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獣神娘と山の民  作者: 蒼穹月
本編
13/372

獲れたて魚

 三巳が川に流され遊びをした後のお昼時の事です。

 何処からともなく、芳ばしい香りが煙と共に村に漂って来ました。

 いえ、狭い村の中です。何処かは直ぐに判ります。

 診療所です。

 本来なら有り得ないかもしれませんが確かに診療所の窓から、良い匂いの煙がもわもわ出ています。

 通りすがりの山の民が中を覗き込みます。窓が全開に開け放たれているので良く見えます。

 三巳です。

 三巳が七輪でお魚を焼いていました。しかも団扇でパタパタ扇いでいます。

 それはもう美味しそうな芳ばしい匂いがする訳です。

 山の民はそれを見て、今晩は焼き魚にしようと、うんうんと頷きながら自宅へ帰って行きました。



 「もう直ぐ焼けるからな。もうちっと待ってな」

 「うん」

 「うん……。もうちっとだから、そんなに身を乗り出してガン見するな?

 危ないから……」


 隠しきれない涎を口の端に乗せて、リリは前のめりで魚を凝視したまま動きません。

 三巳が注意を促しても心此処に有らず……ではなく魚の元へスキップ踏んで出掛けたまま帰って来てくれません。

 リリにとって、粥ではないそれも鮮度抜群の川魚は遠い過去に食べて以来です。

 ガン見してしまうのも無理はないかもしれません。


 午前中にお爺さんに遊んでいると思われていた三巳ですが、実はリリの為にお魚を釣りに行っていたのです。

 とは言っても前世で釣りは釣り堀位しか経験の無い三巳は、釣り道具の作り方なんて知りません。

 山の民に聞けば作ってくれたでしょうが、獣として育ってきた三巳にとって魚は釣るより潜って捕った方が早いのです。

 お魚目掛けてザブンと飛び込み捕らえたのは良かったのですが、急流に誤って入ってしまい流されただけでした。

 楽しくなって途中から本気で遊んでいた様ですが。


 「もういいだろ」


 頃合いを見て三巳はこんがり焼けた焼魚をお皿に乗せて渡してあげます。

 至高の宝石でも手に取るように、恐る恐る慎重に落とさない様に受け取るリリに、三巳は生暖かく優しい目で黙って見守ります。

 いつも食べてるような何の変哲もない焼魚で、こうも喜ばれるとは思ってもいませんでした。

 リリの過去に何があったかは判りませんが、とても辛い事があったと想像出来て、偲ばれます。

 

 「はふ、ほふっ」


 (おいしい~!)


 「はむ、あむ」


 (ああ~おいしい~!!)


 食べる事に集中し過ぎたのでしょう。嬉しさと美味しさと暖かさに流れる涙を止めることもせず、夢中で食べています。単なる咀嚼音にも副音声が付いています。

 それを見ている三巳も(良かったなー)とうんうん頷きながら、貰い泣きをしています。


 「はむっ……」


 (あ、もう無い)


 食べ終わってから食べ終わった事に気付いたリリは、ショボーンとしてしまいました。


 (もうちょっと味わって食べれば良かったな……)


 そんなリリに釣られて三巳もショボーンとします。


 「もう1匹あるぞ食べれるか?」


 悲しむリリが見たくなくて、自分用に焼いていたお魚を然もリリ用に焼いた物だとお皿に乗せてあげます。

 途端にリリの表情は幻のお花が満開に咲き誇る様に満面の笑顔になりました。

 恭しくそれを受け取り、今度はゆっくり噛みしめて食べます。


 (後でパン屋でお昼買おう)


 お魚は食べられませんでしたが、満足した三巳でした。




 「体が正常な健康体になったら、刺身も食おうな」


 三巳の発したその言葉に、獣人でもないのに見えない尻尾を盛大に振りまくるリリなのでした。


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