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朝の光が、淀川の水面にまっすぐ射し込んでいる。空に残る夜の色を朝陽が追い出し、かわりに薄い青の色を空に塗っていく。朝陽のすぐ下を大きな雲が棚引いていた。水面は揺らめきながら、朝陽の姿をその表面に映し出している。
疲れた体に光が射す。その光と景色はあまりに眩かった。しかし、ため息が出るほどの美しさだ。大阪駅へ向かう人のいない始発電車の中、健太と座りながら、千里は淀川に訪れた朝を眺めている。街の汚れも、人の醜さも、すべてを浄化するような朝だ。叫んで駆け出したくなるような、切なさも併せ持つ朝だった。
隣の健太は少し疲れたのか、瞼を閉じている。下手をすると、そのまま眠ってしまいそうだ。
結局、二人は昨日電車に乗ることはなく、朝まで語りあった。誰もいない小さな公園を見つけ、ベンチに座り、思いの丈をぶつけた。時間は矢のように過ぎた。二人して、自分たちの鈍感さと不器用さを笑いあった。お互いを理解して初めて、それができた。散々お互いのことを話しあっていると、いつしか朝がきていた。
千里は悪戯半分で健太の肩をそっと叩いた。健太が目を開く。眼前の美しさに目を瞠り、心奪われる。
なにを思ったわけでもなく、千里は自然と健太の手を握った。その行為になんの躊躇いもなかった。健太の方も、自然と優しく彼女の手を握り返した。数時間前の緊張はもう、彼にはなかった。
もしかすると、父さんと母も、こんな風に朝を迎えたのかもしれない。千里はそんなことを思った。
景色の美しさに、愛しさが込み上げてきた。そして、この瞬間を共有してくれる人に対しても。
千里の視界に、一瞬母の幻が浮かんだ。母は、優しく笑いかけているようだった。
幻だとわかっていた。わかってはいたが、千里は母に頷き返した。
お母さん、私、恋をしています。恋って、こういうもんなんやね。
恋は命がけというわけでなく、それよりむしろ、相手を深く理解し、なんの衒いもなく自然と、相手と一緒にいたいと思うこと、それが恋なのではないか。
昨日までの信念は、変化を遂げていた。なにが正しく、なにが間違っているのかは、これから確かめればいい。
なにせ、恋は始まったばかりなのだ。
健太は、再び瞼を閉じようとしている。
千里も目の前の景色を記憶に焼きつけると、ゆっくりと瞼を閉じた。




