乾杯
店員がいなくなった後も、渡瀬と相田はじっとビールを眺めていた。泡が少しずつ、たぶん一粒ずつ、空気かビールと混ざって消えていった。家で酒を飲まない渡瀬にとって、つがれたばかりのビールをじっと眺める機会は稀だった。渡瀬はビールを視界に入れながら金魚に焦点を移した。金魚はゆっくりと水面に向かって上昇しているところで、このまま空気に溶けて消えてしまいそうな気がした。
「そろそろ始めましょうか」
相田は渡瀬のビールの方を見ながら言った。渡瀬は相田のビールを見返した。
「……乾杯する?」
「ええ、しましょう」
相田はグラスの上の方を持って持ち上げ、渡瀬の方へ近づけた。渡瀬は自分のグラスの中ほどを持って、
「じゃあ、とりあえず、今週もお疲れさまでした」
と言って相田のグラスから数センチの位置まで近づけた。
「お疲れ様でした」
相田は自分のグラスの位置を少し下げて、自分のグラスの淵を渡瀬のグラスの泡の辺りに触れさせた。ガラス越しに泡が少し揺れた気がした。互いのグラスはほぼ垂直になっていたので、ビールがこぼれることはなかった。グラス同士はすぐに離れた。離れた後も、渡瀬は二秒間自分のグラスの泡の辺りを見ていた。相田は自分のグラスをゆっくりと口元に持っていってから傾け始めた。泡はどこかとの平行を保つようにビールの水面を覆い続けていた。液体が口の中に入ると同時に舌の奥で受け、すぐに喉の方へ送り込む。喉は上下に動いて、液体を食道に運ぶ。その繰り返しを二度、三度、四度目でグラスを垂直に戻しながら唇から離した。舌と喉がちくちくする。味は、よくわからなかった。グラスをコースターに置いて見ると、泡はうっすらと残っていた。相田と渡瀬はほぼ同時にグラスをコースターに置いていた。渡瀬のビールは半分ほどに減っていて、相田のビールは三分の一ほどまで減っていた。渡瀬の視界の右側から腕が伸びてきてメニューに手を掛け、ゆっくりと上に引き抜かれた。メニューが差されていた台は少しだけ揺れた。




