着席
相田君はずっと後ろを着いてきていた。だいぶ距離は近く、たまに窓ガラスに映る姿でいることはわかっていたので振り返らなかった。大きな通り(名前は忘れた)に入ってから、渡瀬はすれ違う人や車や店先を目の端で順々に追いながら歩いていた。パチスロ屋の自動ドアが開いて、賑やかな音をバックに人が出てきて、自動ドアが閉まると遠ざかっていた。飲み屋の外のテーブル席が賑わっていて楽しそうだった。渡瀬は自分があそこに座っていたら隣には誰が座っているのだろうと思った。
目的の店があるビルの中に入ると、右と左に飲食店が並んでいて、真ん中に案内図があった。渡瀬が案内図に近づくと、相田が左の並びに入っていくのが見えたので、渡瀬は直角に向きを変えて着いていった。相田は渡瀬が着いてきていなくてもお構いなしというように、振り返らずに真っ直ぐ進み、突き当たりの店ののれんを右手で払って店の中に入った。渡瀬ものれんの同じ場所を右手の甲で持ち上げて続いた。のれんをくぐると、相田君が一瞬振り向いた気がした。店員が出てきた。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか?」
「はい、十九時から予約していた、相田です。もう入れますか?」
「十九時からご予約の相田様、二名様でいらっしゃいますね。お席のご用意ができております、こちらへどうぞ」
店員に連なって、席の間の石畳の上を歩いていった。店内は薄暗く、赤っぽかった。ところどころに人の手足が見えていた。天井から垂れ下がったすだれのせいで、顔までは見えなかった。すだれは竹でできたよくあるものに見えたが、赤色で大きな絵が描いてあった。隙間があってわかりづらいが、これは金魚だろうか? 列が右に曲がったので視線を移すと、今度は黒い絵が目に入った。形はやはり金魚に見えた。席ごとに違う種類の金魚が描かれたすだれの下で、人間の腕が肉や酒を持ち上げて金魚の絵に隠れ、下ろすときには減るかなくなっていた。まるで金魚が飲み食いしているようだった。
一瞬、声を掛けられた気がした。立ち止まって前を向いた。のれんの前に相田一人が立っていて、のれんの向こうを覗いていた。渡瀬が近づくと、相田は渡瀬の方を向いて一歩下がって、
「なんでこんな席にしたんですか……」
と言った。
「あれ、予約したの相田君でしょ?」
「あなたが私の名前で予約したんですよ。もう忘れたんですか歳ですか?」
と身を乗り出して言うので、
「相田君、入れないよ……」
と渡瀬が身じろぎもせずに言うと、相田はゆっくりと元の姿勢に戻った。近づいたとき、かすかにいいにおいがした。きっと香水かシャンプーだろう。渡瀬は半透明ののれんを分けて個室に入った。
「おお……」
思わず声が出た。まず目に入ったのは、テーブルの中央に壁を背にして据え付けられた水槽だった。それほど大きなものではなく、せいぜい大ジョッキ程度だとは思うが(大ジョッキの大きさはよくわかっていなかったがそう思った)、装飾のせいか随分豪華で大きく見えた。中では何かが動いていた。金魚が泳いでいるのだった。その水槽を中心に弧を描いて壁に固定されているテーブルがあり、椅子が二脚、弧に沿って少し内側を向いて置かれていた。
「きれいだね」
渡瀬は鞄を椅子の後ろにあった荷物入れに入れながら言った。
「確かにきれいですけど……、もう少し普通の席はなかったんですか?」
「それがここしか空いてなくて」
渡瀬は席に着いて金魚を眺めた。相田は自分の席の足元に鞄を置いた。渡瀬は荷物置きがまだ半分ほど空いていたので相田に勧めようかと思ったが、やめた。
「ふうん……ふうん」
二人は椅子と足の位置を定めていた。それが終わると、新鮮な感じはだいぶ薄れていた。




