エレベーター△
会社が入っているビルに着いた。そういえば、会社の外では仕事の話をしないというルールを決めたんだったな……といまさら思い出しながら(本当はずっと覚えていた気がするので、思い出すふりだったかもしれない)、相田に続いてビルに入った。あのルールはビルに入ったら解除されるのだろうか、それともオフィスに入るまで有効なのだろうか。まあ、ビルの中のオフィス以外の場所は緩衝地帯というか、国境付近というか、仕事の話はしづらいのだけれど。
エレベーターホールに人はいなかった。ビルに入ったときから、渡瀬たち以外から発せられたような不規則な、電灯やエアコン以外の物音は聞こえなかったし、人影も見えなかったので予想通りだったが、はっきりと確認して渡瀬は少し肩の力を抜いた。前を歩いていた相田は二基並んだエレベーターの間の壁に近づき、黒い三角形がプリントされた四角いボタンを押した。三角形の周りの余白部分がオレンジ色に光った。相田がボタンから指を離して左に一歩移動したのと同時に相田の目の前のドアが開いた。相田は音を立てずにエレベーターの箱の中に乗り込んで操作盤の前で振り向き、左手でドアを押さえながら上の方を見て、目の前を見て、渡瀬の方を見た。渡瀬は慌ててエレベーターに乗り込んで、どこに立とうか一瞬迷い、ど真ん中で振り向いた。相田は入口の方を見ながら右手で閉まるボタンを押していた。ドアが左右から同時に出てきて、真ん中で閉じた。足元が少し揺れて、体が床の方へ引っ張られるのを感じた。
相田は操作盤の方を向いたままで立っていた。左腕と両足は真っ直ぐ伸びていて、右腕は肘より先が胴体に隠れていた。渡瀬はポケットから腕時計を取り出して左腕に巻いた。気持ちが引き締まった気がした。相田が顔を上げてドアの上の方を見た。渡瀬は腕時計のベルトに触れながら上を見た。横に整列した数字が順番にオレンジ色に光っていた。少し体が沈み込んで浮き上がる感覚の後、右から三番目の数字が光り、足元が静止してドアが左右に開いた。
「どうぞ」
相田は左手でドアを押さえ、軽く左を向きながら言った。渡瀬は軽く頭を下げながらエレベーターから出た。足音が響いた。
左側の壁にはまっているガラス窓が開いていて、網戸を通り抜けて風が吹き込んでいた。その風はとても気持ちがよかった。ついさっきまで外を歩いていたはずなのに、同じ風とは思えなかった。






