34:マジ、バイトを引き受ける。
「なんじゃ、馬を借りれたのか」
「まぁ幸運な事に」
村での経緯を大賢者に話し、希望していた馬を借りれることが出来た事を報告する。
ピリカは「馬牛君」と呼んでいるが、そいつは牝馬だぞと教えると「馬牛ちゃん」と呼びなおした。どっちにしても肉っぽいネーミングなんだけどな。
「荷車を馬に引かせて、何かを運ぶんですか?」
荷車は家の裏手にある小屋に運んでいるというので、セシリアが馬をそっちに引っ張って行っている。
その間、俺は家の中に案内されたので、他の魔法技能を教えてもらえるだろうかと下心を出しながらも、当たり障りのない会話を振ってみた。
返事は大賢者からではなく、トリトンさんからあった。
「明後日にはこの町を引っ越すんですよ」
「引越し?」
予想外な展開だ。まさか引越しとは、またなんで?
「元々わしらは余所者じゃ。この地区には今回の開拓民が多く住んでおるが、船旅の疲れを取る為と、引越しの準備の為に家を借り受けていただけに過ぎん」
「この町の住民も元は同じ大陸の出身者ですが、十年前から始まった開拓移民団の第一陣が作り上げた町なのですよ」
はぁ、そういう設定だったのか。
ピリカ達が住むこの区画は、後からやってくる開拓民用の一時避難場所になっていて、船旅での疲れが癒えたら各自で新天地を目指さないといけないらしい。
開拓民っていうぐらいだからな、港でぬくぬくしているわけにもいかないんだろう。
ん? 待てよ。
この一家が引っ越すって事は……大賢者に弟子入りする事が出来ないってことか!?
ちょっとそれ、困るんですけど!
「馬を小屋に入れてきたぞ。次はどうする?」
丁度セシリアが戻ってきたところで、俺は意を決して大賢者へ例の件を切り出す。
「大賢者様っ。弟子にしてください!」
「だが断る」
「即決! シンキングタイム無し!?」
「無しじゃ」
そ、そんなぁ……俺の夢が……野望が!
野望? あったっけ、そんなの。
そもそも俺は、『火属性魔法』を修得したかった訳で、その事をマサオさんに話ししたら大賢者の事を教えて貰っただけだもんな。
なんか途中で趣旨が変わってたけど、そもそもは弟子になりたいんじゃなかった。
「大賢者様。属性魔法の技能を教えて下さい」
「属性まほ――」
あ、大賢者様、シンキングタイムに突入か。
セシリアが隣で、何の事だと尋ねる。
俺は初期魔法に雷を選択し、海岸では強いが内陸に少し入れば役立たずな魔法使いだと説明。だから内陸でも役に立つ火の魔法が欲しいんだと話す。
「属性魔法? 君にそれが必要だとは、到底思えないのだけれど」
「いやいや、いろんな属性魔法が無いとダメなんだって。魔法使いはな」
「魔法使い、ねぇ……あぁ、そうか! 君の拳がバリバリと放電しているのは、そういう事だったのか!!」
「そうそう。強かっただろ」
「うん、強かったな!」
いやぁ、そんなに面と向って言われると、やっぱ照れるなぁ。まぁ誘導したんだが。
未だシンキングタイム中の大賢者。何を考えているのだろう。いや、そもそもこのシンキングタイムって、本当に考え中なのだろうか?
本当に考えてるとしたら、凄いよな、AIって。
ここで魔法技能を修得できなかったら、次に機会が訪れるのはいつになるやら。
出来れば『火属性魔法』だけでも修得しておきたい。
いや、欲を言えば……
「『重力操作』の魔法とか、絶対強そうだよな……」
「――なっ。何故お前みたいなヒヨっこが、その技能を知っておるのじゃ!?」
「え?」
ついポロっと口から出た言葉で、大賢者のシンキングタイムが終了した。終わっただけじゃなく、随分と驚愕しているようだ。
『重力操作』って、かなりレア技能とかいうオチだったのだろうか。まぁNPCが忘れてくれと言うぐらいだしな。
わなわなと震える大賢者にどう答えたものか。まさか『ログインサバのNPCに聞きました』なんて言えないし。いや、言ったらどうなるんだろう?
ゲーム内で生活するNPCも、ここがゲームだって認識があるのかな?
試しに正直に話してみるか。
「大賢者様、実はですね――」
――あ、今のはお忘れください。
正直に話そうとしたとき、あの女NPCの言葉が脳裏を過ぎった。
脳内でメモはしたものの、あの時は「解った」と返事したしなぁ。ここで話すと、なんか告げ口みたいになってしまう気もするし……。
やっぱり止めておこう。
「じ、実はですね――、えーっと、きっとそういう技能もあるんじゃないかと思って」
このいい訳は無理があるか?
一瞬の間のあと、大賢者はつまらなさそうな顔で口を開いた。
「なんじゃ、てきとうに言うただけか。ま、まぁ、なんじゃ。わしもそんな技能、知らん」
いや、思いっきり知ってるだろ。教えて下さい、教えて下さい、教えて下さい!
目力を込めて呪文のように唱えるが、そんなものが届くわけも無く。
「さぁ、わしはこれから引越しの準備をせねばならんから、とっとと帰れ」
「そ、そんなぁ」
「私も魔法が使えるようになったら、魔法剣士になれるだろうか?」
「AGI騎士になるんじゃなかったのか?」
「ではAGI魔法騎士だ」
AGI魔法騎士って、AGIとINT二極にでもするつもりかよ。物理攻撃弱そうだなおい。
でもビジュアル的にはかっこよさそうではある。
「えぇい、引越しは二日後なんじゃぞ! 邪魔をするでないっ」
「うぅ、解りました。帰りますよ、とほほぉ」
「うぅ、AGI魔法騎士の野望がぁ」
二人で肩を落とし、並んで家から出て行こうと席を立つ。
なんでセシリアも一緒になって落ち込んでいるのか、ちょっと理解に苦しむが……。
戸を開け一歩外に出ると、
「ちょっと待て」
と、ここで大賢者から声が掛かった!
こ、これは、フラグ回収だよな? 今度こそフラグ回収だよな?
「明後日の引越しでは街道を外れた、まだ開拓も進んでおらん道も通らねばならん。護衛が必要で冒険者ギルドに護衛依頼を頼もうと思っておったんじゃがなぁ」
と、明後日の方角を見ながら言う。しかもチラっと一度だけこっちを見て。
なんてあからさまな誘導なんだろうか。
当然――
「大賢者様、その護衛、俺にやらせてください!」
「わ、私も! よく解らないが、クエストというのを受けてみたい!!」
「いや、セシリアはとりあえずギルドで登録しとこうぜ。な?」
「あ、うん。ギルドの場所、教えてくれるか?」
馬に乗せて貰ったお礼もあるし、後で案内してやろう。
ピコンというシステム音が鳴り、クエストの受諾を知らせるメッセージが流れる。
《クエスト【引越しの護衛】を受諾しました》
このメッセージ、セシリア側でも流れたのかと尋ねると、彼女は頷いてにっこり笑った。
ギルドを通してない依頼だと、冒険者登録してなくても受けれるのか。
「そこの娘さんも手伝ってくれるか。いやはや助かる。この若造一人では頼りないからのぉ」
「え!? お、俺一人じゃ頼りない……がーん」
「じゃが、護衛というからにはもう少し二人ともレベルを上げて貰わねばな。そうじゃな、レベル12にはなっておいて欲しいの」
「解りました師匠! レベル13になってみせますっ」
「弟子は取らんわっ。まったく最近の若い者は、全然人の話しを聞きもせんと。そんな奴に限ってすぐ熱くなりおる。熱くなるだけじゃダメなのじゃ。光も発しておらねばな。体内から湧きあがる力を熱く燃え滾らせ、掌から光を放つイメージを思い浮かべる。ただ熱いだけじゃダメなのじゃよ」
突然なにかうんちくを垂れ流し始めたぞ。
熱いだけじゃだめ? 光りも……これ、もしかして――
「マジック君。おじいさんは何を言っているのだ?」
「師匠、ありがとうございます!」
「弟子は取らないと言うたであろう! さっさとレベルを上げに行ってこいっ」
敬礼をして大賢者に背を向けた俺。隣のセシリアはよく解ってないようだ。
とりあえずまずは冒険者ギルドだな。
「登録できた!」
今日になってプレイを始める人も多いんだろうな。昨日来た時よりも、随分とプレイヤーの人数が多い。
そこかしこでパーティーを探している人の声も聞こえる。
人でごったがえす中、無事に冒険者登録を終えたセシリアを出迎えた。
「よし。ならどうする? 一緒にレベル上げするか?」
「マジック君さえよければ。お昼ご飯になるまでは遊ぼうと思ってるし、その後も十五時ギリギリまでやるつもりだから」
あぁそうか。十五時でオープンベータ終わらせて、夜から正式サービスって言ってたな。
護衛クエストは正式サービス開始時刻からになるんだろうか。
ふと時計をみると、時刻は六時半。ゲーム内で言うお昼ちょっと過ぎか。
ゲーム内明後日――と言っても出発は明るくなってからだろうし、ざっと計算しても十八時間か、もうちょっとといったところか。
現実で計算すると九時間ぐらいだな。
うん。正式サービスが二十時って言ってたが、時間計算合わないな。メンテ中は時間が止まってくれているんだろうか。
とにかく今はレベルを上げよう。
「よし、じゃあレベル上げに行くか」
「は〜い!」
揃って冒険者ギルドを出て行くと、塔の前にあったござ露店から、聞きなれた訛りのある声が耳に入った。
「ポーションあるよ〜。レベル4と8の布装備も取り扱っとるけん、見てって〜」




