母として
「ねえ、三巳。立ち話もなんだし、ソロソロ広場に案内しない?」
三巳が嬉しそうに尻尾を振ってるさまを自分の事のように喜ぶリリが、話の途切れた所で提案しました。
「!そうだった!三巳達いっぱい歓迎の準備したんだっ。楽しんで欲しい」
リリの提案にハッとした三巳が、クロの手を引っ張って広場に案内しようとします。
クロも娘と手を繋げる事が嬉しいのか、ジ~ンと感動して握り返します。
それを見た母獣が『ふむ』と思案したかと思うとブルリと体を一震えさせました。そして次の瞬間には人間に変身していました。
母獣の人型を初めて目にした三巳は、驚き過ぎてお口があんぐり開いて外れそうです。
「母ちゃん耳と尻尾無い!!」
母獣が「中途半端」と言うのも然もありなんです。
母獣の人型は、何処からどう見ても人族です。ただ普通の人族と言うには些か、いえ、かなりのフェロモン系ナイスバディ美女でした。背後に御光が差して見えるのは恐らく比喩では無いでしょう。
リリとネルビーは眩しさに目を眇めながら、三巳のツッコミ所がズレているように感じていました。
「言いたい事も聞きたい事も山程あるが、今日はクロの気持ちを優先して明日にしてやろう。
クロには今迄寂しい思いをさせてしまった故な」
「仕方ない事だと理解しているよ、愛しい人。
今回だって本当なら私はまだ顔合わせ出来ない筈だったんだ。それなのに連れて来てくれて感謝しかない」
クロは若干自分より低い位置にある美女母のオデコにチュッとキスをしました。尻尾も美女母を包む様に絡めています。
「ああ、ほんにクロは愛らしいのう」
美女母はクロに頬擦りしてキスを返します。
「両親のイチャラブはなんだかとっても居た堪れないんだよ……」
「ふふ、素敵なご両親ね」
『??番ならあれ位普通だぞ?』
思考が日本人寄りの三巳には恥ずかしい限りですが、完全なる動物思考のネルビーには愛情表現は当たり前過ぎて三巳の気持ちが理解出来ませんでした。
道中両親のラブラブ振りを見せつけられつつ、三巳達は歓迎広場に到着しました。
飾り付けられた広場に、美女母もクロも感嘆の声を漏らします。
三巳は驚きの声を漏らします。
リリとネルビーはしてやったり顔でほくそ笑みました。
『成功だな!』
「ふふふ!三巳に内緒にしてた甲斐があるわねっ」
リリとネルビーの言葉に、漸く三巳は周囲にドヤ顔でチラチラ広場を見る山の民達がいる事に気が付きました。
「うははー。やってくれるなー。
リリ、ネルビー。ありがとうな♪後でみんなにもお礼言わなきゃな」
三巳が用意してたのは中央のお花が飾られた食事スペースと、それを囲んで円形に料理を乗せたテーブルが置かれているだけでした。
それがどうした事でしょう。簡素だったテーブルには淡い新緑色のテーブルクロスが掛けられ、その周囲を色とりどりのお花の飾りが目にも華やかに彩られています。
それだけでは無く、なんと入口には薔薇のアーチが来た人を暖かく迎えているではありませんか。
これらは日頃お世話になっている三巳に、そしてその三巳をこの世に産み落としてくれた両親に、山の民達が感謝を込めて恩返しに飾り付けたものだったのです。
設置時間は三巳達が戻って来るまでという短い時間に、けれど鍛え上げた能力をフル稼働してやってのけました。山の民達は達成感にドヤ顔です。
「三巳は良い友を持ったのう」
「うんっ、自慢の友達だ」
「ふふ、山の生き物達も友達かい?道中とっても歩き易かったよ」
「!うんっ、みんな友達!」
どうやらあちこちで三巳の為に色んな人や生き物達が心を砕いてくれたようです。三巳は感激に毛並みをワサリと振るわせました。
「ほら、三巳」
「うん、うん。そうだな。
母ちゃん、父ちゃん。こっちだ。ここ座ってな」
美女母とクロを席に着かせた三巳は、給事をしようとしました。けれどリリとネルビーに遮られ、そして美女母とクロの間に座らせられました。
「給事は任せて。今迄いっぱい助けて貰ったから、今日は三巳の為に頑張りたいの」
『そうだぞ!元気なリリに会えたの三巳のお陰だからな!おれ恩返しする!』
目をパチクリさせた三巳は、リリとネルビーの気持ちが嬉しくてジーンと感動します。
「今日は三巳嬉しい事ばっかだな」
「ふふふ、何時もは三巳が私達に嬉しいを沢山くれてるじゃない」
『そうだぞ!リリが嬉しいの、三巳のお陰だぞ!』
大切にされている三巳を見た美女母とクロは、とっても幸せな気持ちになりました。子を見守る親の顔をしています。
クロは穏やかに微笑む美女母の手を、喜びと幸せを届ける様にキュウっと握ります。そして頭と頭をスリスリ擦り合わせます。
「そうさのう。娘が世話になっておるようだし、どれ」
美女母は淡く金色の輝きを身に纏わせると、「ふぅ」っと一息の元に神力を山全体に放ちました。
三巳はその神力にビックリしてシビビ!と毛を逆立てます。耳を半ば伏せさせると、美女母の胸に頭を預けて顔を見上げます。
「母ちゃん?」
「っふ。流石にわかったか」
「うん。でも良いのか?肩入れし過ぎちゃダメなんだろ?」
「なぁに。母として礼をせんのはそれ以前の問題になろうよ」
心配そうに眉尻を下げる三巳に、美女母はニヤリと不敵に笑います。三巳の耳を優しく掻き撫でると、三巳は心地良さそうに目を閉じました。




