場所
相田が注文した料理が三皿、渡瀬と相田の間に並んでいた。渡瀬は相田の方を見た。相田は手洗いに行っていて不在だったが、そこは相田の場所になっていた。昼食を食べて、会社に戻って、研修をして、変な絵を見て、エレベーターで降りて、空を見ながらここまで歩いてきた時間が積み重なっていた。
誰かが入ってくる気配がして、戻ってきた相田が自分の席に座った。
「お帰り。飲み物頼むけど、ウーロン茶でいい?」
渡瀬は用意していた言葉を発話した。相田はおしぼりで手を拭きながら渡瀬の方を見て、
「はい、ありがとうございます」
と言って渡瀬に向かって頭を下げた。渡瀬は微笑んで、手を伸ばして呼び鈴を持ち上げて左右に振った。鈴が鳴る音が一拍ずつ静かに出てきた。渡瀬が振っている速さと音がずれているのが不思議だった。どこかで聞いたことがあるような音だった。
「お呼びでしたでしょうか?」
すぐに店員が入ってきた。
「見ればわかるでしょ」
相田は渡瀬の手元の呼び鈴を見ていた。渡瀬は呼び鈴を振るのを止めて右を見た。店員は笑顔で相田の後ろ姿を見ていた。
「……あ、飲み物の注文いいですか?」
渡瀬は笑顔を心掛けて言った。店員は渡瀬の方を向いて、
「はい、承ります」
と言った。渡瀬は誰に向けるでもなく人差し指を立てて親指を中指に添えながら、
「ウーロン茶とウーロンハイ、お願いします。以上です」
と言った。
「ウーロン茶とウーロンハイ、おひとつずつですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
「はい」「だから以上って言ってるでしょ」
「失礼します」
店員は金魚に向かっておじぎをして出ていった。相田は少しの間呼び鈴を見た後、
「マニュアル対応しかできないなら、全部電子化しちゃえばいいんですよ」
と言って、枝豆を取って口元に持っていって、実を思い切り口の中に押し出した。
渡瀬はマニュアル対応というよりも丁寧な対応だなと感じていた。というかマニュアル対応ってなんだろう。
「まあ、電子化だって楽じゃないことはわかりますけど」
相田は枝豆の皮を弄びながら言った。
「相田君って店員さんを人間扱いするよね。私、それってすごくいいと思う」
渡瀬は手に取った実が入ったままの枝豆を眺めながら言った。枝豆の皮はうるおいがあって、白いうぶ毛がうっすらと生えていた。中に入ってみたいとは思わなかった。枝豆の皮を皮入れ用の皿に入れようとしていた相田が手を止めて渡瀬の方を見ていた。
「……渡瀬さんは本当に甘ちゃんですね。よくここまで生きてこれましたね」
相田は皮入れの方を見て、つかんでいた皮をそこに入れた。
「ははは、これでも最近は甘いもの控えてるんだよ」
渡瀬は持っていた枝豆を下目で見ながら皮の下側をゆっくり押した。皮の上側が少しずつ開いて、実が顔を出した。相田は次の枝豆をつまみ上げた。
「まあ、生きてこれたからここにいるんでしょうけど。いい世の中ですよね」
「相田君に会えたしね」
相田の枝豆から実が飛び出してグラスに飛び込んだ。
「あ……」「あ……」
枝豆の実はグラスの側面で弾んでから少しだけ残っていた液体の表面に水しぶきを上げて着水し、揺れながら鈍く輝いていた。
「……」
「……こんなの渡したら、店員さんバグっちゃいますね」
相田はそう言って実が一粒残された枝豆の房を小皿に置き、その手で持ち上げたグラスを傾けて残っていた液体を枝豆の実ごと口に流し込んだ。渡瀬は顔を出した枝豆と一緒に相田の方を見て、
「相田君の方がいい人じゃん」
と言った。
「いい人と一緒にいるときくらいはいい人でいてもいいかなーと思ったんで」
相田はグラスを置きながらもう片方の手で襟足を引っ張りながら言った。
「じゃあ、一人のときはいい人なんだ」
「なんでですか」
渡瀬の前に一人で過ごしている自分が浮かんだ。いい人というか自然だったりいい人じゃなくなったりした。ウーロン族が到着して、一人の渡瀬は隠れた。




