87:マジ:ふんどし祭に参戦する。
突然上がった悲鳴は、次第に数を増していく。声は海のほうから聞こえてくるな。
そう思って海のほうに視線を向けると――
あー、うん。あれが原因だな。
プレイヤーよりも圧倒的な大きさを誇るナマコ。
「またナマコかよ!!」
だが今回は正真正銘、海のナマコだ。
見た目の大きさはモモコよりも遥かにデカい。
《おいマっちゃん。公式イベント開催中は、突発の方の発生トリガーをオフにしておけと言っただろう!?》
《うぉ! すんません、忘れてました!!》
《そんな事より班長、オープンチャンネルですよ今の!!》
《うわあぁぁぁっ、し、しまっ……えー、皆さん。ここで突撃突発イベントです! 皆で協力して『騒々しい海のキュカンバー』を倒しましょう!》
なんか運営が焦ってるな。
うん、想定外の出来事だったんだろう。
あと、スタッフの何かしらの設定ミス、と。
まぁ運営スタッフの誤爆アナウンスが入るよりも前に、既に何人ものプレイヤーが巨大ナマコに突撃している。
そいつらがナマコのヘイトを取り――移動して――
「何故こっちに来る!?」
ナマコ来たあぁぁっ!
マズい、マズい、マズい!!
「やだ、気持ち悪いっ」
「え、え、今装備外してるのにっ」
俺の周囲に居た客達も慌てて浮き足立つ。
くっ。せっかくいい感じに客が来てたのに。
俺の客を危険な目に会わせられるか!!
「皆さん、後ろに避難してください!!」
《ぷっぷぅ、ぷぷぷぷぷぅ!》
ぷぅと一緒に周囲の客を屋台エリア後方に避難誘導する。
そういやあのキュなんとかっていうナマコ、あの攻撃をするんだろうか。
ちらりと振り返った先では、ヘイトを取っていた鎧姿の男達が固まっていた。
うん、やっぱり使うわけね、あのどろどろ液。
身動きの取れないタンカー達とは違う方角から、サンダー系の魔法が飛んでくる。
ダメージヘイトでナマコのターゲットが別プレイヤーへと移った。
ナマコが体の向きを変えた先に居たのは、さっきの王子様スタイルのエルフじゃん。
あ、別の鎧プレイヤーが出て来てナマコのヘイトを取っていったぞ。
で、何故こっちに来るし!?
「くっ、俺は客を守らなきゃならないんだっ。こうなったら!!」
変身!! とうっ。
半裸からの――
「ふ、ふんどし王子来たわぁぁっ」
「ちょ、なんでふんどし!?」
「放電マジ、覚醒!!」
……や、やべぇ。めちゃくちゃ注目の的になってんじゃん。
「み、皆さん、早く逃げてっ」
と避難誘導しようとするんだが、何故か男達はナマコに突撃したがる。
んで、ゲロられて固まる。
くっ、こうなったら!
「『リターンオブテレポート!』――からのぉ、『サンダーフレア!』」
ごおおおおぉぉぉっっと轟音を鳴らし、大きな火柱がナマコを捕らえる。
「今の内に、逃げるんだっ」
振り向きながら屋台付近で立ち尽くすお客に声を掛ける。それと同時に頭上からどろどろの液体が落ちてきたが、ダメージは無いので完全スルー。
しかし、何故誰も逃げようとしない。
「お、おい君」
その時、固まっていた男性プレイヤーの一人が声を掛けてきた。
自由にキャラメイクを出来るのに、随分と渋めな中年親父風のキャラメイクだな。
「君は何故動けるのかね? 君も我々同様にあの液体を被っているというのに」
かちこちに固まって動けない軽装っぽい彼がそう言うと、その仲間らしい鎧姿の戦士が頷く。
うん、その装備が悪いんだよな。
「このどろどろ液が装備に張り付いて、動けなくなってるんだよ。だから液体被っても関係の無い、こういう格好になればいいのさ」
とドヤ顔で彼等にふんどし姿をアピールする。
今ほどふんどし姿を誇らしいと思った事は無い。
ふ、だがしかし、こんな恥ずかしい装備、持ってる奴なんて早々居るわけ無いよな。
「なるほど! 今こそ漢を見せる時!」
「ふんぬうぅぅぅぅぅぅっ、そう、ちゃく!」
……おい、嘘だろ。
この二人、ふんどし持ってるよ。しかも二人とも筋骨逞しくて似合い過ぎてるんですけど?
「おい、ワンマン! ふんどしだっ。ふんどしで戦え!」
「なるほど、そういう事か!」
「俺はどうする?」
「マグナムは遠距離職だからな、まぁ着替えなくても問題ないだろうが、気を引き締めるという意味では矢張りふんどしだな」
「よしきた」
「はっはっは。皆でふんどしか」
あぁ、あのぉ……他にもパーティーの仲間が居たんですね。そして全員ふんどし、と。
なんで遠距離から攻撃できる弓使いまでふんどしなんだよ。ゲロ被る訳でもないだろ?
しかも全員が無駄に濃いし。
ふんどしの短剣使いが一人。ふんどしの戦士風が二人。ふんどしの弓使いが一人。ふんどしの鈍器――殴り神官風が一人。
真っ白い歯を光らせ、爽やかな顔をしたふんどし男五人がナマコに襲い掛かる。
えげつない……
「ノーリス君、さぁ君も!」
短剣使いの男が振り返り、後ろでがくぶるしている法衣姿の少年に声を掛けていた。
彼も仲間なのか?
にしては随分とその、彼らとの共通点が見られない。
なんせ一人だけも普通な体格だし、濃くない。
「ふえぇー……だって僕は固まっていませんし、このままでも――」
「はぁーっ! とうっ。漢ならふんどしだろう!」
「よ、っと。そうだぞノーリス君!」
ダメだあいつら。仲間を精神的に殺そうとしてやがる。
だが……
俺はぷるぷるしているノーリス君という少年の下へと駆け寄り、彼の肩にぽんっと手を置いた。
「司会者も言っただろう。俺たちは全員で協力しなきゃならないんだ」
さぁ、共に地獄に落ちようぜ。
このふんどし地獄に。
「ふぇ、ふえぇー」
ここにまた一人、ふんどしの犠牲者が増えた瞬間だった。
ワッショイワッショイ! お祭ワッショイ!
どうやら俺の脳も麻痺してきたようだ。
気づけば辺りはふんどしだらけ。
いや、よく見ると普通の海水パンツ姿のプレイヤーもいるが、圧倒的にふんどしが多い。
そうだよな。一番出易いハズレアバターだったもんな。
中には勇敢にも、ビキニ姿で戦う女の子プレイヤーの姿もあった。
だが、ナマコがビジュアル的に気持ち悪いのか、殆どの女の子プレイヤーは後方支援か、応援をしているだけである。
全長十メートルはあろうかという巨大ナマコに群がる、ふんどしやら水着姿のプレイヤー達。
シュールだ。
あまりにもシュール過ぎる。
途中から俺は戦うのも忘れて、そのシュール過ぎる光景をただじっと見ていた。腹を抱えて。
時々走って行っては、ヘイトを取っていそうな奴をタッチして『カッチカチ』を付与し、ダメージを食らってる奴の肩に絆創膏『ヒール』を貼っていく。
尚、そちらも男プレイヤー限定だ。
水着姿の女の子とか、触れたら即アカバンものだろ。
何十人ものプレイヤー(ふんどしだったり水着だったり)にボコられ、遂にナマコの巨体が砂浜に横たわる。
うん。後半はほとんど観戦者に徹したな。腹を抱えて。
ナマコが光の藻屑となった時、突然ファンファーレが鳴り響く。
《エリアレアボスモンスター『騒々しい海のキュカンバー』が倒されました。この戦闘での貢献度上位十名には、ランダム装備ボックスが贈呈されます》
《『騒々しい海のキュカンバー』が倒された事によって、一部のエリアへの侵入が可能となりました》
聞こえてくるアナウンスは、司会を務めていた運営スタッフの声ではない。
どことなく、機械的な印象を受ける女性の声だ。
しかしエリアレアボスモンスター?
聞いた事無いけど、かなり珍しいボスなんだろうな。
こいつが倒されていける場所が増えたらしいけど、そもそもそんな場所を俺は知らない――と。
だが貢献度上位十名ってのは気になる。ランダム装備ボックスって、なにそれトキメク単語!!
《えーっと、皆さんご無事でしたかー?》
あ、今度は司会の人の声だな。
そのアナウンスに返事をするプレイヤー達。
中には「死んだぞおい!」と怒り交じりの声も聞こえる。
確かに、ふんどしも水着も持ち合わせていなかったプレイヤーが倒れて光の藻屑になるのは見たな。
《上位十名様には既にメッセージと一緒に装備ボックスが配布されております。是非ご確認ください》
《尚、今回の『騒々しい海のキュカンバー』討伐貢献度上位十名様は――》
ご、ごくり。
名前、呼ばれますように!




