32:マジ、飛ぶ。
十分ほど、木槌、鋸、鑿の使い方を一通り教えられ、それだけで『木工』技能を修得する事が出来た。
しかも木工スキルの『加工』『作成』『修繕』『手入れ』というのも教えてもらえたので、IMPの消費を抑えられてラッキーだ。
「これでお前さんもヒヨっこ大工だ」
ゲンさんにそう言われた瞬間、システム音が鳴った。
今度はいったいなんだ?
UIを開きステータスを確認。
技能欄に新しく木工レベル1が加わっているのは解る。えーっと他には……あった。
称号欄に新しく『ヒヨっこ大工』ってのが加わっているな。効果があるのかないのか。
◆◇◆◇◆◇◆◇
『ヒヨっこ大工』
大工頭から直接技能を教わった者に与えられる称号。
アイテム制作時、ほんの少しだけ成功率がアップする。
その他、大工仲間からの好感度がアップする。
◆◇◆◇◆◇◆◇
だそうだ。
確か生産のアイテム作成成功率って、DEXとLUKが影響するんだったよな。
どっちも1しかないから、この称号は助かるかもしれない。まぁ雀の涙程度だろうけどな。
だが最後の一行はどうでもいい。
「ありがとうゲンさん」
「なに、いいって事よ。ついでにこれもやろう。これがあれば、わざわざ工房に行かなくても、木工制作が出来るぞ」
取引要請をする事もなく、アイテムを一方的に渡された。
渡されたのか、簡易木工作業台という物。工房にある木工用作業台と同じ物らしく、安全地帯であればどこでも使用できるという品物だ。
なかなか便利なものを貰ったぞ。ありがたや、ありがたや。
「はっはっは。これでお前さんも、人違いした甲斐があったってもんだろう」
「いや、そこは言わないで欲しかった……」
受け取った荷車を、えっちらおっちら引っ張ってピリカの家へと向う。その間、プレイヤーからも、そしてまさかのNPCからも好奇な目で見られるは目になった。
大注目されながらようやくピリカ宅へと到着。
戸をノックすると、元気に掛けてくる足音が聞こえた。
「ピリカの勇者さまーっ」
「はっはっは。ピリカは元気だなぁ」
「うん。ピリカはいつも元気だよ」
にこにこ顔のピリカの後ろから、これまたにこにこ顔のトリトンさんが出てくる。その後ろには笑っていないが、怒っている訳でも無い大賢者の姿が。
荷車を運んできたと告げると、大賢者の顔が少し綻んだ。
よし、いい感じだぞ。
「出来ておったか。よきかなよきかな。あとは馬じゃな」
「お義父さん、牛ですよ、牛」
ぐっ。俺が不甲斐ないばかりに、馬を借りれなかったんだよな。
「そうじゃったそうじゃった。まぁ借りれぬものは仕方が無い。それじゃあ悪いがの、牛を一頭借りてきてくれんかの?」
「は、はい! 今すぐ行ってまいりますっ」
「まぁ待て、そう焦るでない。お前さんには何度もお使いを頼んでおるからの、一つ便利な魔法技能を教えてやろう」
き、来たぁっー!
苦節数時間、ようやっと新しい魔法を覚えられるぞ!
火か? 水か?
便利といったらやっぱり火だよな。
「『空間移動魔法』じゃ」
火じゃなかったーっ!
家に招かれて大賢者から講義を受ける事に。
「自身が今おる場所から、自身の記憶にある場所へと瞬間移動する。それが『テレポート』じゃ」
「つまり、一度訪れた事のある場所じゃないとダメってことですね」
「そうじゃ。ただし、魔物がわんさかおる場所にはテレポートできぬからの。例えばダンジョンとかじゃ。あと建物内もダメじゃ。建物が障害物となって、壁に激突するからの」
どっかの有名RPGのアレみたいなものか。
僅かこれだけの説明で『空間移動魔法』技能を修得し、初期スキルとして『テレポート』が与えられた。
「そのスキルを使って、農村へと向うがよい。お前さん、乗牛できるのであれば、牛に跨ってスキルを使えば牛ごと戻ってくれるぞい」
「おぉ、それは楽ちんですね。さっそく行ってきますっ」
魔法を唱えいざ出発という時、ピリカが両手で顔を覆うのが見えた。
次の瞬間、俺の体が浮いたかと思うと頭に衝撃が走る。そしてお尻にも――
い、痛い。
「だから建物内はダメじゃと」
「建物内にテレポート出来ないという事は、当然内側からテレポートも出来ないという事ですよ冒険者さん」
「勇者様ぁ、大丈夫ぅ?」
ヒ、ヒヨコが見えるけど、ダメージは無い、みたいだな……。
眩暈が治まって気を取り直してから外に出る。そこでもう一度魔法を唱えると、今度は頭にもお尻にも衝撃を受ける事無く――
まず視界にマップが浮かび上がった。
地図には港町周辺しか映っていないが、更に大部分が黒塗りされた部分だ。触れてみると【テレポート不可能です】という文字が出る。
なるほど、テレポートしたい場所を地図から選ぶって事か。これだと結構細かい位置も指定できそうだな。
「じゃあ、行ってきます」
「んむ。くれぐれも頭上には気をつけるのじゃぞ」
「勇者様、気をつけてね〜」
……気をつけます。
地図に表示された農村をタップし、次の瞬間、視界が真っ白になって、それから……
「あんれまぁ、冒険者さんじゃないけ」
牧場に出た。
おぉ、ピンポイントで目的地に到着したじゃないか!
ただし牧場の内側なので、俺がまるで放牧されているみたいな状況だが……。
ぐるっと牧場を見渡すと、馬が一頭も居なくなっていた。冒険者の姿もまばらで少ない。
「おじさん、馬はどうしたんだ? まさかゴブリンに……」
俺が寝ている間にゴブリン襲撃クエストがあって、プレイヤーがクエストに失敗した結果馬が……なんてことになっているのか!?
「あぁ、お前さんに言われた通り、わんし一人で馬っこさ小屋に入れたんだべ。いやぁ、そうだべなぁ。わんしが暇しろつんじゃけん、冒険者さ頼りにせんと、一人でやればよかったんだべなぁ」
「おぉ、あの頭数を一人でやったのか。随分苦労したんでしょ?」
「いやぁ、呼べばすんぐ戻ってくるさ。別に苦労なんかしちょらんよ」
だったら最初からそうしろよ。
俺がおじさんと話しをしていると、どこからか冒険者達がやってきて俺たちを眺めはじめた。
そして、
「乗馬技能を教えてくれるのはここじゃないのか?」
「馬に乗れるって掲示板にあったんだけど」
乗馬技能?
あぁ、もしかして昨日見たあの光景ってのは、馬に乗る技能を修得するためだったのか。
俺の乗牛技能の経緯を考えれば、振り落とされようが何しようが、とにかく乗りまくれ――だから、あの光景と合致する。
乗馬出来るなら俺も牛より馬の方がいい。
「おじさん、俺も乗馬技能覚えられるなら覚えたいな」
「じょう――」
おじさんシンキングタイム中。
「あ、今この人考え中だから、少し返事待っててやってくれないか」
と寄って来た冒険者に言うと、二人も理解したようで頷いてそのまま待った。
数秒後、シンキングタイムを終えたおじさんが考え込む仕草になる。
「乗馬だべかー」
「おじさんは馬に乗れるのか?」
「――そりゃあ馬を飼っとるけんろ、乗馬はお手の物さね」
おぉ! だったらおじさんが乗馬を教えてくれる講師にでもなればいいんじゃないか?
「なぁおじさん。おじさんが乗馬クラブを作ったらどうだ? 他に乗れる人がいるなら手伝って貰ってさ」
「あ、それ有り難いな。多少お金取られてもいいぜ。まぁ初期エリアだから、せいぜい200エンぐらいでお願いできれば」
と、シンキングタイム待ちをしていた冒険者も言う。確かに安価だと助かる。
昨日のような、冒険者がわんさか来て、嫌がる馬に無理やり乗られるより、その方が絶対いい。
乗馬クラブ入会には、ゴブリン討伐が条件ってのにもすれば、村の周辺の安全も確保されるだろう。
その事をおじさんに話すと、少しのシンキングタイムのあと――
「いい案だべな! かあちゃんと三人の息子と二人の娘、あと甥っこ姪っこにも手伝って貰って、さっそく乗馬クラブさ開くだよ」
と手を叩いて喜んだ。
数分後――
おじさんの奥さん、息子さん、娘さん以下略が現れて、あっという間に乗馬クラブが出来上がる。
いや、早すぎだろ?
息子さんのうちの一人が手にした小さな立て看板。これを牧場のゲート前にぶすっと突き立てると、何故か大きな立て看板にパワーアップしてたりするし。
そこには【トムの乗馬クラブ】とでかでかと書かれていた。
「トムって、もしかしておじさんの名前?」
牧場主であるおじさんに尋ねると、「そうだべ」という返事が返ってきた。
看板には他に、
【1:入会者はゴブリンを五体討伐の事】
【2:十分200エンにて講習を行います】
という二つが書かれている。
俺や隣にいる冒険者が言った事、そのまんまじゃないか。でも十分で技能が修得できるものなんだろうか。
尋ねてみると、
「前みたいに冒険者さんらが無理やり馬さ乗ろうとしても、そうそう修得できるもんじゃないべ。けんろ、ちゃんと人から教われば、そのぐらいでも修得できるべんさ」
「んだんだ」
と、トムさん一家が言う。
十分なら有り難い。と隣の冒険者達が言う。
「おめぇさんがたは、アイデアくれた人だべ、ゴブリン討伐は免除するだば」
「やった! ありがとうトムさん」
「そっちの人もサンクス。お陰で新しい技能修得できるようになったよ」
とお礼を言われてちょっと気恥ずかしい。
ついでだし、俺も乗馬技能を――
ん?
俺はいったい何の用事があって村にきたんだっけか?
……考え中。
……考え中。
……考え……
「ああぁっ! 思い出した!!」
牛を借りに来たんだった!




