帰宅
家に入ると、暗い玄関に一筋の光が漏れていた。玄関とリビングの間の細長いキッチンの天井に埋め込まれた電灯が点いているのがわかった。私は玄関脇に敷かれた新聞紙の上の積まれた古本の横に鞄を置いて靴を脱いだ。玄関の明かりを点けずにキッチンへのドアを開くと、玄関へ向かう光の筋がだんだん広がっていき、その筋から溢れ出た光によって玄関全体が白みを帯びてキッチンと混ざった。キッチンの向こうにリビングが見えた。電灯は点いていなかったが、キッチンの明かりが浸食し、カーテンが全開になった窓のガラスにその姿が映し出されていた。私は無性に腹が立ってキッチンの電灯のスイッチを押した。部屋の中の唯一の明かりが消え、カーテンの間からほんの少し赤みがかった紺色が入ってきて部屋を満たした。私はリビングに歩いていって窓に向かって立ち止まり、鼓動が静まっていくのを感じながら窓の外を見つめた。数階建てのビルに囲まれた片側一車線の車道のある路地は、紺色に覆われていた。同じ色に染まった部屋と路地はつながっているように見えた。それに心地よさを感じていることに気づき、胸に手を押しつけながら目を閉じた。紺色が遠ざかり、黒が広がった。喜びが引いていき、安堵したのも束の間、黒の隅から黒い水が流れ込み始めた。水はにわかに勢いを増し、濁流となって跳ね回った。思わず目を開けた。再び入り込んできた紺色が濁流を裏側へと追いやって、世界がまた少しずつ凪いでいった。




