休憩
講義が終わって、休憩時間になった。KとAは連れ立って部屋を出ていき、続いて中村と相田も別々に出ていったので、研修スペースには渡瀬一人が残った。とはいえ開け放されたドア越しに社長の頭が見えるし、誰かの話し声もかすかに聞こえてくるので、一人になったというよりも人から離れたと言った方が正確だった。適度な緊張感が残っていた。渡瀬はPCを起こして内職の準備を始めた。ウェブブラウザを起動して、プロジェクトチームのチャットのページを開いた。緊張感が高まるのを感じつつ新着メッセージを確認すると、見知ったアイコン同士の気楽なやり取りだけが下に向かって積み上げられていた。トラブルの可能性に対する緊張感は和らぎ、チャットでつながっていることに対する緊張感だけが残った。
「順調みたいで何よりです。座学終わったので反応できます、何かあれば」
とキーボードで入力して投稿し、無事に反映されたことを確認して、両手の人差し指をFとJの突起から手前に向かって軽く撫でるように離した。
リモートでできることは限られているので、自分が主体的に進める作業は持たずサポートに徹するのだが、渡瀬はあくまで対等にやろうと心掛けていた。チームから離れて外からプロジェクトを眺めるといろいろとアラのようなものが見えてくるが、それは視点が変わったことだったり、情報量が少なかったりすることによるものなので(当然、逆に見えていないこともたくさんある)、偉くなったわけではないのだということを自分に言い聞かせていた。これは受け売りというか、渡瀬が研修でいまとは逆の立場だったときに学んだ考え方だ。
腕時計に目をやると、休憩時間の三分の一が過ぎていた。さっき投稿したメッセージの下部には、サムズアップが二つ、笑顔の猫が一匹、両腕で頭上に丸印を作っている女性が一人、踊っているバニーガールが一組、合わせて五つのリアクションが並んでいた。
「へえ、同じアイコンでも、まとめて表示されないんですね」
「リーダーのこだわりで……相田君、覗きはよくないですね」
「通りがかっただけなんで」
相田は中村の席の方から渡瀬の後ろを通って自分の席に着いた。渡瀬は軽くため息をついて、机の中から演習の資料を取り出した。相田は鞄の中からペットボトルを取り出して飲み、それを鞄にしまって、入れ替わりに文庫本を出して読み始めた。左肘をついて、その先の人差し指と中指、薬指の三本で本の背を支え、親指で左のページを、小指で右のページを押さえていた。
渡瀬はPCのモニターを見ながら、目の端で本を読む手を見ていた。キーボードの上で無意識に触れた腕時計の文字盤は冷たかった。渡瀬は両手をひざの上に持っていって、文字盤を温かくなるまで撫で続けた。