89:マジ、寝る。その時株式会社AQUARIaの中の人達その3。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「……あぁ」
日付が変わる直前にログアウトをし、寝ることにした。
『どうかなさいましたか? 随分とやつれていらっしゃるようですが』
「……あぁ」
《ぷぷぷぅぷ》
どうしてそんなに落ち込むのよぉ――と、肩の上で俺の頬を撫でるぷぅ。
キラッキラ称号とオサラバ出来ると思ったのも束の間、まさかの再獲得だからな。
げんなりだぜ。
しかも、ふんどし姿でキラキラしちまったからな。
はぁ。来週のイベント参加は止めておこう。
まぁ最後に、周辺の人達と記念撮影したのは、ちょっとした思い出になるかもな。
誰かがSS掲示板に投稿していいかと尋ねてたが、誰も反対していなかったし明日にでも見に行ってみよう。
しかし、な……
『何かあったのですか?』
「あぁ……まぁ、称号がな……」
『あ、おめでとうございます。二度目の称号獲得ですね』
めでたくないっての。
だいたい露店商人でもない俺が称号貰ったって、まったく役に立たないだろ。
あぁ、人様に怨まれませんように。
「さて、寝るかな。明日は八時からガッツリ遊ぶから、しっかり寝ておかないと」
『いつもガッツリ遊ばれているように思えるのですが?』
「明日は別なんだよ。明日はな――」
海岸で再会した二人組み。
神官のルーンと弓使いのフラッシュの二人と、西の海岸エリアの探索に行こうって事になった。
キラッキラ称号はあれだが、今回イベントに参加した甲斐はあったよ。
二人に誘われて、まだ足を踏み入れてないエリアに行くことになったならな。
港町からずっと西にいった海岸エリアだ。
俺の毬栗サンダーが唸りを上げるぜ!
狩りの前に準備もいろいろしなきゃな。
その為にイベント後、必死に合成剤の材料集めして合成レベルを18まで上げたんだからな。
俺、頑張った。
おかげでインベントリには大量のペットフードが貯まった。
「なぁシンフォニア。露店を出さずにアイテムを売る方法って無いのか? 買取やってるプレイヤーに売れとかいうのは無しで」
『ございますよ』
「あるのか!?」
『はい。冒険者ギルドでは、出品代行も行っておりますので――彗星マジック様、公式サイトのアップデート情報はご覧になりましたか?』
正式サービス開始の時のだろ? 見たよ。というか聞いたよ、お前から。
え? 何?
今日もアップデートがあった?
『本日アップデートされた内容は、先ほど申しました冒険者ギルドでの出品代行システムと、新規クエストの追加。アイテムモールに新商品がラインナップ、でございます』
「あぁ、モールといえば、そろそろ課金しないとなぁ」
『はい。よろしくお願いいたします』
よろしくされたよ。
まぁコンビニでウェブマネー買っておかなきゃな。
明日は六時過ぎに起きて飯食って、七時にはログインして装備の合成に挑戦だ。
余ってる12上半身を今のズボンに合成して、防御力とHPの補強。
それからスキルの作成もしよう。
バフ系のスキルも欲しいし、攻撃の手数も増やしたい。
ダンジョンで、あわよくば装備ゲットも出来るといいんだけどなぁ。その為にはボスなりネームドなりに遭遇しなきゃならないけど。
あぁ、やりたい事いっぱいだな。
だが今やるべき事は――
「寝る」
『はい。おやすみなさいませ』
――時は少し遡って、某所の某ビルの一室。
公式初となるイベントを終えたばかりの参加スタッフと、ルーム内のチーフと数名を交えた反省会が行われていた。
「マっちゃん。何故突発イベントの発生トリガー機能をオフにし忘れた!」
「いや、何故と言われても……忘れたんだから、忘れたとしか」
マっちゃん。本名、松田陣。
イベントの企画実行を行う班のスタッフであり、お調子者のうっかりさんだ。
「いやぁ、でもあのタイミングでキュカンバーちゃん出てくるとは、予想外っすねぇ」
「予想外じゃないわよ! 海岸に一定数のプレイヤーが集まり、尚且つお祭騒ぎをしていたら出てくる仕掛けだったのよ! オフにしていなかったら、公式イベント中に登場するに決まってるじゃない!!」
「いやぁ〜、そもそも海岸で称号争奪戦しようって言ったの、ノリちゃんだし」
「ちょっと、私のせいにする気!!」
ノリちゃん。本名、山木紀架。
同じくイベントの企画実行班の一員であり、紅一点だ。
ただし気が強いのは言うまでもなく、彼氏も居ない。
今回、メンテ明け当日に定期開催される称号争奪戦イベントを、海岸で行おうと立案したのは彼女である。
理由は至って簡単。
夏だから。
夏と言えば海だから。
更に言えば、現在のプレイヤーのレベルはまだ低く、比較的安全に開催できる場所が海岸だったのだ。
町の中だと大勢が集まるには狭く、NPCも邪魔になる。
「だからイベント専用マップを作成しろと私は言ったのだ」
と、これまた頭を抱えてチーフが発言する。
マップそのものは、既存マップをコピーするだけで済むが、イベント専用マップにプレイヤーを転送させるのが面倒くさい。
その一言でチーフの案は却下された。
そして結果がこうである。
一定条件に達すると登場するエリアレアボスモンスターの『騒々しい海のキュカンバー』ちゃんが、設定をオフにしなかったばかりにイベント中に登場した――と。
ただ登場しただけなら、お祭騒ぎに花を添えるだけだが、こいつが討伐された事でこれまで進入できなかったエリアにプレイヤーが入れるようになるのだ。
しかもそのエリアではイベントクエストが目白押し、となっている。
そのエリア名は『ソドラス海岸』。
海賊の宝が眠ると言われる洞窟があるが、実はつい先ほどまでは進入不可だったのだ。
だが今――
荒波が打ち付ける洞窟は、解き放たれた。
「次回開催は必ず専用マップで行うように。いいな。これ以上のミスは許さないからなっ」
ばんっと机を叩くチーフは鬼の形相だった。
その顔に驚き萎縮したイベント班は、恐怖に怯えて頷くしかない。
(痛っい。くそう、思いっきり叩きつけたら、こっちの手が痛くなったではないか)
真実は、痛めた手に顔をしかめただけのチーフであった。
だが手を傷めている暇は無い。
本来は来週のアップデートで『騒々しい海のキュカンバー』の出現条件を船乗りから聞けるという設定にしていたのだ。
そのセリフを消去し、別のセリフを考えなくてはならなくなる。
予定よりも早くに件のエリアが解放されるので、それに合わせてNPCの設定も変更せねばならない。
まだ当分定時であがれる日は来ないな……。
内心でそうチーフは呟き、自らのデスクへと戻っていった。
彼は引き出しから便箋を取り出すと、ペンを握って手紙をしたためる。
その内容は――
本日公開された劇的大改造計画で使用した、紹介用プロモーションムービーの件である。
受付ロビーのサポートAIに任せた結果、放送禁止用語が飛び出し、立案者の名誉に関わる映像を垂れ流してしまったのだ。
その件に関するお詫びの手紙を、チーフ自らがアナログで書いていた。
チーフ。
禿げそうだ。




