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大気圏の背中 -the bottom of the atmosphere-  作者: 鈴山浩美
第三章 飲み屋へ
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夜空

 外に出ると空を見上げる癖はいつから始まったのだろう。小さい頃は空が好きだった記憶はない。ただ、駅からの帰り道の途中に街の方を見渡せる場所があって、そこで立ち止まってぼんやりと、水色の山の手前に集まったビルや塔のミニチュアのようなものを眺めていたことはあった。目を凝らすと小さな箱のようなものが動いていて、いま考えると車だとわかるが、当時それがわかっていたのかはわからないし、そもそもどんな気持ちでそんなことをしていたのか思い出すことはできていない。雲が浮かんだ空を見上げるのと同じ感覚だった気もするし、そうでない気もする。


 今日の空はいい空だった。色は黒というより紺に近く、ところどころに青みがかった灰色の雲が浮かんでいて、じっと一つの雲を眺めているとなんとなく動いているような気がして、目で追っていくとビルに差し掛かってビルの上を通り過ぎて、やっぱり動いていたのだとわかった。それから空全体を見渡すと、すべての雲がゆっくりと動いている感覚がどんどん広がっていって、自分が立っている地面の丸さと、空がずっと続いていることが感じられるのだった。


 警報機の音を伝染させながら電車が近づいてくるのがわかった。夜の電車を外から見ると別世界から現れたように感じるが、あの中から見た外は暗くて世界がなくなった感じがする。電車がさらに近づいてきて隣を通った。横目で追うと、映画の中のようだった。電車と音が遠ざかっていった。右側に相田君がいるのがわかった。


「今夜は月が出ていませんね」

「うん……、だけど、今日は空が明るいから、近くにいるんじゃないかな」

「ふうん……、これは街の灯りだと思ってましたけど」

「ああ……、そうかも。相田君、頭いいね」

「子供扱いしないでください。……本当はそう思ってないくせに」


 そうなのだろうか。渡瀬は普段から相田君はできる人だなと思っていたし、たぶん尊敬もしている。いまだってなるほどと思ったと思ったけど、本当はそう思っていなかったのかもしれない。相田は黙ってしまった渡瀬の方を少しの間見ていたが、やがて空に目を移した。


 夜道は空と同じくほんのり明るくて暗かった。四角い屋根の一戸建てや、二階建てのアパートの窓が見えて、部屋の中で電灯が点けられているのがわかった。あと少し歩くと大きな通りに出て、誰でもいい誰かのための明かりで覆われてしまう。その前に、もう少しこの空気の中でこの色の空を眺めていたい気分だった。


「主任、私、靴紐がほどけてしまったので、少し、待ってもらっていいですか」

「あ、うん」


 返事を待たずに相田は三叉路の又のところにあった小さな公園のベンチに向かっていって、向こう側の端に腰掛けてかがみ込んだ。渡瀬は側溝のふたの隙間につまずかないように注意しながら公園に入った。


 渡瀬は近くにあった鉄棒の足元に鞄を置き、両肘をついて空を見上げた。紺色の空に灰色の雲が浮かび、なんとなく動いているような気がして、じっと見ていると少しずつ右上の方へ動いているのがわかった。左が北だから、右上は……南、東、か。


「お待たせしました」


 相田君が意外と早く声を掛けてきた。


「じゃあ、行こうか」


 渡瀬は鞄を取り上げて遠くを見ながら公園を出た。相田は少し遅れて近くを見ながら着いていった。地面を覆うアスファルトの一部分が、どこからか届いた光に反応して星の生簀のように瞬いていた。

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