45:マジ、命大事に。
ログアウトしたのがピリカの家の近くだったので、当然ログインも同じ場所である。
一番乗りは叶わず、既に低身長樽体型の髭種族、ドワーフのドドンが斧を背負って待ってい――斧?
「おい、ドドン。その斧どうしたんだよ。お前弓使いだったよ? 斧かっけー。ドワーフに斧かっけーっ」
ドワーフの武器と言えば斧!
もうこれファンタジーの常識だろ。それを解ってらっしゃるじゃないかドドン先生。
「お、マジ。かっけーだろ? これ、特典で貰ったアバター武器なんだ」
「マジか!? 俺なんて……お前さ、身につける白くて長い布って言ったら、何思い出す?」
「は? そんなの九州男児ならふんどしって決まっとるやん」
九州男児じゃなくてもそう思うよな。
あ、ここの姉弟って、そっち方面の人なのか。
「まさかマジが貰ったのって、ふんどし!?」
「確証は無いが、たぶん。で、取引可能だってんで、売る。買うか?」
「断る」
即断かよ。
ドドンの話しだと、一度装備するとアイテムロックが掛かって取引不可になってしまうらしい。
誰がこんなもの装備するもんか。
「そういやマジさ、特別技能貰えてた?」
「技能……確認してねえや」
ドドンはもちろん、貰えていなかったらしい。
まぁ何百人かだけだって話しだったし、確か万単位のプレイヤーがいたはずだよな、このゲーム。
貰えてる訳ないんだよ。
と思いつつ、ステータスはしっかりと確認。
◆◇◆◇
【セット技能】
『雷属性魔法:LV7』
・
・
『空間移動魔法:LV1』 / 『炎雷属性魔法:LV1』
『近魔―命、大事に―:LV1』|(new)
◆◇◆◇
命大事に?
どこかで聞いた事があるフレーズが技能欄にあった。
これはいった何ぞや?
「えぇ!? マジック君は特別技能を貰っていたの!?」
「しぃーっ。セシリアちゃん、声でかいって。他のプレイヤーに聞かれたら、妬み粘着されるからっ」
「ドドン。そう言いながらお前さっきは『羨ましい。妬ましい』ってボソボソ言ってただろ」
「てへ」
ドワーフが「てへ」とか言うな!
全世界のドワーフファンに土下座しろっ。
「それで彗星君、効果はどんななん?」
「あー、うん。えっとだな」
言われて初めて俺も技能効果を調べる。
◆◇◆◇
『近魔―命、大事に――』
対象から近距離で魔法攻撃を行う場合、その距離に比例してダメージがアップする。
ただし、距離が離れると逆にダメージにマイナス補正が付く。
*対象からの距離三メートルで追加ダメージ0.5%。
距離が一メートル近づくたびに+0.1%。
距離が三メートル以上、十メートル未満で-15%。
距離が十メートル以上で-20%。
*技能レベルが上がる事で、ダメージ補正は上昇。マイマス補正は据え置き。
*三メートル以上離れて魔法攻撃をした場合、次の技能レベルアップ用に蓄積された経験値はリセットされる。
◆◇◆◇
「――らしい」
「うわぁ……彗星君にとって、仕様そのものは問題ないんやろうけど」
「ダメージ補正ショボ過ぎ。至近距離でも0.8%しか上昇せんやん。そもそもマジに魔法ダメージとか――」
「えぇっと、ダメージ100出して……1も増えないって事?」
「「そういう事」」
うわぁっと言いながら俺を見つめるセシリアの顔は、どこか同情しているようにも見える。
ほっといてくれっ!
レベル1で0.8%なら、レベル10にすりゃあ8%だろ!
レベル100にすれば……あれ? これ、相当TUEEEEくね?
「何をやっておるのじゃお主ら」
一筋の光明が差し掛かったと思ったとき、背後から大賢者の声がした。
振り返ると一家総出でお出迎え。
「わーい、ピリカの勇者様〜」
「よう、ピリカ。引越しの護衛に来たぞ」
駆け寄ってきたピリカの頭を撫でてやると、さも気持ちよさそうに目を細めたりする。
まるで子猫だな。
しかし、出迎えてくれたって事は、もうクエストが始まるってことなのか?
「大賢者様、もう出発するんですか?」
「んむ、そのつもりじゃが、お前さんらにも都合というものがあるじゃろう。用事は全て済ませておるのか?」
「引越し先まで順調に進んでも、七時間ほどは掛かります。途中で一度小さな村に立ち寄りますので、そこで休憩は出来ますが、それ以外の所で休憩をされても、私たちは止まりませんので」
「勇者様たちが途中で休憩したくなったら、後からピリカ達を追いかけてきてね」
つまり途中でトイレに行きたくなっても勝手に行け。その代り置いていくぞ――と。
ログインサバに戻ってリンクを切り、トイレ行って戻って来るのに五、六分は掛かるよな。その間、こっちでは倍の時間が経過している訳で。それを追いかけるって大変だぞ。
俺たち四人は顔を見合わせ輪を作る。
「途中寄る村まで我慢できるか?」
「インする前にしっかり行った」
「お、同じく」
「大丈夫ばい」
頷きあって、村まで各自休憩無しなのを決定。
ただ、道中何があるか解らないしという事で必要なアイテムを揃えたほうがいいだろうという事に。
主にポーション類だ。
「俺のヒールもあるが、回復ばっかりやってると攻撃に参加できないしな」
「いや、そもそもマジのヒールとか、期待してねえから」
「じゃあお前には絶対してやらん」
「いいよいいよ。ポーション飲むけん」
くっ。こいつ、INT極の俺のヒールよりポーションがいいだと!
瀕死になっててもヒールしてやらねえからな。
「では長旅に備えて買い物を済ませたら、もう一度ここに戻ってくるとええ」
てな訳でまずは中央通りだ。
「え? 彗星君が貰ったのって、ふんどしなん!?」
「確信は無い。でもそうとしか思えないような布だ」
「着けて!」
「だが断る」
「いやぁ〜ん」
何が嫌なんだ。俺の方が嫌だっての。
夢乃さんとセシリアが貰ったのはセクシー水着。ある意味で俺と対をなすアイテムだ。
「なのになんで女物の水着は、ちゃんとした水着なんだよ。バスタオルみたいなの巻いてるし、露出度低くて羨ましいぜ」
「マジック君、これはバスタオルじゃなくてパレオだ」
そんなの知らん。
とにかく見せて貰った水着――もちろん着た状態ではなく物そのものだが――は、リアルでも売ってそうな普通の水着だった。
なんで男はふんどしなんだよ!
「まぁまぁ、ふんどしぐらいでそう興奮せんで」
「その言い方だと俺がふんどしに興奮してる変態みたいなんだが」
「確かに。まぁそれはおいといて、私は買い物してくるけん、十五分後にここで集合でいい?」
「「オッケー」」
各々必要な物を揃えて噴水の前で集合。
俺も何か必要そうなものは無いかと、あちこち出ているプレイヤー露店を覗いて回った。
しかし、何が必要そうなのかがまず解らない。
結局その辺をぶらぶらするだけか……と思ったとき。
「物々交換しませんか〜」
という男の声が聞こえた。
見ると、犬耳と尻尾を付けた恥ずかしい男が誰とも言わず手を振っているのが見える。尻尾も振っているな。
なんとなく気になって近づいてみると、俺に気づいてその尻尾は更にぶんぶん揺れだした。
「物々交換しませんか? あなたが持っているアイテムで、いらない物があれば僕のアイテムと交換しましょう!」
特にアイテムの指定も無く、ただいらないものを交換しようと言うその犬男。
つまりこれって
「わらしべ的な?」
「そうそう。まぁ長者目指してるんじゃなくって、ちょっとしたミニゲームみたいなのりで遊べたらなと思って」
「ミニゲームか。ふぅん」
こういう事して楽しむプレイヤーもいるもんなんだな。
ゴミから始まって、最後にどんなアイテムに変わるか……。
ゴミ……よし。
「じゃあ俺はこれを出す」
そう言ってインベントリから、白くて長い布を取り出した。
それを見た犬男の反応は、
「うわぁ、ふんどし引いちゃったんだぁ」
「やっぱふんどしだよなこれ」
「さっき装備してる人、見かけましたよ。どう見てもふんどしだった」
「うわぁぁ、装備する奴いたんだぁ」
「露店で一エン販売してる人もいましたよぉ。水着って、一番確率高いみたいで」
「うわぁ」
「うわぁ」
残念過ぎるアイテムを受け取った犬男から、INTブーストポーションを一本貰った。
「お、おい、いいのか?」
「いいよいいよ。僕、盾職だから。お兄さん、装備からして魔術師系みたいだし、良い反応見せて貰ったからそれと交換ね」
「ふんどしがポーションになった!」
「でもポーションって消耗品だし、こっちのふんどしは永久版だもん。ある意味こっちのほうが高価なはずなんだよね」
永久アバターが高価だってのはMMOでは常識だ。
ただデザインに問題があった。いや、あり過ぎた。
ネタ以外のなにものでもないうえに、勇者以外誰も着ねえよ!
あ、俺『勇者』だったか。てへ。
犬男と戯れていると、後ろから女がこう言ってきた。
「あのぉ、物々交換、私もいいですか?」
「あ、はい! どうぞっ」
お、わらしべ客か。
次はどんなアイテムとこうか――
「おいっ。女の人にふんどし渡すのだけはやめろっ」
「え? でもこの人、オケしてくれたし」
「え?」
ぎょっとして女の方を振り向くと、若干困った顔でふんどしを受け取っている姿が。
「え、えーっと、まぁいいかなと思って」
うそん……。
そのふんどし、どうするつもりなのかとはさすがに聞けなかった。
「戻ってきたようじゃの。これから出立するが、本当に準備はよかろうの?」
結局俺は、物々交換で貰ったブーストポーションだけで他は何も買わずに終わってしまった。
ライフポーションもマジックポーションも、実のところ結構持っていたりするし。ゴミ拾いの時に集まった、沈没船産のポーションだ。
他にもモンスターからのドロップなんかもあって、ライフにいたっては百本超え。マジックも五十本ぐらいはある。
課金ポーションも貰ってるし、大丈夫だろう。
というより所持金のほうが寒いぐらいだ。
「準備は整いました」
「うむ。では行こう。まずは北に真っ直ぐ進み、モンド村を目指すのじゃ」
大賢者がそう言うと、荷馬車を引く馬が勝手に歩き出した。
それが合図だったのか、ピコンという音が鳴って視界にメッセージが浮かぶ。
《クエスト【引越しの護衛】を開始します》




