのね!」
「すごいねぇ!ぴるぴるしてるよ!?」
子山羊の元へ行こうとソワソワしだしましたが、三巳とこの中での年長さん達がしっかり止めました。
「まだだよ。子山羊がしっかり立って、お乳を飲むのを見守ろう」
「それに産んだばかりの母山羊にストレスを与えるのも良くないから落ち着くまで近寄らない方が良い」
「母山羊がお乳出なくなったら赤ちゃんが可哀そうだろう」
三巳が説明しなくても年長さん達が年上の威厳を作って説明してくれます。
胸を張って知識を披露する様子はどこか誇らしげです。
そんな年長さん達を尊敬の目でみるちびっ子とリリは「そうかー」と納得して大人しく入り口から見守ります。
そんな子供達を余所に子山羊は生きる為に必死に立ち上がろうと頑張っています。
「がんばれーがんばれー」
そんな子山羊を見てちびっ子とリリは、前を塞ぐ三巳の大きな尻尾にしがみ付いて応援を再開します。
子山羊がぷるぴるしながらも立つ事が出来ると歓声が上がります。
子山羊が母山羊のお乳を飲むと「ほわ~」と感動の溜息が漏れました。
そうして三巳達は一頻り子山羊が眠るまで見守っているのでした。
「今度子山羊撫でさせて貰いに行こうな」
診療所に戻った三巳に提案されて、一も二も無くコクコク頷くリリは、三巳とロキ医師に優しい目で見られるのであった。




