春と訪れの気配
村の雪はすっかり無くなり、冬の名残りは山頂付近の解けきれない雪の塊のみとなった頃。三巳は一段とソワソワしていました。
尻尾は不規則に揺れ、耳も物音がする度にピククと良く動きます。そして視線はずっと一箇所に固定されていました。時折ピクリと身を震わすと、意味も無く左右をキョロキョロさせています。
窓辺から動こうとしない三巳に通りすがったリリが目に留めました。
「三巳?何かあったの?」
普段とは違う行動不審にリリも気が気じゃありません。近づくと、そっと手を重ねて三巳の目を覗き込みました。
「リリ……」
三巳は重ねられた手をキュッと握って視点をリリに合わせました。
「うん。あのな?あっちから母ちゃんの気配がするんだ。
それでな?知らない気配もあってな?それが何か懐かしい感じするんだ。知らない筈なのにな。
それがどんどん近付いて来てて、気配見てると視線を返される気配がしてムズムズー!ってするんだ」
一生懸命説明していますが、その間も気配が気になるのか、空いてる方の手で気配を追う様にワチャワチャと動かし落ち着きがありません。
落ち着こうとして落ち着けてない表情と行動のアンバランスに、リリは思わず「可愛い!」と呟きを洩らして抱きしめました。
「わわ!?どうした?リリ」
三巳はビックリして尻尾の毛をモサリと膨らまします。
それに更に悶えたリリはギュムギュムと抱き締める力を強くして緩める術を持ちません。
「そっかぁ、良かったねっ。お母様とお父様に会えるんだね。楽しみだね」
リリの言葉に漸く気配が近付く意味を飲み込めた三巳は、思わずジ~ンと目を熱く潤ませます。
ジワジワと押し寄せる嬉しさの波に、三巳は「ああ、そうか。そうなんだな」と言葉を噛み締めます。感情が最高潮に達するにつれて、尻尾の揺れが大きく力強くなってきました。そして高ぶる感情を抑えきれずリリを抱きしめ返しました。
「母ちゃん、久し振りだな。
父ちゃん、どんな人?獣?かな?」
「うん、うんそうだね。楽しみだね。ワクワクするね」
『あう?獣の神来るのか?それじゃ宴だな!』
感動でその場から動けなかった三巳でしたが、そこへひょっこり散歩帰りのネルビーが窓から顔を出しました。楽しそうにはしゃいで遠吠えを放つネルビーに我に返ると、耳と尻尾を立たせてリリから離れます。
「そうだった!準備しなきゃな!
えーと、距離と速度を計算すると……距離が千キロ位で、速度が時速……三十キロ位か。って事は……後一日かそこらでで来るって事だな。
よし、先ずはロウ村長には言っとかなきゃな」
急に元気いっぱいにテキパキしだした三巳に、リリも自分の事の様に笑みが綻びました。
「ふふふ。食材の準備はしておくわね」
『おれも!おれも準備手伝うぞ!』
「勿論ネルビーも一緒よ」
『わふぅ~っ、おれ頑張るぞ!』
ネルビーが飛んで跳ねて喜びを全身で現します。
三巳とリリはお互い頷くと、其々の目的に向かって別れました。
三巳は喜びが溢れて軽快なステップを踏みながらロウ村長の元へ向かいました。
出迎えたロウ村長は、いつに無く地に足が着いていない三巳に目をパチクリさせています。
「ちわーっす。今時間大丈夫か?」
「大丈夫だが……。どうしたんだ?随分とご機嫌の様だが」
「ぬふふ~。実はな、母ちゃんが父ちゃん連れて会いに来てくれるんだ」
「そうか、それは良かった……な……?」
嬉しそうに語る三巳に、好好爺として頷き掛けたロウ村長でしたが、その意味を理解するに連れて顔が驚愕に彩られていきました。
「ちょっと待て。三巳の、母親と、父親?」
「うん!そだぞ」
「って事は、少なくともどちらかは獣神……?」
「おう!母ちゃんが獣神だな」
戸惑うロウ村長に元気良く答える三巳。相反する感情がその場の空気を二つに割りました。けれどそれをロウ村長は自身の顔をバチーン!と思いっきり掌で叩いて塞ぎます。
三巳は驚いて耳と尻尾と合わせて直立不動で飛び上がり戸惑いを見せます。
「ど、どうした?」
「いや、それは、盛大にお出迎えした方がいいのか?」
ロウ村長は村長として、神々を敬う準備を何もしていない事に狼狽ているのです。
「いらないよ。三巳が手料理振る舞うからな。
それに神だからって人間が卑屈になる必要はないさ。三巳見てればわかるだろ?三巳達は三巳達の道理で生きてるだけに過ぎないよ」
珍しく真面目に諭す三巳に、ロウ村長も落ち着きを取り戻しました。呼吸を整えればいつも通りのロウ村長に戻っています。顔には真っ赤な手形が二つ、残っていましたが。
「では客人として持て成す事としよう。
山の民達にはその旨伝えておくから、存分に家族の触れ合いを楽しむと良い」
「うん!ありがとな」
ロウ村長に頭を撫でられご満悦の三巳は、お礼を言うと元気良くスタコラサッサと出て行きました。
「よーし、それじゃ足りない物だけ調達したら直ぐ準備に取り掛かるぞー!おー!」
三巳は掛け声を上げて村中を駆け回ります。そして嬉しさが抑えきれず、会う人会う人みんなに母獣と父親の事を言って回り、帰り着いたのは結局随分と時間が経ってからになってしまいましたとさ。




