第二話『僕はちょっと変な家庭に転生したようだ』
目がさめると見知らぬ天井が見えた。
あたりを見渡そうと思っても首がまともに動かないし、飛び込んでくる光が眩しすぎて目を開くこともまともにできない。
「――、――」
「――!!」
「――!」
声が聞こえるのは分かるが僕の聴覚すらもまともに機能していないらしい。すぐに眠気が襲ってきてまともに機能していない頭は抗うことすらせずに眠ろうとしている。
まあ寝ることは人間の欲望のひとつだ。抗うのは悪いことだ。
僕はすぐに眠りについてしまった。
・
気がつけば僕は赤ん坊だった。
本当にあの女性の言っていた転生というものは本当だったんだ。
僕は人智を超えた奇跡に感動を覚えて感涙しているとふと、親の姿が目に入った。
言語が理解できないため僕の生まれ故郷や王国ではないことは確定だったけど、最近になってなんだか分かるようになってきた。
「ご飯の時間よー」
……もう、この時間か。
僕としては前世に経験がなかったわけでこういうものに耐性が全くない。
そのためすこ恥ずかしくなるのだが、赤ん坊としての本能がこの飯にしゃぶりつけと僕の体を衝動的に動かしてしまう。まあ、正直助かっているのだが。
「ははは、やっぱりクゥエルは男だな。剣の道を極めさせなくてはならん」
「あなた、程々にしてあげてね」
「がはは、程々にガッツリと鍛えるさ!」
……父よ、それを程々とは言わないんじゃないだろうか。
僕の前世は親がいなくて祖父一人が親代わりになってくれたが、僕を腫れ物として扱い、跡継ぎだということで厳しくしつけられた。
だからこんなにも暖かい家族愛というものは癖になってしまいそうで困ってしまう。
そして嬉しいことに僕の名前はクゥエルで、愛称が前世の名前と同じくクゥだったことはちょっぴり嬉しかった。
「クゥ、あんた絶対剣士になりなさいよね」
赤ん坊の僕に幼い姉がそう言い放つ。どうやら魔法の道を歩んでいるらしくどうしても被るのが嫌らしい。
でも第二の生なので、魔法は僕のやりたいことの一つだ。前世では剣のことしか打ち込まれてなかったからこればかりはどうしてと譲ることが出来ない。ごめんね。
なので家族にバレないように真夜中に起きて、前世にレトに教えて貰った魔法の繰り方で練習している。前世では魔力量が碌に無くて、その上魔力の質も最低だったからまともに出来なかったけど、今はとても順調だ。幼くなったからなのか柔軟な発想も出来てとても楽しい。
だが、僕が第二の生をうけてから三年過ぎたある日、問題が起こった。
「パパは邪神を倒した英雄の息子なんだぞー! がはは!」
父さんが爆弾を投下した。
僕が興味を持った振りをして根掘り葉掘り聞き出してみると、父さんはレックスと旅の途中で出会った魔術師との子供らしい。
そして時期を色々と合わせてみると僕が死んでから既に35年以上もすぎている。
つまり、僕の愛する人であるレトはいい感じに熟してしまっているだろうし、アレックスも結構なおじいさんだ。それでもって僕の祖父になっていることにもなる。
ほかのパーティのメンツもそれぞれ凄そうだ。うーん、考えたくない。
「それでもって、ママは聖教皇国の聖女の娘なのよー。パパが格好よくて親そっちのけで駆け落ちしたの」
「がはは、格好いい!クゥエルもそう思うかぁ。そうかそうか!」
駆け落ちというシチュエーションが好きだということは概ね同意するが、自分からそう言う人を格好いいとは思わない。
……それにしても駆け落ちか。レックスもアルケインもどっちもブチ切れてるんだろうな。いつも両者共に険悪な感じだったしなぁ。
嫌いな奴の子供と自分の子供がくっつくだなんてキレるに決まってる。
「それに、ママのお父さんはね聖教皇国の元第十代聖教騎士団総団長を務めていたグウェンなの!」
もっとヤベー奴出てきてませんかそれ!?
僕の前世の時は現役だったが第十代聖教騎士団総団長は一人で王国の一個師団に相当するレベルで猛者なヤベー奴だ。それを相手に逃げたのか。尊敬するし畏怖も抱くわ。
いやまあこの方が手引きしたと考えたら、こうやって亡命……、もとい移住するのも不可能ではないのだろう。
「こうやって駆け落ちした先がこの辺境の国ジプライン共和国ってわけ」
母がえへんとたわわな胸を張る。
邪神が現れて閉鎖的になったと聞いたが聞いたことはあったが来たことは無かった。言語も独自だとかは聞いていた。
聞いていただけだが。
「まあ、父さんの父さんと母さんの母さんは邪神を討伐したえらい人なんだぞー」
姉はパァーっと顔を輝かせて父さんと母さんの自慢話と惚気話を食い入るように見聞きしている。
なんだか母さんが器用に土属性魔法で人形激なんかやってて凄いなと思う。
……とりあえずレックス達が無事邪神を倒せていたようで僕としては安心したの一言に尽きる。
ただ、僕が彼らが帰る居場所を作ってあげられなかったのが悔やまれた。そして僕の残した剣を彼に渡せなかったこと。
そして、ノノスレトのこと。
家の書斎に置いてあるどの伝記や歴史書の書籍を見ても、大抵は邪神を討伐したその後のことが詳しく書かれていない。
それどころか本によっては彼女は行方不明だったり終いには死んだことにまでされている。
ちなみに僕は旅の途中で殺されたり行方不明になったり、自分で抜けて敵の手駒にされていたりしている。僕が実際どうなったのかなどよく分からないが僕が敵になる書籍によっては幻影だったり偽物だったりアンデッドだったり、これも記述がまちまち。
こういった伝記って信じられないほどに脚色されるんだね……。
というか書籍の種類が多すぎてもはや別物の話にさえ思えるから笑いものだ。
いつの間にか父さん達の話が伝記の方に移っているようだった。どれどれ。
「パパはねクゥって奴のことを信じてるんだ」
……なんと前世の考察を始めていた。ううん、恥ずかしいんだけどなぁ。聞くだけ聞いてみよう。
「どうして?」
不服そうに姉が聞く。
ちなみにこの前、姉いわく前世のことは裏切り者の屑だとか言われ放題ですごく傷ついた。思わず泣いてしまったが僕がクゥが好きだと誤魔化した。
そしたら謝ってくれて、クゥの良い部分も見てくれるようになった。
「それはな、パパの父さんがそいつのことを話したがらないが、一言良い奴だったというだけだったからだ!」
「ふぅん……」
姉がさらに不服そうに言う。
なんだぁ、文句あるのか!
「クゥエルはどう思う?」
「えっ」
父さんはいつになく真面目だ。
何か意図して僕にクゥエルという名前をつけたのだろう。
「まあ、幼いお前にはまだ分からんだろう。いつか分かるさ、がはは!」
そう言って父さんは笑い飛ばした。
僕ははぐらかされたようでなんだか微妙な気持ちになったが悪い気だけはしなかった。きっと父さんはクゥのことを尊敬しているのだと思う。
それが嬉しくて僕はしばらく機嫌が良くなったのは言うまでもないかもしれない。
・
そんなこんなして、僕は5歳を迎えていた。
魔力の鍛錬も上手くいっていて前世などとは比べ物にならない魔力量、魔力の質を得てしまっていた。
毎日の努力は欠かせていないが、流石にそれだけでここまで強力なものになるとは思ってもいなかった。
簡単な話だ、自分の魔力を毎日残らず絞り出したり、自分の魔力を統制ごとに綺麗に整頓するという地味な作業を繰り返しただけなのだ。
ただ、レトはこういっていたっけ。
魔力量は筋肉と同じで使えば使うほどそれを生成する器官が強化されていくのだと。
魔力の質は各属性の純度を指しており、属性ごとに整頓しておけばいざと言う時に純粋な魔力を取り出しやすいのだという。
本来の人間は様々な属性の魔力が混ざりあっていて、炎の魔力は炎に、水の魔力なら水になる。反対に炎の魔力なら水にも風にもならず、混じっていれば邪魔になりそれだけで魔力の出力が落ちるのだという。
それに気がついたレトならではの方法だったのだそうな。無意識で整頓ができる人間もいるがそれはごく少数。
レトはその少数だった上に気がついたのだから、それこそ物凄い天才ある。
「ねぇクゥちゃん。最近魔法とか手を出してなあい?」
母さんが聞いてくる。
ま、まさかバレた!?
「どうしたの?」
「あ、ううん。何でもないよ!」
バレたら特段まずいという訳では無いが、せっかく隠れて練習しているのだ。魔法はやっぱり切り札にしたい。
「んー、それならいいんだけど……」
「どうかした?」
「魔道指南書とか魔導書の位置がぐちゃぐちゃなのよね」
なるほど。
「僕じゃないよ。僕はお母さんの部屋に入ったこともないし」
事実、母さんの部屋には書斎とは別に魔道指南書や魔導書の棚がある。
外からチラ見しただけなのでどんなものがあるのかは分からないが。
訝しげにしつつも母さんは去っていった。まあ昔、レトも子供が強い魔力を持つと制御できずに暴走するとはいってたけど、それを懸念してなのかだろうか。
バレたら止められるかもだよなぁ。
幸い俺は前世の経験があるから魔法の訓練ができるけど、姉はそうじゃないから母さんの部屋に忍び込んで魔道書読んでるんだろうし。
この前母さんの部屋に忍び込んでいるのを見かけたので間違いない。本を写してそれで練習しているようだった。
「姉さん、ちょっといい?」
開けっ放しの部屋にノックを3回ほどして聞いた。
魔法の練習中だったようで、魔道指南書を写した紙を俺から隠すようにして振り向く。
「……な、何?」
バレバレだが突っ込まないでおく。
「お母さんが魔道書の位置が変わってるって、気をつけてね」
僕が魔道書のことを言った瞬間に小さな肩をビクンと揺らす。あとは何も言わずに立ち去る。というか魔法なら母さんに頼めばいいじゃないか。
8歳以上なら魔力が安定するものだからむしろそこから習得することを推奨されている。
何を隠れてやってるんだか……。
姉に文句を言われるのも億劫なので、僕は足早に父さんから剣の稽古を受けるべく庭へと降りる。
「がはは、魔法もいいが剣も忘れるなよ?」
どうやら、父さんは母さんとのやりとりを見てたようで、茶化しを入れてくる。
「んー、ここだけの話、僕は魔力繰りの練習しかやってないよ?」
常時、大量の魔力の放出も行ってるけどそれは言うまい。バレないようにこの家にあった魔石に注ぎ込んでいる。それなら魔力を余さずに使えるからとてもエコロジーだ。
「ふむ、魔力繰りだけなら暴発の心配はないからな。ただ、危ないことは絶対によすんだぞ」
「分かってる」
魔力の暴発が怖いとされる所以は子供が魔力の制御下手というのが挙げられる。
大人であれば水の蛇口を適切に調整して開けられるが、子供は蛇口を一気に開いてしまったりして必要以上の魔力を出してしまうからだ。
そしてあまり知られてはいないが子供のうちに魔力を使うと爆発的に魔力量が増加し、その変化についていけずにぼかん、だ。
まあ大半がレトからの受け売りだが専門家の話だ。信用性は高い。
ちなみに魔力の暴発が発生すると何が起こるのかというと……。
術者を中心にして半径15m内の範囲に暴発した魔力に見合うだけの魔物が発生する。魔力でできた魔物は手強く、魔法でないと対処出来ないのだ。
ちなみにこの現象をスタンピードと呼ぶ。
「パパも昔同じことが起こったからなぁ!」
マジか。
僕の父さんはかなりやんちゃ坊主だったようで他にもするなと言われたことを仕出かして回ったらしい。おかげで付いたあだ名が、『走り回る天災』なのだという。
本人は失礼だよなぁ、と言っているが僕にしてはぴったり過ぎて他に言うことがないレベルだ。
「ねえ、父さんは現在レベルと最大レベルはいくつなの?」
「ほう、前に計った時の現在が80で最大が1500だ! 職業は突撃剣士だ!」
聞いてないのに職業まで答えてくれた。この世界ではそう簡単にステータスを調べることが出来ない。
ステータスを見る道具自体が高価で稀少。成人の儀の時か多額の費用を支払い見せてもらう。またはダンジョンの出入口で確認するのみなのである。
ちなみに成人が15歳なので僕にはまだ10年後の話だ。
人によっては生まれ持つ神の祝福があり、それを判明させることの出来る唯一の機会である。
国は違えどこの制度はこの共和国でも変わらないようで、15歳になるのが待ち遠しいものである。
「我が息子ながら、上達が早いな!」
これでもレックスに指導は受けてたしそれなりには戦える。それでも能力差の前に僕は打ちひしがれるしかなかったのだが。
「それにその余裕、毎回思うが本気じゃないだろ?」
そりゃ前世では100に匹敵するステータスだったのだ。80レベル、高く見積もって90レベルがかなうはずがない。
……いやはや、最初は疲れた振りしてたけど面倒になってくるじゃない?
5歳になって毎日やってるんだよ?
最初は勘が鈍ってたから疲れてたけど勘を取り戻したら父さんを圧倒できるようになってしまった。
魔法は隠匿するのに剣術は隠匿しないのかって? 仕方ないだろ、ボロが出て問い詰められるより最初からこうなんだと見せつけたら見逃してくれるかもしれないだろっ!
「んー、強えな。でもなぁ……身体強化!」
「お前も早くこれが使えるようにならんとなぁ!」
っ!
まさか子供相手に強化魔法を使うとは思ってもみなかった。さすが大人、汚い。
僕も強化魔法は使用できるようにはなってきたのだが、魔力の質の良さ故かブーストがかかりすぎてしまうので封印中だ。
ぐぬぬ、強化魔法が入ると力負けするな。ここは久々に負けるとするか。
僕の体力も限界に近づき、父さんの木刀が僕の剣を弾き飛ばし首に切っ先を向け詰みを宣言した。
「まけちゃったやー」
「……何を隠してんだよ、お前は」
本人にしてみれば華麗に決めたつもりらしいが僕のセリフで完全に台無しになったらしい。棒読みが過ぎたか。
「僕もまだ強化魔法が使えないからなぁ。よっ、最強剣士!」
僕は父さんを褒め殺してさっさと家に退散した。
父さんは褒めに弱い。これ大事。