33:マジ、牛を連れ帰るハズが……
「え? 馬を貸してくれる?」
トムさんに牛レンタルの件を話すと、思いもよらず馬が借りれる事になった。
なんでも小屋に居た母馬たちが出産して、仔馬が増えたんだとかなんとか。
随分長い時間シンキングタイムを使ったトムさんの、無理矢理すぎる回答がこうだ。
仔馬……ね。
牧場を楽しそうに闊歩している馬たちは、どれも大人に見えるんだけどな。
馬が過剰になったのもあって、牛ではなく馬を借りれる事になった訳だ。こちらとしては嬉しいので、これ以上突っ込むのは止めておこう。
「じゃあ、お言葉に甘えて馬を一頭お借りします。で、返すときってどうすればいいんですかね?」
「――そっだらこと気にする事なかかね。おらんところの馬っこさ、ちゃーんと自分で帰ってくるけん」
あぁ、マサオさんところの馬と同じパターンか。この世界の馬はどれも賢いな。
トムさんの娘さんが手綱を引いてきた馬は、白色に茶色のブチ模様のある、見るからに『荷を引く馬です!』というような感じだ。サラブレットみたいに引き締まった体ではない。
「うちの牧場で一番体力のある子なのよ。優しくしてあげてね。この子、女の子だから」
と、こちらはまったく訛りのない口調の娘さん。親子でこの差って、おかしいだろ。
それに女の子だから優しくしてねって……馬にどうしろというんだ。
「じゃ、じゃあ借りていきますね」
そう言って手綱を受け取り、皆の邪魔にならないよう少し移動。そこでテレポートを使う。
えーっと、馬に跨ってテレポートを使えば、馬も一緒に瞬間移動できるんだったな。
鐙に足を掛け跨ろうとすると――
《ヒヒィーン》
一声嘶いた馬は、思いっきり後ろ足で立ち上がって……落とされた。
おおぅ、乗馬技能持ってないからこうなるのか!
しまった。これ技能教えてもらわなきゃテレポートも出来ないぞ。
やっぱり乗馬技能、修得しとくか。
そう思ってトムさん一家の方を見ると、既に冒険者の列が出来上がっていた……。
早すぎだろ、おい。
ざっと見ただけでも五十人ぐらい並んでんぞ。
ゴブリン退治はどうしたんだよ。
あ? 入会手続きで並んでる? そうですか。俺はゴブリン退治スルーできるから直ぐだよな。でも列には並ばなきゃいけない、と。
「あぁあぁーっ! 早く港町に戻りたいのにぃーっ」
「私も港町に行ってみたい。よかったら一緒に連れて行ってくれないか?」
なんで俺が!
「って、セシリアか!?」
「そうっ、私だ。また会ったねマジック君」
両手を腰に充てた赤毛エルフがそこに居た。
何故かドヤ顔で仁王立ちしてるし。
ん? 今彼女、「行ってみたい」と言ったよな。まさか行った事がないのか?
「港町にまだ行ってないのか?」
「そうなのだマジック君。船から飛び降りた君を助けようと飛び込んだのだけれど、海に落ちた瞬間に何故か海岸に居て」
「あぁ、それ俺もだ。というか俺は浮上しようとしたところに、あんたが落下してきてて海底に沈められたかと思ったけどね」
「え、ええぇーっ! わ、私は別に君を溺れさせようと思って飛び込んだんじゃないから。本当だから、嘘じゃないからぁー」
「いやまぁ解ってるって。それで、海岸に居たってのは、どの辺りの?」
「ふぅぅ……本当に信じてくれたの? えっとだね、真っ直ぐ南に行った海岸かな。その海岸には海の家みたいなのがあってね――」
海の家では物売りの商人が居て、ドロップ品の買取からポーションとレベル5装備を売っていたらしい。なので海岸でレベル上げをして、アイテムを売り、レベル5武器を買ってから農村へとやって来たと。
村の情報も海の家に住んでいたNPCから聞いたんだとか。
いや、そこは港町の情報を――え? 聞いた?
じゃあなんで港町に行かなかったんだよっ。
「いや、距離的にはこっちのほうが近かったから」
「あぁ……うん、そうなんだ」
最初の町ならぬ、最初の村がここだと思ったようだ。
で、農村到着後はずぅーっとこの近辺で狩りをしていたと。
「そ、それでマジック君。その、町まで連れて行って貰えないかな。この村で出来そうな事は一通りやり尽くしたと思うし、新天地に赴きたいのだ」
この村で出来そうな、だと?
もしやセシリアは――
「……乗馬技能、持ってるか?」
「白馬に跨った神速の女騎士! かっこいいだろ?」
ブチ模様の牝馬に跨ったセシリアは、剣を引き抜いて華麗にポーズを決める。
「いや、それブチ模様だから。それにあんた、騎士じゃないだろう」
「むぅ〜。いいではないか、気分を味わったってぇ」
なんでもAGI騎士を目指しているんだとか言うが、そもそも職業概念が無いからなぁ。プレイスタイルで自称するしかない。
「ではマジック君。私の後ろに乗りたまえ」
「乗りたまえって……」
「私は乗馬レベルが5あるから、二人乗りも可能なの」
マジですか……。よっぽど村でする事無かったんだろ。
彼女の差し出した手を掴み、引っ張られる形で飛び乗る。男が女の後ろに乗せてもらうとか、なんか情けねぇ。
ふと、乗馬クラブ入会手続きをしている冒険者一向と目が合う。
髄分と睨まれたもんだな……女の後ろに乗せられるのが、そんなに妬ましいのか。
こっちは恥ずかしいぐらいだってのに。
「マジック君、どっちに行けばいい?」
「はぁ……」
「マジック君?」
「は、あっ。え、えっとだな、実はテレポートの魔法があるんだ」
まずは牧場から少し離れる。看板に頭をぶつけるとか、嫌だからな。
確実に頭上の障害物が周囲にすらない位置まで移動してもらうと、そこでテレポートを唱える。
だがここで思わぬアクシデントが発生した。
システムメッセージが現れ、俺が跨っている馬の操縦者がパーティーメンバーじゃないから馬はテレポート不可だという内容だ。
そういやセシリアも同時にテレポート出来るか、考えてなかったな。
メッセージではパーティーメンバーに関して言ってるようだし、組んでみるか。
「パーティー組んでなかったから、不発に終わったよ。要請出すから承諾しといてくれ」
「解った。私も転送されるのか?」
「いや、それがその……仕様はまだよく解らないんだ」
「ふーん。スキルの説明にも載ってないのか」
盲点でした!
書いてるかもしれないな、確認してみよう。
◆◇◆◇
『テレポート』
属性:空間
効果:一度訪れた事のある場所に、任意移動する事が可能。
ただし建物の内部へのテレポートや、内部からのテレポートは不可能である。
また、パーティーを組んだ状態で使用すれば、メンバー全員を同じ地点へテレポート可能。
消費MP:10
◆◇◆◇
「あったあった。パーティー組めば全員同じ場所にテレポートさせられるんだとさ」
「おぉ、それはよかった」
「じゃあ、行くぞ」
「はいっ、どうぞ!」
「『テレポート!』」
気合を入れて魔法を唱えるが、その後、視界に現れた地図から目的地を選んでポチっと押す、地味ぃな工程が待っていた。
目的地選びで気づいた事がある。
地図が現れたとき、目的地部分を指でズームさせると、より細かい地点で表示されるのが解った。
お陰でピンポイントでピリカの家近くにテレポートする事が出来た。
そのまま馬でかっぽかっぽ移動し、ピリカ家の戸をノックする。
すぐに元気のいい足音が聞こえ、そして――
「わーい、ピリカの勇者様お帰りなさ――」
バンっと戸を開いて出てきたピリカは、目前の馬を目にして固まってしまった。
これはシンキングタイムなのか?
やがて瞬きを一つすると、
「わーい、ピリカの勇者様が馬みたいな牛を連れてきてくれたー」
と言って馬の腹を撫でるのであった。
考えた結論がそれかよ!
馬みたいな牛じゃなくって、どう見ても馬だろ!




